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第14話 鏡越しの一撃

「レティシア様、どうかされましたか?」


 急に腕を取られたジュリアンが、少し驚いたように私に言った。

 シャルロットは、ジュリアンと距離の近い私をちらりと見て、嫉妬……とまではいかないが、少し複雑そうな表情をする。ジュリアンルートに入ってから数日。シャルロットもジュリアンのことを憎からず思っているのだろう。

 対してダフネはいつもの無表情を崩さず、私たち3人を数歩後ろから静かに見守っている。


「少し寒くて、つい。これから早速、孤児院へ向かうんですの?」


 私は心の中で「美少女、悪役令嬢レティシア」と念じ、羞恥心を押し殺しながら、少し上目遣いでジュリアンに尋ねた。


「はい。いつも通り孤児院で手伝いをする予定ですよ。……今さらですが、レティシア様とダフネも、本当についてくるんですか? 特に何も面白いことはないですよ」

「ご安心を。こう見えても子供は大好きなんですよ。ただ、あまり子供のお世話をする機会がなくて……。ジュリアン様、シャルロット様、色々と教えて頂ければ嬉しいですわ」

「私はシャルロット様の護衛ですので。シャルロット様が孤児院のお手伝いをされるのであれば私も同行します」


 ダフネが冷静に答えると、ジュリアンは肩をすくめる。


「そこまで言うならわかりました。皆で行きましょう」


 その時、シャルロットの表情がかすかに曇るのを私は見逃さなかった。


「シャルロット様、どうされました?」


 私が声をかけると、シャルロットは少し目を伏せてから、すぐに顔を上げて笑顔を作る。


「いいえ、なんでも! さ、行きましょう!」


 その声はどこか無理をしているように聞こえた。ジュリアンと二人きりになれるはずが、四人で孤児院を訪れることになり、残念に思っているのだろう。シャルロットには悪いが、遠慮している余裕はない。これは命を繋ぐ報酬(ボーナス)を賭けた戦いなのだから――。



 * * *



 そうこうしているうちに、私たちは目的地に到着した。ジュリアンの生まれ育った孤児院は石造りの質素な建物で、壁にはいくつかのひび割れが見える。しかし、入り口の花壇は小さな花が綺麗に植えられており、誰かがこの場所を大切に管理しているのがよく分かった。建物からは元気な子供たちの声が聞こえてくる。

 入口を開け、ジュリアンが大きな声で挨拶をすると、奥から院長らしき年配の女性が顔を出した。


「まあ、ジュリアン。今回は大人数になると連絡があったと思えば……。綺麗なお嬢さんを三人も連れて、貴方も隅に置けませんね」

「お久しぶりです、院長先生。……大所帯ですみません」


 ジュリアンに続いて、私たち三人も院長にそれぞれ挨拶をする。院長は私たちを見回し、優しく微笑む。


「まあ、手伝ってくれる方が多い分には歓迎しますよ。さあ、皆さん中へお入りになって」


 招かれて、私たちは孤児院の中に入る。木の床は少し古びているが、どこもきれいに掃除されている。壁には子供たちが描いた絵が飾られ、温かみのある雰囲気に包まれていた。ジュリアンの朗らかな人柄も、こんな場所で育まれたのだろうか。

 ジュリアンは荷物や外套を部屋の隅に置くと、腕まくりをしながら院長に声をかける。


「野良仕事は俺がやっておきます。彼女たちには子供の世話を手伝ってもらおうと思っているんですが、世話してもらえますか?」

「ええ、いいですよ。さあ、それではお嬢様方。うちのチビたちの面倒を見てもらえますか?」

「はい! 今日は紙芝居をたくさん持ってきました」


 シャルロットは明るく笑顔を浮かべながら院長に返事をし、カバンから沢山の紙芝居を取り出す。すると、それを見つけた子供たちが歓声を上げて彼女の周りに集まった。


「それでは、私はジュリアン様と野良仕事の方に……」

「レティシア様には無理ですよ。シャルロット様と子供の面倒を見てやってください」


 さりげなくジュリアンと二人になれるよう提案したが、すかさず断られてしまう。まあ、自分で言っておいてなんだが、こんなドレスで野良仕事はできないし、仕方ない。内心ため息をつきつつ、シャルロットの隣に座る。


「それではシャルロット様、私も一緒に紙芝居を読ませてもらっていいかしら?」

「はい! ぜひ一緒にお願いします」



 * * *



 それから、私とシャルロットはいくつかの紙芝居を子供たちに読んであげた。子供たちが素直に喜んでくれるので、つい演技に力が入る。

 今読んでいるのは『白雪姫』。シャルロットがお姫様で、ダフネは王子。そして私は悪い魔女の役だ。日差しが窓から差し込む中、紙芝居を囲む子供たちの影が床に揺れている。


「あらお婆さん、何か私に用かしら?」


 シャルロットはお姫様のセリフを読み、悪い魔女である私の方にちらりと目線を向ける。


「私は林檎を売っているのさ。お嬢さんには特別にただで林檎をあげよう」


 私がわざとしわがれた声で言うと、子供たちは椅子から立ち上がり、身を乗り出して叫ぶ。


「だめ! お姫様、そのおばあさんは悪い魔女だよ!」

「そのリンゴは毒入りだよ! 食べちゃダメ!」


 子供たちの必死な姿に笑いをこらえながら、私は魔女のセリフを続ける。


「さあ、遠慮しないで食べなさい……」


 その瞬間、ダフネが突然立ち上がり、紙を丸めた即席の剣を振りかざす。


「怪しい魔女め! 私が成敗してやる!」


 私があっけにとられていると、紙の剣で私の頭を容赦なく叩き、髪をぐしゃぐしゃにしていく。その様子を見て、子供たちが一斉に笑い声を上げた。


「や、止めなさいダフネ! ここで王子は登場しないでしょ?! 紙芝居通りにやりなさいよ!」

「こっちの方が受けると思いまして」

「そういう問題じゃないでしょ!」


 ダフネの冷静な答えに私は怒りの声を上げるが、子供たちには大ウケだ。シャルロットもこらえきれず、口元に手を当てて笑っている。結局、物語は王子が魔女を追い払うというアレンジで幕を閉じた。


「すっかり人気者ですね」


 声に振り返ると、野良仕事を終えたらしいジュリアンが立っていた。彼の登場に、シャルロットの顔がぱっと明るくなる。そんなシャルロットの様子を横目にしながら、私はすぐにジュリアンに話しかけた。


「ジュリアン様、もうそちらのお手伝いは終わったんですか?」

「ええ、一区切りつきました。そちらはどうですか? 賑やかな声が聞こえてきましたが」

「まあ、ダフネのおかげで予想外のところで盛り上がってしまいましたけど」


 私は乱れた髪に手をやりながら閃いた。ジュリアンと二人きりになるならば――今しかない。


「ジュリアン様、髪が乱れてしまって……どこか鏡がある場所まで案内してくださらない?」


 私がそう言った瞬間、シャルロットの動きがぴたりと止まった。紙芝居を握る手が、一瞬だけ固まるのが目に入る。


「れ、レティシア様。まだ紙芝居がたくさんありますけど……」


 ジュリアンと二人でその場を抜け出そうとする私に、珍しくシャルロットが食い下がる。きっと私とジュリアンを二人にしたくないのだろう。けれど、そんな可愛いらしいやり方じゃ、私を止めることはできない。


「次のお話の魔女役は私の髪を乱したダフネに譲りますわ」

「いえ、私は……」

「次はダフネが魔女なの? じゃあ次は『眠れる森の美女』を読んで!」


 代役に指名されたダフネとその横にいたシャルロットは、あっという間に子供たちに囲まれてしまう。シャルロットが何か言いたげにこちらを見たけれど、結局そのまま口をつぐんで子供たちに向き直った。これでシャルロットもダフネも、少しの間なら追ってくることはないだろう。私はジュリアンを急かし、その場を離れた。



 * * *


 唯一鏡のある部屋ということで、私は院長の部屋に案内された。院長室の中は、控えめで落ち着いた雰囲気だった。壁には古びた時計がかかり、小さな棚にはいくつかの陶器が並んでいる。

 部屋の隅に置かれた鏡台は、少し古びているが丁寧に手入れされているのがわかる。鏡の縁には細かな彫刻が施されていて、かすかに光を反射していた。


「こんな部屋しかないんですが、よろしいかったですか?」

「素敵なお部屋じゃないですか。ありがとうございます」


 私は鏡台に腰かけ、持ってきた櫛で簡単に髪を整える。そしてそのまま、私は鏡越しにジュリアンを見つめる。私の視線に気づいたジュリアンは少し戸惑ったような顔をしたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。


「院長先生に聞きましたが、孤児たちにずっと紙芝居を読んでくださっていたんですね。ありがとうございます」

「シャルロット様に便乗させて頂いたまでですわ。大したことではありません。子供たちも素直で、可愛いですしね」

「正直、レティシア様がこんなに真剣に子供たちの面倒を見て下さるなんて思っていませんでした」

「あら、どうしてです? 見るからに子供が大好きそうなのに?」


 鏡に映る自分の顔は、いつもの悪役令嬢レティシアの顔で、とても子供好きには見えない。


「この無礼、簡単には許しませんよ」


 にやりと意地悪く笑いながら振り向くと、ジュリアンもつられて笑みを深くする。


「それでは、何かお願いを聞かないといけませんね」


 いつの間にか窓から差し込む西日が二人を鮮やかに照らしていた。子供の笑い声は遠くなり、部屋の中がしん、と静まり返る。


(あれ……今、もしかして……いい雰囲気……?)


 この瞬間のために、何度も練習した言葉が頭の中でリフレインする。けれど、いざ言葉に出そうとすると喉が引きつるような気がした。


(ぐずぐずしている場合じゃない。6日目ももうすぐ終わってしまう。私がジュリアンに告白するなら、きっと今しかチャンスはない……!)


 私は静かに深呼吸をし、揺れる視線をなんとか彼に合わせると、ジュリアンは真っ直ぐ私を見つめていた。


「私……」


 声が震えるのが自分でもわかった。ジュリアンはわずかに首を傾げる。その仕草がさらに私の胸を締め付ける。


「私の……私だけの騎士になって下さいませんか? これからずっと」

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