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第12話 挫けぬ心と分厚いステーキ

「なんで……なんでこんなに上手くいかないの……」


 庭園でシャルロットがジュリアンにハンカチを渡したその夜、私は昨夜に引き続き枕に顔を埋めていた。悔しさというよりも、自分のふがいなさに押しつぶされそうだった。一度ならず二度までもダフネにやりこめられ、シャルロットはジュリアンルートに入り―――最悪の展開だ。

 気分を変えたくて天井を見上げるが、心は晴れない。目を閉じても、浮かんでくるのはシャルロットの無邪気な笑顔と、ジュリアンが優しく微笑み返す光景だ。何度頭を振っても、それは消えない。


 ふと、部屋の扉が控えめにノックされる。その音に、私の思考は一旦中断された。


「誰ですか?」

「セバスチャンでございます。レティシア様」


 セバスチャンの落ち着いた声が耳に届くと、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らぐ。呼吸を整え、何とか平静を装いながら答える。


「どうぞ」


 扉が静かに開き、セバスチャンが現れる。自分の心と対照的な彼の整然とした身なりを見ると、少しだけ心が穏やかになるような気がした。


「今夜もまた、ジュリアン様と会食をされるかと思いまして」


 セバスチャンの言葉を引き金に、再びあの光景が頭を過ぎる。まだジュリアンを攻略できないと決まったわけではない。だが、きらカレの正式な主人公のシャルロットに勝ち、ダフネの妨害を切り抜け、果たして無事ジュリアンを攻略できるのかというと……今は自信が持てなかった。こんな気持ちでジュリアンに向き合って、どうするというのだろうか。

 セバスチャンは、私が言葉に詰まっているのを察したのか、真面目な顔に微笑みを浮かべて、静かに口を開いた。


「私の知るレティシア様は、一度決めたことには真っ直ぐに突き進まれる方でございます」


 目の前のセバスチャンの言うレティシアは原作のレティシアであって、私ではない。ただ、それが分かっていてもその言葉は私の心に響いた。少し上手くいかないことがあっても、そこでいじけて歩みを止めてしまっては何も生まれない。そう、スマホゲーのガチャにだって今は大抵天井がある。絶望するのはは、諦めず最後までやりきってからでも遅くない。


「是非、昨日と同じように用意をして」


 セバスチャンが一礼し、部屋を出ようとしたその瞬間、私の頭に一つのアイディアが閃く。


「待って、一つだけリクエストをさせて。……ステーキは昨日の倍の厚さにして頂戴」


 落ち込んだ時こそ自分に優しく。極厚ステーキをご褒美に、もう一息踏ん張ってジュリアンの好感度を稼ごう! 私は心の中で自分自身にエールを送る。


(まだ終わりじゃない。もう一度、頑張ろう)



 * * *



 夜、豪華に飾られた晩餐室でジュリアンと向き合う。テーブルには昨日と同様、見事な料理たちが並んでいる。その中でもひときわ目を引くのは、これでもかと分厚く切られたステーキだ。ジュリアンはその光景を見て、目を丸くしながら楽しげに言った。


「これは見事なステーキだ! 昨日も夢中で召し上がっておられましたし、レティシア様がステーキがお好きなんですね」


 朗らかなジュリアンの笑顔に、ほんの少しだけ救われた気がした。だが、心の奥にはまだ不安が渦巻いている。シャルロットに心を動かされたジュリアンは、今ここで私と食事を共にすることをどう感じているのだろう―――。


「ええ! お肉、大好きですわ! ジュリアン様も好きなだけ召し上がってくださいね」


 不安を押し隠すために、私は無理やりに笑顔を作る。ジュリアンはそんな私に違和感を覚えたのか、気づかわしげな表情で尋ねた。


「そういえば今日、ダフネが屋敷に来ていましたね。もしかして、そこでまた何かあったんですか?」


 ダフネの名前を聞いた瞬間、胸がざわつく。押し込めたはずの苛立ちが顔を覗かせる。だが、私は平静を装い、軽く首を振った。


「いえ、特には」

「それなら良かったんですが……私からもダフネにはレティシア様をあまりいじめないようにとよく言っておきました。ただ、前も言いましたが、ダフネは真面目なだけでいいヤツなんです。切っ掛けがあればきっとレティシア様とも仲良くなれますよ」


 ジュリアンは原作の立ち絵さながらに爽やかに微笑む。しかしダフネは今、ジュリアンの知るダフネではないワケで、私とはボーナスを競い合う相手なワケで……残念ながら仲良くするのは無理な話だ。ただ、こんな事、ジュリアンに言ってもしょうがない。


「ありがとうございます。そうですね、ダフネが私に優しくなってくれれば助かります」


 私は心の内を押し隠して、レティシアらしく、ツンといたずらっぽくそう言った。さらに、話題を変えるべくジュリアンに続けて問いかける。


「ちなみに今日、ジュリアン様はシャルロット様とお会いされていましたね。どんなことを話されたのですか?」

「ああ、昨日ハンカチをお貸ししたのでそのお礼を言われました。あとは出身地が近いのでその話とか……短い時間でしたし、大したことは話していないですよ」


 その自然な語り口から、ジュリアンとシャルロットの関係がまだ深くないことを感じ取り、少し安心する。それでも見つめあっていた様子から、シャルロットには幾ばくかの好感を抱いているはずだという気持ちが拭えない。


「シャルロット様って、素敵な方ですよね。花のように愛らしくて、素直で健気で……」


 私はシャルロットを褒め、「そうですよね! とても可愛いらしくて、またお会いしたいです」そんな言葉が返ってくるだろうと予想しながらジュリアンの返答を待つ。しかし、ジュリアンの返答は全く予想外のものだった。


「まあそうですね。けれど、レティシア様だって素敵なご令嬢だと思いますよ」

「え?」


 不意を突かれた私は、素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな私の反応をよそにジュリアンは続ける。


「まず、こんなに美味しそうに食事を召し上がるご令嬢は初めて見ました!」

「は、はあ……」

「あとはご自分の意見を表情豊かに伝えられるという点も、素敵なことだと思います」

「あ、ありがとうございます」


 私は自分の頬が紅潮し、顔がにやけるのを感じる。待って、まだ好感度30なのにそんなに私のことを……?!


「だから、レオン様のことを諦めるのはまだ早いですよ!」


 しかし、ジュリアンの最後の発言を聞いて心の中で盛大にずっこける。そうか、原作でレティシアがシャルロットの婚約者・レオンのことを好きなのは周知の事実。ジュリアンはレティシアがシャルロットと自分を比べ、レオンへの想いが叶わないことを悲観していると、そう思って慰めてくれたのか……。


 だとしても、ジュリアンが私のことを憎からず思ってくれていることは、彼の言葉からよくわかった。まだ希望はある。シャルロット主人公補正にも負けず、ダフネの謀略にも挫けず、ボーナス獲得へ向けてまた努力しよう。私は決意を胸に目の前の輝くステーキを頬張った。

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