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第7話 ハンカチ戦争

 シャルロットがジュリアンルートに入ってしまったのを見届け、私は思わずその場にへたり込んでしまった。せっかくWikiで予習してたのに……なぜある意味こんな初歩的なところでミスをしてしまったのか……。


「お嬢様、どうされましたか」


 打ちひしがれる私に、セバスチャンが声をかけてくれる。ドレスで爆走する私にずっと着いてきてくれていたらしい。振り返って応えようとするが、全力ダッシュをしてきたために息が切れて声が出せない。セバスチャンはそんな私の様子と、ハンカチを胸のあたりできゅっと握るシャルロットの姿を見て言った。


「お嬢様、ジュリアン様のハンカチをシャルロット嬢から預かってはいかがでしょうか? ジュリアン様はこれから7日間お嬢様の護衛される予定です。お嬢様から返すと言えばシャルロット様もハンカチを快く渡して下さるでしょう」


 ……確かに! その手があったか!! セバスチャンの察しの良さと冷静な意見に感銘を受けつつ、私はよろよろとシャルロットに歩み寄る。


「しゃ、シャルロット様……。はぁ……はぁ……その、ハンカチ……私が預かりますわ……」

「え? あ、貴女は先ほどお会いしたレティシア様! 先ほどの騎士様が落とされたハンカチのことでしょうか?」

「そ、……そうですわ。先ほどの、騎士にはこの後、会う予定がありますの。なので、預かって差し上げますわ」


 そう言って、私は汗で湿った手をシャルロットに差し伸べる。さあ……どう来る?


「レティシア様、親切にありがとうございます。どうか騎士様によろしくお伝えください」


 シャルロットは花がほころぶように微笑み、私に素直にハンカチを差し出す。流石(いにしえ)の乙女ゲー主人公……! 素直で可愛い……!! これでシャルロットがジュリアンに再び出会うことはなくなり、いわゆる『フラグが折れた』状態になる。そうすれば、シャルロットはライバルではなくなるはずである。


(よかった……セバスチャンの有能さとシャルロットの素直さに救われた……)


 勝利を確信しつつジュリアンのハンカチを受け取ろうとした、まさにその時。横から急に伸びてきた手にハンカチがはたき落とされてしまった。……はたき落とされた?!


「な、なに?!……あ、あなたは?!」


 私の勝利を妨害した手の主の方を見るとそこには、深紅の髪をポニーテールに結い、近衛騎士団の制服を凛々しく着こなした女騎士―――もう一人の悪役令嬢であるダフネ・ヴァルミリオンが立っていた。頬には紅が差し、額には小さな汗が光っている様子から、こいつも走ってきたらしい。ダフネは私の叫びを一切無視し、地面に落ち土埃で汚れてしまったハンカチを拾い上げ、シャルロットに差し出す。


「シャルロット様、お傍を離れてしまって申し訳ありません。急いで駆け付けたところ、勢いあまってハンカチを落としてしまいました。これは私が洗濯してあとでお返しします。さあ、アルジェント公の用意されたお部屋に戻りましょう。私が付き添います」


 流れるように畳みかけ、ダフネはシャルロットの背中を押してさっさとこの場を退出しようとする。ただし、私の起死回生の一手のハンカチを持ったまま。相手が何をしようとしているか読めないが、このまま行かせるわけにはいかない。


「ちょっと、そのハンカチはいま私がシャルロット様から預かったのです。私に返して下さい!」


 ダフネは首だけで振り返ると、何を考えているかわからない目でしばし私を見つめてから、口を開いた。


「いえ、私が汚してしまいましたので。こちらで洗って返しておきます。それでは」

「洗濯くらいこちらでもできます。とにかくお渡しなさい」


 私が食い下がると、ダフネはうつむいて何事かをしばし思案したあと、あっさりハンカチを差し出してきた。


「そこまで仰るなら、お返しします。それでは失礼」


 不愛想に言って、今度こそシャルロットの手を引いて中庭から出て行ってしまう。早歩きでもしているのか、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。


 ダフネの態度は不気味だが、ハンカチは死守できたのでよしとする。私は改めて戦利品のジュリアンのハンカチを眺めてみることにした。恐らく近衛騎士団の騎士に支給されているのであろう、騎士団の紋章が刺繍されたハンカチだ。きれいにプレスされ、端もきちんと整っている。


(あれ、ジュリアンってそんなに几帳面なキャラだったかな……?)


 違和感を覚え、畳まれたハンカチを開いて見てみるとそこには『ダフネ・ヴァルミリオン』の名前が刺繍されていた……! いつの間にかジュリアンのハンカチと自分のハンカチを入れ替えていたらしい。つまり、ジュリアンのハンカチはダフネの手元にあるということだ。ダフネにすっかりやりこめられた私は、悔しさを押し殺すように唇をぎゅっと噛みしめ、勢い余って血を流した。

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