第19話 飲み仲間
烈歴98年 5月29日 アルジェント王国南部 港湾都市『ルセイユ』
出航から4日が経過した日の正午、外交使節団の艦隊はついにアルジェント王国の港湾都市『ルセイユ』に到着した。
僕にとって、初めて他国へ足を踏み入れることになる街だ。
どうやらビーチェも一緒のようで、僕ら2人は興奮しながら街並みを見渡した。
「す、すごい!建物の形がちょっぴり皇国と違うね!見て!大きい噴水だ!」
「うむ!それに、見よ!屋台の主人が魔術で火を起こしておる!」
「あっ!あっちは水の魔術で通りを清掃しているよ!こんなに普通の人が魔術を使っているなんて、流石魔術大国だね!」
明らかに皇国と異なる景色に興奮する僕達
それを他国に行き慣れているパオっちとリアナさんは温かい目線で僕らを見ていた。
「……おう…シリュウっちもベアちゃんもテンション高いおろろん」
「初めて王国に来て、それに二人とも武術師だから、こんなに魔術がありふれている景色も珍しいのじゃない?」
「確かにそうだろんね。お~い、シリュウっち、ベアちゃん、今日の宿に行くろん~」
パオっちに呼ばれて、集団に戻る僕とビーチェ
もう少し呼ばれるのが遅れていたら、迷子になっていたかもしれない。
今日はこのルセイユで一泊した後に、明日明朝に出発し、王都『ルクスル』を目指す。
王都ルクスルへは、丸一日行軍して、夕方頃には到着する予定だ。
明日の行軍に備えて、体をしっかり休めておかなければならない。
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ルセイユに到着した僕達は今日の宿であるルセイユで一番大きく高級なホテルに来ていた。
どうやらここが今日の僕達の宿らしい。
ちなみにこのホテルに宿泊するのは、皇妹殿下やその護衛、外交使節団の中でも高官だけ、海軍は僕やパオっちだけが招かれていた。
もちろんビーチェとリアナさんは補佐官として随行し、同室で泊まる予定だ。
他の人達は、別の宿に分散して止まるようだ。
そちらの方は、ジョルジュ大佐が指揮してくれている。
今回の航海も常にジョルジュ大佐が陣頭指揮を執ってくれて、本当に助かった。
僕とパオっちは魔獣の退治ぐらいしか、活躍の出番がなかった。
ジョルジュ大佐に「こんなことしかできなくてごめんなさい」と将校としての仕事をジョルジュ大佐に任せっきりなことを申し訳なく思っていると伝えたが「Bランク魔獣を一蹴しておいて、こんなことしか?嫌味ですかい?」と言われてしまった。
解せぬ。
夜はどうやらルセイユを治める領主が皇妹殿下であるリタさんを歓待する会食が催されるということで、僕らも共に呼ばれた。
ただ王国式なのか、会食の料理が一品ずつしか出されず、それも全員が食べ終わってから次の料理が来る形式の会食だった。
しかも一品一品の量が少ない。
僕とパオっちは出された料理を秒で食べてしまうため、次の料理が来るまでの時間を待つのが苦痛だった。
ビーチェとリアナさんは行儀良く待っていたが、僕達には無理だった。
僕とパオっちは、繋ぎで出されただけであろうバゲットをたらふく食べて、空腹を満たしており、その様子を見て、リタさんが爆笑していた。
もてなす側の領主は引き攣った笑いを浮かべていたけどね。
ただそんな僕らの醜態もリタさんにかかれば、1つの交渉の材料になる。
「ごめんなさいね。うちの将軍はまだまだ若くて育ち盛りなのよ。ほんと、これからが楽しみな子達なの」
「……!…そ、それは頼もしい限りですな。皇国の未来はどうやら明るいようで…」
存外に皇国の将軍はまだ若く、これから隆盛を迎えるんだぞと言わんばかりにルセイユの領主を牽制していた。
流石だな、リタさん。
あと次の料理まだ~?
そんな(僕とパオっちにとって)地獄のような会食を終えて、僕らは早めに眠りについた。
明日は王国を行軍する。
道の魔獣、賊に出くわすかもしれない。
しっかり備えておかないとね。
あ、ビーチェもうちょっとこっちに寄って
そうそう、この体勢が良く眠れそうだ。
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烈歴98年 5月30日 アルジェント王国南部 港湾都市『ルセイユ』 北門
ルセイユで一泊し、ついに王都ルクスルを目指す日
外交使節団はルセイユの北門に集結し、行軍の陣形を整えていた。
まず使節団の人達は全員王国から借り上げた馬車に乗る。
この人達は文官だから丸一日の行軍は難しいとの判断だ。
僕達海軍は縦1列の長蛇の陣を組み、使節団の馬車と並行しながら徒歩で行軍する。
なので海軍は全員歩兵部隊だ。
まぁ騎乗できる人も少ないし仕方ない。
そして王国からも護衛の軍が付くようで、責任者と思われる方がリタさんに挨拶していた。
王国軍は僕らと同じくらいの人数がいる。
おおよそ500人くらいかな?
しかしその編成は100人くらいが重装備の歩兵で、400人くらいがローブ姿の魔術師のようだった。
皇国ではまず考えられない編成比だな。
「お会いできるのを楽しみにしておりました。私はプラティニ公爵家筆頭司令官ティオフィル・アンリと申します。皇妹殿下におかれましては遥々我が国までご訪問いただきましたこと、誠に感謝いたします。今回の会談で王国と皇国は一層隣人になるでしょう」
平身低頭で膝をつきながら、リタさんに挨拶しているいかにも位の高そうな赤い軍服を着ているアンリ司令官
「あらあら?いつにもなく殊勝なご挨拶じゃない?王国随一の土魔術師『無限砂漠』のティオフィル・アンリ司令官自らが護衛してくださるなんて」
「多分な評価恐縮ではございます。それほど王国としては皇国と良い関係を築きたいと考えておりますゆえ」
「…ふ~ん…あなた達も大変ね。今の職場が嫌になったらうちに亡命してきなさいな。あなたなら大歓迎よ?」
「はっは、勿体なきお言葉。社交辞令として受け取らせていただきます」
ティオフィル・アンリ司令官…この魔術大国で随一の土魔術師なのか…どんな戦闘をするんだろう
そして渾名が『無限砂漠』って物騒過ぎない?
てかリタさんはさらっと勧誘しないで
国際問題になるから
リタさんと近衛隊長であるアウレリオ准将、そして2人の侍従の女性が一際豪華な馬車に乗り込んだ。
僕の今回の役割は、行軍の総司令官となる。
海はパオっちの戦場だけど今回は陸が戦場となるから僕が責任者となるのだ。
ただ用兵に関してはまだまだ勉強中なので、そこはビーチェの補佐で行うことにする。
ビーチェは当主教育の一環として、サザンガルド領邦軍で用兵を学んでおり、今回の海軍480名ぐらいの規模なら率いた経験もあるらしい。
サザンガルド家はんぱねえな
それゆえ僕は最強可憐軍師ベアトリーチェ少尉の補佐(指揮)でこの行軍を率いる。
先頭はジョルジュ大佐率いる部隊で、後方はパオっちの第一特務部隊
中央のリタさんの馬車を取り囲むようにして、僕の第二特務部隊が配置されている。
陣形を見渡していると、前方と後方から旗が上がった。
行軍の準備が整ったようだ。
さて、僕の仕事を始めますかな。
すぅ~っと大きく息を吸い込んで、前方と後方にも聞こえるくらいの声で叫んだ
「出陣!」
僕の号令を皮切り、総勢630名の外交使節団は王都ルクスルを目指した。
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王都ルクスルへは、大街道をひたすら北に進むので、道に迷う心配はない。
そしてこの大街道は綺麗に土で整備されており、非常に歩きやすい道だった。
「これは土の魔術で整備されておるのう…人の手でこれをすると100年くらいかかるじゃろうて」
「そんなに?でもこういうところにも魔術が活かされているなんてさすが魔術大国だねぇ」
「魔術の継承・発展が国是じゃからのう?知っておるか?王国での婚姻は、魔術師同士なら、なんと兄弟姉妹でも婚姻が可能だそうじゃ」
「…え!?…そ、そんなのあり!?」
「王国では、魔術の才は遺伝によるものが強く、血の濃さが才溢れる魔術師の誕生に繋がる思想が根強いのじゃよ」
「そうなんだ。皇国は確か、一定の遺伝の影響はあるけど、結局個人差と過ごした環境が魔術の才に大きく影響するって考えだよね」
「そうじゃ。タキシラ大学での通説がそのまま皇国の通説になっておる。それにパオ少将の存在も大きいのじゃ」
「パオっちの?」
「うむ。リアナに少し聞いたのじゃが、パオ少将のご両親は平凡な方で、先祖代々遡っても魔術師はいないのじゃよ」
「ええ!?じゃあなんでパオっちはそんなに魔術が凄いんだろう…」
「……そこまでは聞いておらぬなぁ…しかしパオ少将の存在は、王国の常識を覆しておる。本来王国の得意な戦場である海戦においても、パオ少将が歯止めになって、王国は攻め切れておらぬ。王国の魔術師達にとって、パオ・マルディーニという魔術師は目の上のたん瘤というレベルでは済まぬくらい鬱陶しいじゃろうな」
う~む、そう聞くと改めてパオっちって凄い魔術師なんだな。
確かに出会ってから、パオっちが負けている姿は見たことがない。
僕も全力でパオっちと戦ったら勝てる自信はないな。
まぁ戦うことになんてならないだろうけど
僕とビーチェがリタさんの馬車と共に歩いて行軍していると、リタさんの馬車の窓が開いた。
「シリュウちゃ~ん。少し中でお話しましょう!もちろんベアトリーチェも一緒よ~」
そう言ってリタさんが大きく手を振る。
唐突なお誘いだが、断ることもあるまい。
僕とビーチェは前進する馬車に、軽やかに乗り込んだ。
馬車の中はとても広く、ここに皇妹殿下と女性の侍従が2人いて、僕とビーチェの5人がいるが、それでも圧迫感は感じないほど広い空間となっていた。
あれ?
アウレリオ准将がいない。
僕がそう思っていると、リタさんが気にせず切り出した。
「ようこそ!シリュウちゃんに紹介したい人がいてね!ほらほら~」
そう言って侍従の一人の方の手を取るリタさん
「あなたが『シリュウちゃんさん』?初めまして私はレジーナと言いますのよ」
そう挨拶するは金髪のミディアムボブの髪型の女性だ。
パッと見た感じは、20代中盤の女性に見える。
あと「ちゃん」か「さん」かどちらかにしてください。
「こちらこそ初めまして、シリュウ・ドラゴスピアです」
「初めましてご婦人。妾は妻のベアトリーチェです」
挨拶する僕とビーチェ
僕ら二人に笑いながらも申し訳なさそうに言うレジーナさん
「色々聞いているのよ。うちの子が迷惑かけたみたいでごめんなさいね?」
誰のことだろう?
特に心当たりもないが…
「シリュウちゃん、レジーナはアウレリオの母親よ」
「うちのリオちゃんがいつもお世話になって~」
うっそだろ!!??
若すぎない!?
下手したらアウレリオ准将より若く見えるよ!?
「そ、それはどうも…あれ?アウレリオ准将の話だと、母が体調を崩して働けなくなったって」
「そうなのよ~。私疲れやすくてね。今回は侍従と言うことで、使節団に同行しているけど実際はリタちゃんのお話相手なのよ~」
軽っ!
「それにリオが1月の家を空けている間に、ベラルディ家にレジーナを1人置いているのは危ないってリオが心配してね。私の権限で侍従にねじ込んだのよ」
「リタちゃんありがとう~」
いやその友達に誘われて泊まりに来たの~くらいの感じで言うけど、スケール違いすぎない?
「レ、レジーナ様と皇妹殿下は非常に仲がよろしいのですね?」
ビーチェも驚きつつも僕も気になっていたことを聞く。
「レジーナは私と同い年でね。リオに頼まれてベラルディ家から避難するための名目で私主催のお茶会に来てもらううちにお茶友達になったのよ!」
「そうなんですね。そもそもアウレリオ准将とリタさんってなんでそんなに仲が良いのですか?繋がりが見えないので…」
「ああ、リオ?飲み仲間よ」
の、飲み仲間?
「私は庶民の振りして市井の酒場に行くのが趣味なの」
「え!?そんなことしているのですか?」
「そうよ。市井の酒場って人々がまさに生きてるって感じするじゃない?やっぱりこの国を背負うからには、この国で暮らす人の顔を直接見たくってね。そんな市井の酒場巡りをしている時に出会ったのがリオよ」
「ア、アウレリオ准将と市井の酒場で出会う…想像もできないのじゃ…」
確かにその通りだ。
皇族と公爵家の人間がなんで酒場で出会うんだよ。
「リオもベラルディ家の仮面を被って生活していたストレス解消に、庶民の格好して市井の酒場を練り歩くのが好きだったみたいよ。まぁ1人で飲んでたみたいだけど。とある酒場で辛気臭い顔して飲んでるリオに『酒場でそんな顔して飲むな!馬鹿!』ってけしかけたのが出会いだったわね~懐かしいわ」
美談のように語っているけど、やっていることは完全にチンピラである。
「私はリタちゃんのお茶のみ仲間で~リオちゃんはリタちゃんのお酒飲み仲間~親子で飲み仲間なのよ~」
軽い感じで言うレジーナさん
さらって言うけどとんでもない繋がりだった。
まさか皇妹殿下と対抗する公爵家の人間が組んでいるからどんな壮大なエピソードがあるかなって思ったら、飲み仲間って……繋がり薄っ!
「まぁ出会いはなんでもいいじゃない。今一緒に楽しくやってるんだから」
まぁ確かにそうだけども
「シリュウちゃんさんとベアトリーチェさんには、リオちゃんが迷惑かけたと聞いたわ。母としてお詫び申し上げます」
一転して真面目に頭を下げるレジーナさん
どうやらビーチェへの求婚のことを言っているのだろう。
「いえいえ!僕は全然大したことないです!」
「わ、妾も!こうしてシリュウと結ばれたので何も気にしておりませぬ!」
「そう言ってくれると嬉しいわ~うちのリオちゃんのお友達になってあげてね?」
子供の保護者か!と突っ込みたくなったがレジーナさんのこの感じには逆らえそうにもない。
「も、もちろんです」
レジーナさんの柔らかい圧に晒されて、僕はつい了承してしまった。
「……ちなみにアウレリオ准将は今どこに?」
「リオはレジーナと共にあなた達と話すのが恥ずかしいからって外に出てるわ」
ですよねー
リアナ「行軍の本当に最後尾ね…まぁ重要な最後尾にパオが配置されるのは自然なことだけど…ベアトやシリュウ准将とも離れて少し寂しいわ…」
パオ「でも良いこともあるにー」
リアナ「何?良いことって」
(ぎゅっ)
リアナ「…えっ…//どうしたの…パオ…//手を繋いで」
パオ「オイラ達が最後尾だから誰にも見えないぬん」
リアナ「最後尾最高!!!」




