第13話 私のシリュウちゃん
皇妹殿下…リタさんとのお茶会が終わっても、リタさんとルナ姉ちゃんが僕らを帰さないとごねにごねたので、このまま東宮で晩御飯を共にいただき、それでもお二人から帰さないとごねられたので、僕たちは東宮に一泊することとなった。
リタさんは僕が父さんと母さんの子供と知ってから、僕を実の息子のように可愛がるようになり、ご飯の時には僕に食べさせようとするし、僕がお風呂に入っていると、「背中を流してあげるわ!」と布一枚で突入された。
同じく布一枚の格好をしたビーチェが「させませぬぞ!皇妹殿下ァ!」と止めに入り、浴場が混沌となった。
そして今は、リタさんの提案で、だだっ広いベッドにリタさんとルナ姉ちゃん、僕とビーチェの4人が並んで寝る態勢に入っていた。
「………皇族の方と同衾することになるとは…シリュウと出会ってから驚くばかりじゃ…」
ビーチェが呆れながらも笑いながら言う。
「…こんなに大勢で一緒で寝る……こんなの初めて…!」
ルナ姉ちゃんは興奮している。
「ふふ、ママのお胸で眠りなさい?シリュウちゃん」
リタさんは意味の分からないことを言いながら僕の顔を抱いている。
僕は左隣にリタさん、右隣にビーチェがいて、ビーチェの隣にルナ姉ちゃんがいる。
ビーチェがリタさんに対抗して、僕にくっつき、そのビーチェにルナ姉ちゃんがくっついている構図だ。
なんだこれ。
「マリアが見つかるまで、私があなたの母代わりよ…安心なさい…」
そう言って僕の頭をなでるリタさんの手はとても優しかった。
その言葉に裏はなく、真意なんだと疑う余地はなかった。
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翌日も朝食をリタさんとルナ姉ちゃんと食べ、昨日の服(メイドの人が昨日中に洗濯し、乾燥してくれていた)に着替え、東宮から直接海軍本部に出勤することとなった。
今日は5月23日だから遠征の出発日まであと2日
明日は遠征に備えて非番になっており、またシルベリオさん、シルビオさん、アドリアーナさん、じいちゃんのサザンガルド組がサザンガルドに帰還する日だ。
サザンガルド組の見送りをして、ビーチェとゆっくり過ごす予定だ。
さらに今日の晩にはメディチ家の晩餐会に出席する予定なので、今日中に遠征の最終準備を完了しておく必要がある。
時間短縮のため東宮から直接海軍本部に出勤することにした。
出勤の際には、リタさんとルナ姉ちゃんもお見送りに来てくれた。
「お泊りまでしちゃってありがとうございました。色々ありましたがとても楽しかったです」
「妾も大変貴重なお話をさせていただき楽しゅうございました」
「いいのいいの!私達も楽しかったし、またいつでも来てね?ほんとに遠慮なくよ?ルナも寂しがるわ」
「……シリュウ…ベアト…またいつでも来てね…」
「うん、約束するよ。ルナ姉ちゃん。まぁリタさんとは明後日からの遠征でずっと一緒だけども」
「そうね!あ、ゾエちゃんに言って、私の居室の隣をシリュウちゃんとベアトの部屋するよう後で言っておこ」
「いやいやいや…!それは流石に…」
とんでもない権力の私的利用である。
「理ならあるわ。だって護衛団で最強なのはシリュウちゃんかパオ少将でしょう?最強の兵士を要人の居室の近くに配置することは不自然ではないわ。カモフラージュにパオ少将の居室も近くに配置するようにお願いしておくわ」
おおう……パオっち…ごめんね…巻き込んで…
(…パオ少将の居室にはもれなくリアナも付いてくるじゃろう…)
だよね。
とんでもない密度の濃い空間になりそうだ。
「ゾエ大将が認めるなら、僕達は何も言いませんよ。それがリタさんにとって良いなら」
「シリュウちゃん…!……すぐに海軍に馬を走らせるわ!」
ご機嫌に胸を張るリタさん
この人は破天荒で周りを振り回す方だが、その行動の本質には優しさというか愛というか、何か温かいものを感じた。
僕はなんやかんやで皇妹殿下であるリタさんのことが好きになっていた。
もちろん親愛的な意味で。
恋愛的に好きなのはビーチェだけだ。
そんなリタさんとルナ姉ちゃんに見送られながら、僕らは海軍本部に向かうべく、用意された馬車に乗り込んだ。
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海軍本部に出勤して、僕らはダニエル中尉と共に使節団の護衛計画の最終確認をしていた。
護衛計画の大枠は、海軍の参謀であるフランシス中将が作成してくれており、綿密な計画となっていて、僕は理解するのに精一杯だった。
ビーチェから「知っておくだけでいいぞ、詳細は妾とダニエル中尉で把握しておくのじゃ」と言ってもらえたので、内容をそこそこ確認して、僕は演習場に行き、部下の兵士と仕合をしていた。
海軍准将としての初任務だ。
今回の任務は王国と帝国に赴く使節団の護衛だ。
使節団は皇妹殿下初め、外交官や侍従を含め100人程の規模になる。
そして護衛団は海軍と皇軍の混成部隊となる。
海軍からはパオっちことパオ・マルディーニ少将率いる第一特務部隊 総勢50名
そして僕が率いる第二特務部隊 30名
そしてジョルジュ大佐率いる小規模艦隊 旗艦のガレオン船には総勢200名 旗艦の護衛のガレー船4隻には各50人の総勢200名
海軍は総勢480名だ。
皇軍からはアウレリオ・ブラン・ベラルディ准将が、近衛隊長として就任し、皇妹殿下…リタさんの護衛に総勢50名が参加している。
護衛団が530名に、使節団が100名の合計630名(概算数)の大所帯となる。
100名を護衛するのに、530名では心許ないのでは?とフランシス中将に聞いてみたら、今回はあくまで形式的な護衛なため、人数を最小限にしているそうだ。
あまり大勢で赴くと、それだけで「貴国のことは信用していない」というメッセージになるそうで、多数の護衛を連れて行くことは友好的に外交をするにあたってはご法度なのだ。
しかし護衛団が武を振るう事態にはおそらくならないだろうとの見込みだからこそ最小限にしているのだそう。
何事も平和が一番だしね。
ダニエル中尉とビーチェが遠征の計画の最終確認を終えて、演習場で稽古をしていた僕のところに来てくれた。
どうやら今日はこれで解散らしい。
明後日に備えて、明日はビーチェとゆっくりしようかな。
その前に、今晩のメディチ家の晩餐会に行かないと。
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時刻は夕刻から晩になろうという時になっており、僕とビーチェはトスカとルイーゼ男爵と共にメディチ家の主催する晩餐会に出席するべく、同じ馬車に乗り、メディチ家の屋敷に向かっていた。
「シリュウ准将、わざわざ我が家まで迎えに来ていただき恐縮でございます。本来なら私がシリュウ准将のお屋敷にお迎えせねばらならないところ…」
「いえいえ、僕達の家から向かった方が効率的ですしね。気にしないでください」
「…ベアトリーチェ様…綺麗なドレスです…やっぱりすごいスタイルが良いですね。私みたいなちんちくりんじゃあそんな風にドレスは着こなせないや…」
「トスカもこれから成長するじゃろう?まだ16歳なんじゃから焦るでない。妾もトスカの時はそんな身体つきじゃったからな」
他愛もない雑談をしていると、メディチ家の屋敷についたようだ。
その入り口で、降車すると、あまりの屋敷の大きさに圧倒されてしまう。
「……これ皇宮の東宮より大きくない…?…屋敷と言うよりもう宮殿では?」
「メディチ家は国家を除けば、皇国一の富豪じゃからのう…」
「何度も目にしたことはあるが、入るのは初めてだ……うぅ…胃が痛い…」
「お父さん…私も胃が痛い…」
呑気に屋敷の大きさについて感想を述べている僕とビーチェをよそに、トスカとルイーゼ男爵は顔を青くしていた。
屋敷を4人で眺めていると、執事の方が声を掛けてきた。
「シリュウ・ドラゴスピア准将に、その奥方ベアトリーチェ・ドラゴスピア少尉、そしてカッリスト・ルイーゼ男爵にそのご令嬢トスカ・ルイーゼ嬢ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
執事の方に案内されて、少し歩くと、僕らが見ていた屋敷ではなく、庭の開けた空間へ案内された。
その庭は、多くのテーブルと椅子が設置され、照明が多数設置されており、もう晩になろうというのに昼間のように明るい会場だ。
一番奥の方は、舞台の様になっていて、会場の脇には豪華な食事とお酒が綺麗に陳列されていた。
「へぇ、屋外で晩餐会をするんだ。こんなこともあるんだね」
「ビアガーデンじゃのう!華族の晩餐会と聞いておったが、こんな庶民的な催しをするとはメディチ公爵も通な人じゃのう!」
「…確かにこれはこれは、私のような下級華族にはこのような気軽な晩餐会はありがたい…」
「すごいすごい!こんなに多くの照明の魔道具なんて見たことない!」
僕らが屋外の会場に興奮していると、執事の方が説明してくれた。
「今日は旦那様より、堅苦しくない晩餐会をするようにと仰せつかっておりまして。参加者の多くは政庁に関係する高官の方が多いので、このような場には慣れていらっしゃらないかと思われます。おそらくはシリュウ准将とルイーゼ男爵への御配慮かと…」
マジで?
メディチ公爵はわざわざ僕らに合わせてこんな形の晩餐会にしてくれたの?
「あわあわあわ……シリュウ准将ならまだしも、私にご配慮くださるなんて……」
「…きゅう……」
ルイーゼ男爵は恐縮しまくって、震えている。
トスカはもう意識が飛びそうだ。
まぁ合わせてもらったからには楽しまないとね。
晩餐会は立食式のようで、自分で食事とお酒と取るみたいだ。
先に到着している参加者は、各々に食事とお酒をもう楽しんでいる。
「この晩餐会には、明確な始まりと終わりはありません。各々都合の良い時に来ていただき、お帰りになっていただく形となります」
なるほど
本当に堅苦しくないな。
「じゃあ、僕らも楽しみましょうかね。ビーチェ、ご飯取りに行こう!」
「うむ!妾はあの海鮮料理が気になるぞ!」
「ベ、ベアトリーチェ様…お、おいていかないでください!」
「わ、私も行きます!こんな場に1人にしないでくだされ!」
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この晩餐会はメディチ家主催と言うだけあって、多くの人が参加していた。
各々が華族なのだろう、たくさんの人があいさつ回りをしていた。
僕とビーチェについてきたルイーゼ男爵とトスカも、知り合いの華族を見かけては、挨拶周りをして、自然と僕らと別行動になった。
この会場で唯一と言っていいほど、挨拶をしていない僕とビーチェは、用意された食事に舌鼓を打っていた。
「……凄いな…このブイヤベース…磯の香が濃厚だ…」
「こっちのステーキも凄いのじゃ。口の中で溶けるようにしてなくなるほど柔らかいぞ」
そんな風に会場中の食事を制覇せんとばかりに、食事に勤しむ僕らに話しかける人がいた。
「そなたがシリュウ准将か」
「はい、そうですけど…え~と…あ!メディチ公爵のお付きの人!」
僕がそう言うとビーチェが噴き出してしまう。
「…シ、シリュウ…!流石に失礼なのじゃ!……我が夫が無礼をいたしました。他意はございませぬ…」
ビーチェが慌てて、僕の代わりに謝罪する。
やらかしてしまいました……申し訳ありません…
「ふっ、何も無礼ではあるまい。シリュウ准将の言う通り私はメディチ公爵の従者のようなものだ」
しかし当の本人は、むしろ笑って許してくれるようだ。
「……いえいえ、そんな…この国の商業を支えるアンブロジーニ侯爵が従者などと、謙遜が過ぎます」
アンブロジーニ侯爵……
思い出した。
ルイーゼ男爵の勤める商業省のトップである商業大臣のアンブロジーニ侯爵か!
「し、失礼いたしました…シリュウ・ドラゴスピアです…」
「良い。あの場では私もそなたに挨拶をしておらぬかったからな。この場で改めて自己紹介をしよう。オレスト・フォン・アンブロジーニだ。インペリオバレーナの討伐は見事であった。この国の商業を預かるものとして礼を言う」
「いえいえ、そんな大したことでは…」
「大したことはないか…インペリオバレーナどころか、キングバレーナさえも皇都近海に現れては一大事だ。この皇都から船は出せず、流通は滞り、この国の商業は大打撃であっただろう。私もそなたに救われた1人なのだよ」
「そうなんですね。じゃあ討伐できて良かったですよ。色んな人が困らないようになって」
「自らの功績を誇示するのではなく、民を慮るか……その年齢で大したものだ」
「そんなに褒めても何も出ませんよ?」
「ふっ、そなたは面白いな。礼と言っては何だが、何か私にできることはあるか?」
いや、礼とか別にいらないんですが…でもこの人トスカのお父さんのルイーゼ男爵の上司だっけ。
よろしく頼んでおこうか。
「まぁお礼とか全然別に大丈夫なんですけど、強いていうならルイーゼ男爵のことよろしくお願いいたします」
「ほう?ルイーゼ男爵か」
「はい。ルイーゼ男爵は僕が思い付きのように言った皇都の人皆でインペリオバレーナのお肉を食べられたらいいなという思いを実現してくれました。ある意味で僕の恩人ですね。またその娘のトスカは僕とビーチェの友人ですから、困っていたら助けてあげてください」
「ふっふっふ…はっはっは!商業大臣の私にできることはあるかと聞いて、頼むことが『友人のことを頼む』か…!…いや実に無欲で面白いな…」
「無欲?僕は強欲ですよ。だって友人が困らないことを欲していますからね」
「それもまた欲か…!…確かにその頼み、承ったぞ」
これでルイーゼ男爵は大丈夫だな。
安心、安心
「メディチ公爵もそなたと話したがっていたぞ。奥の舞台の方へ後で行くがいい」
「あ、ありがとうございます!あと、アンブロジーニ侯爵も何かお困りでしたら、僕を頼ってくださいね」
「もちろんだ。そなたの武を必要とあらば、頼りにさせてもらおう。では」
そう言って、颯爽と去っていったアンブロジーニ侯爵
初めて会った時は、終始険しい顔をして、怖そうな人だと思ったが、そういう顔なだけで、気さくな方だったな。
「……シリュウはアンブロジーニ侯爵まで攻略しおったな……皇妹殿下にメディチ公爵…果てはアンブロジーニ侯爵とも友誼を結んで、皇都の華族界隈でも支配したいのかや?」
「…そんなわけないじゃん…全部成り行きだって…」
「すべてはインペリオバレーナの討伐からじゃな…」
「うん、全部あの鯨のせいということで」
「そんなわけなかろうて!」
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アンブロジーニ侯爵との会話の後、助言通りに会場奥の舞台の方に来た。
舞台の上は、多数の音楽家の方が様々な楽器で演奏して、晩餐会に彩りを加えている。
そして舞台の近くに、大勢の人に囲まれているメディチ公爵の姿があった。
さすが華族の頂点に位置するメディチ公爵だ。
遠目でその姿を見て、会話をすることは難しそうだと思った。
「メディチ公爵に挨拶したかったけど、あんなに囲まれていたら無理かなぁ」
「普通の華族なら諦めるところじゃろうが、シリュウなら少し順番待ちしたらいけるのではないか?」
「そうかな?じゃあ囲みに近づくだけ近づいておこう」
そうして、僕とビーチェはメディチ公爵の周りの人垣に近づいた。
そうしてメディチ公爵のお顔がはっきりと見える位置まで来たところで、メディチ公爵と目が合った。
すると……
メディチ公爵は僕の顔を見るやいなや、今までの会話をぶっちぎって僕の方へ向かってきた。
おいおいおいおい…
「シリュウ准将なのねん!よく来てくれたのねん!ベアトリーチェも今日も綺麗なのねん!」
「こ、こちらこそ招待していただき、ありがとうございます」
「メディチ公爵へご挨拶申し上げます。本日はご招待いただきありがとうございます」
「そんな堅苦しい挨拶はいらぬのねん!私とドラゴスピアの仲なのねん!」
そう言って、僕の肩を抱くメディチ公爵
そして小言で僕に囁いた。
(…別室で2人きりで少し話がしたいのねん…)
「!?」
唐突な提案に驚くが、答えは一つだ。
(…ビーチェも一緒ならいいですよ)
僕が条件付きで回答するが、メディチ公爵は何も驚かない。
想定内のようだ。
(…問題ないのねん…従者に案内させるからついていってほしいのねん…)
そう言って、メディチ公爵は僕から少し離れた、
「シリュウ准将にはこの晩餐会をもっと楽しんできて欲しいのねん!」
メディチ公爵が大仰な仕草で言った。
これはここから離れろという合図だな。
「ありがとうございます。では妻と共に会場を回ってきます!」
「うむうむ!楽しんでね~ん」
そう言って、ビーチェと僕はその場を離れた。
少しメディチ公爵の囲いから離れたところで、ビーチェが僕に聞く。
「…して、メディチ公爵はなんと?」
「別室で話がしたいってさ。案内が来るそうだよ」
「……わざわざ別室でのう…」
ビーチェが訝しがっていると、1人のメイドさんが僕らに話しかけてきた。
仕事が早いな。
「ドラゴスピア夫妻ですね。こちらへどうぞ」
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メイドさんに付いてやってきたのは、会場の庭に隣接している小さな屋敷のような建物だ。
その建物の1階の応接室のような部屋で僕とビーチェはソファに座り、紅茶の飲みながらメディチ公爵を待っていた。
この応接室は、メディチ公爵の屋敷にしてはとても狭く、この部屋で会話できそうなのはせいぜい5,6人くらいだと思った。
ソファは2つあり、ローテーブルが1つあるだけの簡素な部屋だ。
部屋に到着してから10分程度で、メディチ公爵が部屋にやって来た。
「ふぃ~…お待たせしたのねん。そこまで時間が取れそうにないから単刀直入に話すのねん」
「いえ、大丈夫です」
「助かるのねん。皇妹殿下とシリュウはどんな関係なのねん?」
「!?」
メディチ公爵の質問に僕は身構える。
ビーチェの顔も強張っている。
このタイミングでわざわざ別室に呼び出して、僕とリタさんとの関係を、わざわざ公爵ほどの人が探るなんて、不穏でしかなかった。
そんな僕らの様子にメディチ公爵はしまったといわんばかりで言う。
「あいや~!怖がらせてしまったのねん!違うのねん!私は皇妹殿下の後見人なのねん。皇妹殿下の味方なのねん!」
「そ、そうなのですか?」
僕が聞き返すとメディチ公爵は朗らかに言う。
「実は、今日になって皇妹殿下が私のところに飛んできたのねん。曰く、使節団だけでなく護衛団の遠征費用にも寄付をしなさいと言ってきたのねん」
………ん?
「メディチ公爵は、軍への寄付は行っていないと聞きますが…?」
ビーチェが恐る恐るメディチ公爵へ尋ねる。
「そうなのねん。私は戦争が嫌いなのねん。だから軍には寄付していないのねん。投資し甲斐がないのねん。だから今回の遠征についても、使節団の費用にだけ寄付してたのねん」
メディチ公爵は確か商業や芸術に重きを置いている事業をしていたはず。
メディチ公爵の主な事業と馴染まない戦争は好きではなかったのか。
「それが……今日私のところに来ては、『護衛団にも寄付しなさい!』と言って…いや怒鳴り込んで来たのねん。なんでそんなことをこんな遠征の出発の直前に言うのかと、聞いたのねん。そしたら『航海中に護衛団の食糧が尽きたら私のシリュウちゃんがひもじい思いをするじゃない!そんなのダメよ!あんたがちゃんと予算だしなさい!』と一喝されたのねん…」
おう………リタさんや……流石に過保護が過ぎませんかね……
僕は頭を抱えて、ビーチェは白目を剝いている。
「……確かにシリュウ准将のことを謁見の時から皇妹殿下は気にはかけていたのねん。でもあまりの変わりように私も戸惑うばかりなのねん……昨日は皇妹殿下とお茶会をして、晩餐も共にし、宿泊したとも聞いたのねん…すごい気に入りようなのねん」
そこまで聞いたのか…それに宿泊までで済んでよかった。
同じベッドで寝たと聞いたら、メディチ公爵と言えども卒倒するだろう。
「私としても護衛団に寄付するのは、別に良いのねん。でも少なくない支出をするからにはその理由、背景だけでも知りたいと思ったのねん」
確かにそれはそうだ。
護衛団は530名もの人数がいる。
その人数で1月も旅をするのだ。
それも武装して。
並大抵の金額ではないだろう。
メディチ公爵が皇妹殿下の変わりようを知りたがるのももっともだ。
「…実は昨日のお茶会で、僕の父と母が皇妹殿下の友人だと判明しました。その縁で僕のことを可愛がってくれているのでしょう」
「なんと!…そんな縁があったのねん…なるほどなるほど…してご両親は?…」
メディチ公爵が続けて聞くが、そこまで話すことはないだろうが、答える必要はある。
「皇王様との謁見には祖父と2人だけでした」
僕は婉曲表現で答えた。
「……それは悪いことを聞いたのねん。腑に落ちたのねん。教えてくれてありがとうなのねん」
「いえ、我が海軍に寄付いただけるのであればこれくらいは…」
「幸いにも、今日中にフランシス中将に予算が許すのであれば何が欲しいかは聞いているのねん。明日中に手配して、船に積み込んでおくよう指示しているのねん。これで皇妹殿下に怒られなくて済むのねん」
「……なんだか申し訳ございません……」
「ほっほ!シリュウ准将が謝ることじゃないのねん!………もっと謝るべき人がいるのねん……」
そう言うメディチ公爵の目は凄く遠いところを見ていた。
アンブロジーニ侯爵「ルイーゼ男爵、調子はどうだ?」
ルイーゼ男爵「ア、アンブロジーニ侯爵!この度は派閥に加入させていただきありがとうございます!おかげさまで商業省内でも少し仕事がやりやすくなりました」
アンブロジーニ侯爵「ふむ、それは重畳。しかしそれでは足りぬな…」
ルイーゼ男爵「はい?足りぬ…とは?」
アンブロジーニ侯爵「そなたを我が派閥の幹部として遇する。次回から幹部会合に参加せよ」
ルイーゼ男爵「」




