第12話 友の忘れ形見
皇妹殿下の思い付きで急遽開催された皇妹殿下とその娘ルナ殿下とのお茶会は思っていた程不穏ではなくつつがなく楽しんだ。
最初は皇妹殿下が僕とビーチェの馴れ初めを聞きたがったので、エクトエンドで出会ったことやハトウでの出来事、カルロ君の病を治すためにエンペラーボアを討伐したことを話した。
そして皇都に来て、インペリオバレーナを討伐した時のお話など、僕がエクトエンドから旅立ってからの経緯を話した。
「はぁ~すごいわね、シリュウ准将は。まるで物語の主人公みたいよ。次から次へ苦難が降りかかるも、持ち前の力と勇気で切り開いて、ベアトリーチェ少尉のような綺麗な人と結婚するんだもの」
お茶会が始まってしばらく経ち、皇妹殿下の口調はだいぶ砕けた形になっていた。
「いえ、僕は運が良かっただけですよ」
「成功者は得てしてそう言うわ。自分は運がいいってね。でもそれって周りに感謝して、謙虚に生きているいることの現れなの。あなたその年齢でしっかりしてるわね~婿に欲しいわ」
「え!?」
「どう?うちの娘なんて?可愛らしいでしょ?シリュウ准将は子爵だから側室も持てるわよ。側室でもいいからうちの娘もらってくれないかしら」
とんでもないことを言い出したな!この人!
「いやいやいやいや!僕にはビーチェがいますし!それに皇族の方との結婚なんて!」
僕は首が千切れそうなくらい横に振る。
「そ、そうです!皇妹殿下と言えどもこればっかりは譲れませぬ!」
ビーチェも顔を真っ赤にして、皇妹殿下に詰め寄る。
ビーチェの迫力に皇妹殿下は潔く身を引く。
「じょ、冗談よ?あなたたち本当に相思相愛なのね。若いっていいわ~」
ゆ、油断も隙もない…
「でも華族が側室を持つのは普通のことよ?いずれはシリュウさんの跡継ぎとか考えたら必要になってくるんじゃないかしら?」
それでも皇妹殿下はこの話題を深堀してくる。
「……そ、それはそうですが…その…」
ビーチェが歯切れが悪くなってしまうが、ここは僕がしっかり答えないとね。
「ビーチェとの子供は欲しいと思いますが、跡継ぎは欲しいとは思いません。家の継承なんて僕にとってどうでもいいことです」
「…シ、シリュウ…!//」
ビーチェが目を潤わせながら僕を見つめる。
「そう?でもシリュウさん程の優秀な戦士の跡継ぎが生まれないなんて皇国の損失よ?皇国から跡継ぎを作るために側室を持つよう命令されたらどうするの?」
皇妹殿下はまだしつこく追及してくる。
流石に腹が立ってきたので、強めに言い返すか。
「ははは、簡単です。国を捨てるまでです」
「えっ」
「ぎゃっ!シ、シリュウ…それは流石に…」
「ビーチェとこの国を天秤に掛けて、この国に傾くことは絶対ありません」
そう言って、僕は皇妹殿下の目から目を離さなかった。
「そ、そうなの?いやいや冗談よ?そんなに怒らないでね?」
僕の本気が伝わったのか、皇妹殿下は少したじろいだ。
(…ふぅ……ちょっとちびっちゃったわ……シリュウ准将の心臓はベアトリーチェ少尉なのね…)
一連のやり取りを経て、なぜかルナ殿下がキラキラとした目で僕達を見ていた。
「……まるでお姫様と騎士……素敵……!」
「ル、ルナ殿下?シリュウはともかく妾はそんなに大層な人でありんせん…」
ルナ殿下の羨望の眼差しに耐えきれなかったビーチェがやんわりと否定する。
「あ~この子、英雄と姫の恋物語とか大好きなのよ」
皇妹殿下がそう教えてくれる。
まぁ見た目からは好きそうに見えるけど、もう18歳なんだよな…
「……いつか私にも……ベアトリーチェにとってのシリュウのような人が……現れるかな…」
ルナ殿下が不安そうに俯くが、ビーチェが手を取って励ました。
「もちろんです。妾もシリュウと会う日の前日まで、結婚など全く考えもしませんでした。しかしシリュウと出会ってからは、シリュウの想いを確認する前に、勝手にシリュウとの未来を想像しておりました。ルナ殿下は非常に愛らしく、素敵な女性です。いつかきっと運命の人が現れますでしょう」
ビーチェの言葉に、僕は少しむずかゆさを感じながらも、そうだといいなと思った。
「ベアトリーチェ……いや…師匠…!」
「し、師匠…?」
おっと、何やら雲行きが怪しくなってきたぞ?
「……師匠は、素敵な男性に見初められた素敵なお姫様…!ぜひとも私を弟子に…!」
「いやいやいやいや…妾ごときがルナ殿下に教えることなどなにもありんせん!」
「ほお~?ルナがこんなに懐くなんて珍しいわね…私からもお願いよ、師匠とかはどうでもいいけど、ルナのお友達になってくださいな」
「……お友達……素敵……」
「ま、まぁお友達なら、妾にとっても光栄ですので…ではルナ殿下、よろしくお願いいたします」
「…ルナ…」
「え?」
「ルナって呼んで…殿下はいらない…私もベアトって呼ぶから…あと…敬語もダメ…」
「いや…さすがに…皇族相手に…不敬では?」
「私は不敬だとは思わないから大丈夫」
「えぇ……」
うーむ、大人しそうな少女だと思ったが、流石皇妹殿下の娘さん
押しが強い
そう言うルナ殿下の力強い顔をみて、ビーチェは諦めるようにして言った。
「…わかったのじゃ、ルナ…妾と友になろうぞ」
「……うん!」
ここに麗らかな女性の友情が誕生した。
めでたし めでたし
しかし物語はここでは終わらない。
「して、ルナよ。お友達は多い方が良いとは思わぬかや?」
「…うん…いっぱい…欲しい…」
「なら手始めに妾が紹介しよう。我が夫のシリュウじゃ」
ビーチェさんや?
なぜ巻き込むんだい?
そう思ってビーチェの顔を見ると笑顔で僕を見ている。
そして顔には「妾だけに任せるのかや?」と書いている。
「…シリュウ…!友達…!」
ルナ殿下もその気だ。
これは逃げられないか…
そう思っていると皇妹殿下から助け船が来た。
「はいはい、ルナもあまりシリュウ准将を困らせないのよ?異性なんだからお友達は難しいわよ」
「……すん……」
少し気落ちするルナ殿下
正直申し訳ない気もするが、ビーチェが友達になってくれたら十分だろう。
ほっと安堵の息をついたが、皇妹殿下からとんでもないぶっこみが来た。
「……話を変えるけど、シリュウ准将、ご両親は健在?」
「え!?」
予想だにしえない質問に僕は素っ頓狂な声を出してしまった。
「…皇妹殿下…その話題は少し…」
事情を知っているビーチェが皇妹殿下を諫めようとする。
しかし皇妹殿下は止まらなかった。
「あら?知ってるわよ。シリュウ准将がトレスリーの出身であることは」
「「!?」」
僕は驚く。
僕がトレスリーの出身であることは、身内にしか話していない。
だから普通の人は僕がトレスリーの出身であることを知り得ない。
つまり皇妹殿下はわざわざ調べたのだ。
僕の戸籍を
「もう一度聞くわ?ご両親は健在?これは興味本位で聞いているんじゃないの。とても大切なことなのよ」
皇妹殿下は真剣な眼差しで僕を見つめて言う。
皇妹殿下のお茶会の本題はこれか…
僕はビーチェの方を向くが、ビーチェは少しだけ頷いた。
僕の好きなように話すのがいいか。
「わかりました。正直な話、トレスリーの悲劇以降は行方不明です」
「なるほど、では死ぬ瞬間は見ていないのね?」
「ええ、その通りです。正直どうなったのかは不明です」
「そう…でもあなたはどう思っているの?」
「え?」
「質問が悪かったわね。その騒動であなたの父と母は死ぬような人なの?」
マジか……
この人どこまで知っているんだ…
ビーチェにも話したことないのに……
「え?え?どういうことじゃ?」
ビーチェが困惑している。
僕がトレスリーの悲劇のことを話した時に、ビーチェは僕の両親が亡くなっているものだと思っただろう。
でも……
「……皇妹殿下がどこまでご存じかわかりませんが、正直に話します。僕個人としてはあの惨劇で父と母は死んでいないと思っています」
「…な!?」
驚くビーチェ
そして皇妹殿下の反応はその対極だった。
「……そう…やはり…」
「驚かないのですか?」
「心当たりがあるからね………あなたの父は、タランね…?」
「!?」
今度は僕が驚いた。
「タラン・ベッケンバウアー…それがあなたの父ね?そして母はコウロンの娘のマリア、マリア・ベッケンバウアー」
「…なんと…!?…皇妹殿下はなぜ…」
ビーチェが驚くように言う。
「…父と母をご存じだったのですか…」
「ええ…謁見の時、あなたの顔をどこかで見た気がしてね。あなたの戸籍を探らせて、昔の姓がベッケンバウアーだと聞いてもしかしてと思ったの。そしてあなたのその口ぶりで確信が持てたわ。あのトレスリーの惨劇を目の当たりにして、実の息子に死んでいないと思わせるほどの夫婦なんて、この皇国にそうはいないわ」
「……父はともかく、母は規格外な人でしたから…」
「ええ、知ってる。マリアは私の親友だったから。それに…タランも私の恩人よ」
「…!?」
「……ねぇ…もっとこっちに来て?顔を良く見せてちょうだい…」
皇妹殿下はそう言って、僕に両手を伸ばした。
僕は席に立ち、皇妹殿下の方へ近づいた。
「あぁ…この目…よく見たらマリアにそっくり…鼻の形はタランに似ているわ…そしてなによりこの銀の髪…!マリアの色と一緒……タランとマリアの子が…今目の前にいる……あぁ……こんなに幸せなこと…信じられないわ…」
僕の顔を両手で包み込み、皇妹殿下は涙を浮かべながら、僕の顔を見つめた。
皇妹殿下の掌からは温度以上の温かいものが僕の顔に伝わっていた。
「あれからもう7年…寂しかったでしょう…」
「僕にはじいちゃんがいましたから…それに今はビーチェという最愛の妻もいますし、パオ少将という親友もいます。何も寂しくないですよ」
「…そう……あなたは強く育ったのね……」
そう言って、皇妹殿下は僕を抱きしめた。
「……今まで見つけてあげられなくてごめんなさい…これからは私があなたを守るわ…」
「……いや…その…大丈夫です…よ?…」
唐突に抱きしめられた僕は、戸惑いを隠せない。
それに目の前に柔らかい感触がして、緊張が加速する。
「こ、皇妹殿下!とりあえずはそこまでで!ほれ!シリュウも!離れるのじゃ!」
嫉妬の炎に焦がれそうなビーチェに剝がされて、皇妹殿下の抱擁から解放された。
抱擁から解放されたが、皇妹殿下は僕の両手をがっちり掴んでいる。
「これからは私のことを母と思って?」
何言ってんだ!この人!
「いやいやいや…実質今日が初対面ですし…!」
「……ならルナがお姉ちゃん……!」
なんか便乗してきたし…
「……シ、シリュウや…色々驚きすぎて、妾も何が何だか……」
「僕もだよ…まさか父さんと母さんが皇妹殿下と知り合いだなんて…」
「……シリュウ准将…いやシリュウちゃんって呼ぶわ。これから私のことはママと呼びなさい」
「呼びませんよ!?」
僕は勢いよく答える。
「…ルナお姉ちゃん…って呼んで…」
くっ!!
ルナ殿下の儚げなお願いは即座に断れない!
「……ル、ルナお姉ちゃん…?」
「うん!うん!お姉ちゃんだよ!」
今日一番のテンションじゃんか…めちゃくちゃ喜んでいる…
「ぶー。ルナばっかりずるいわ。ママがだめなら、せめてリータって呼んでね。リタでもいいわよ」
「典型的な譲歩的要請法じゃな…」
ビーチェが若干引いているが、それくらいならいいか。
「わかりました。じゃあリタさんでいいですか?」
「もちろんよ!あとシリュウちゃんをいじめる奴は私がやっつけてあげるわ!だからママに言ってね?」
そう言って手を空に力強く掲げるリタさん。
そんなリタさんを横目に、ジト目のビーチェが僕に問う。
「………皇妹殿下の後ろ盾を得た気分はどうじゃ?シリュウ准将…」
「………決まってるでしょ?」
「どうしてこうなった……」
ダニエル中尉「さ~て、少し時間を置いたから流石にリアナ少尉のお話(尋問)も終わったかな?失礼しま~す!」
ガチャッ(扉を開ける音)
リアナ「ごめんね、ごめんね。面倒くさい女でごめんね。パオを困らせたいわけじゃないの。やっぱりまだどこか不安で、パオが私以外の女性と話しているだけで、胸がズキって痛むの。パオを疑ってるわけじゃないの。ただ私が弱いだけなの。ごめんね。ごめんね。お願いだから捨てないで。私にはパオしかいないの。パオだけでいいの。他の女性と話してるのは頑張って我慢する。だから1人にしないで」
パオ「にー、大丈夫だろん。ずっと一緒にいるんじゃもんね」
ダニエル中尉「」 スッ(扉を静かに閉める音)




