第10話 初任務は不穏の香りがいっぱい
烈歴98年 5月19日 皇国海軍本部 大将執務室
あの皇国捕鯨祭 前夜祭で、パオっちはリアナさんへのプロポーズを無事に成功させた。
本人達に直接聞いたわけではないが、少し席を外したリアナさんとパオっちが戻って来た時に、リアナさんがもうデレデレの笑顔で花束と指輪とパオっちを器用に抱きしめながら戻ってきた姿を見て、何があったかは一目瞭然だった。
次の日の皇国捕鯨祭 本祭では、僕とパオっちが豪華な馬車に乗せられて、皇都の大通りを巡回するパレードが行われ、皇都中で出店や催し物が開催され、お祭り騒ぎとなっていた。
僕の名前と海軍准将への就任も併せて、皇都中の民に知られることとなり、それからと言うものの、僕は街を歩いていては、街の人に声を掛けられる有名人になっていた。
今皇都は、弱冠16歳にして海軍准将の待遇で入隊したシリュウ・ドラゴスピアとサザンガルドの剣闘姫の名で有名なベアトリーチェ・ブラン・サザンガルドが僕と婚約し海軍に入隊したこと、海軍の英雄パオ・マルディーニがついに婚約に至ったこと等、海軍にまつわる話題でもちきりだった。
皇国捕鯨祭を終えて、2日後のこと、僕とビーチェは海軍本部に出勤していたところ、ゾエ大将とフランシス中将に初任務があるということで呼ばれて、大将執務室に来ていた。
大将執務室には、僕とビーチェの他に、ゾエ大将とフランシス中将、それに少しげんなりしているパオっちとニコニコで笑い艶々としているリアナさん、それにインペリオバレーナの討伐を共にしたジョルジュ・キエリ大佐が揃っていた。
(なんで…パオっちはあんなにげんなりしてて、リアナさんは元気そうなの…?)
(…言うな…シリュウ…大人の事情じゃ……)
僕とビーチェはこそこそ話をそこそこに、面々が待つテーブルに着いた。
僕は初任務の詳細をゾエ大将から伝えられた。
「王国と帝国へ向かう外交使節団の護衛ですか?」
「そうさね。再来月にヘスティア神国で行われる休戦条約に関する国際会議の事前調整に、外交省から使節団を王国と帝国に送るのさね。外交使節団に随行する護衛団を今回は、海軍にお願いしたいと政庁から話があって、パオを護衛団長に、シリュウを護衛副団長にするのさね」
王国と帝国へ!
海軍に入っていつかはそんな仕事がしたいと思ったが、まさか初任務になるとは。
「パオっちはともかく、僕も副団長だなんて、中々挑戦的な布陣じゃないです?」
僕が心配していることを言う。
「……まぁ…色々事情があって…護衛団と言っても…そんなに肩肘張らなくて大丈夫だ…パオとシリュウ君は戦力として考えている。実際の護衛団の運営は、経験豊富なジョルジュに任せればいい…パオは求心力もあるし、細かいことはリアナもいるし、問題ないさ」
フランシス中将が、補足説明をしてくれる。
それもそうか。
経験豊富なジョルジュ大佐に、しっかり者のリアナさん、海軍一の人気者パオっちの面子がいれば、しっかりとした組織だし、問題ないだろう。
僕が足を引っ張らないようにしないといけない。
「そうですぜ。私にお任せを。むしろ護衛団で一番の懸念点は戦力的なものですぜ。その点パオ少将にシリュウ准将がいれば、インペリオバレーナと遭遇しても何とかなりますぜ、はっはっは!」
豪快に笑うジョルジュ大佐
いやあんな魔獣そんなほいほい出くわしてたまるものか。
「わかりました。謹んで拝命します」
「はっはっは!そんな固くならなくていいさね!むしろ心配なのは護衛団じゃなくて使節団のほうさね」
「…使節団?」
僕が首をかしげているとビーチェは心当たりがあるのか、ゾエ大将に聞く。
「…使節団の責任者は、もしや、皇妹殿下ではありませぬか?」
ビーチェがゾエ大将に問う。
「…へぇ…皇都に来て日が浅いのに、政庁の事情にも通じているのさね」
ゾエ大将がビーチェの推測に感心する。
「実家の伝手で少々、それに皇軍からも使節団に参加すると聞いております」
「……その通りだ…皇妹殿下の近衛隊を率いるため、皇軍のアウレリオ准将が随行する予定だ」
皇妹殿下にアウレリオ准将……関わっちゃいけない二大巨頭じゃないか……
「でも使節団と護衛団ってそこまで関わりありますかね?」
僕は一縷の望みにかけてゾエ大将に聞いてみた。
「あん?バリバリあるに決まってるじゃないか!何せ今回は船での移動がほどんどさね。ずっと同じ船で一緒に生活するのさね」
ですよねー
何もトラブルが起こらないことを祈ろう。
「では日程と護衛団の詳細を説明します!」
リアナさんがそう言って、面々に紙の資料を配る。
「出発日は、6日後の5月25日です。この日の午前中に、海軍本部にて壮行式を行った後、10区に停泊している艦隊に乗船し、出航します。艦隊は旗艦のガレオン船1隻とガレー船4隻の小規模艦隊の布陣です。旗艦船に主に使節団と護衛団からはパオ少将、シリュウ准将、ジョルジュ大佐を始めとした幹部の方に乗船していただきます。最初の目的地は王国南部の港湾都市『ルセイユ』です。ルセイユから陸路で、王都『ルクスル』を目指します。ルセイユへの到達は船で4日と計算して、到着予定日が5月29日、ルセイユからルクスルまでは陸路で1日と計算して、王都ルクスル到着予定日は5月30日です。その後6月4日までルクスルへ滞在したのちに、6月5日にルセイユへ戻り、そこから帝国東部の港湾都市『ハンブルグ』を目指します。ルセイユからハンブルグまでは5日で計算し、6月10日にハンブルグへ到着します。そこから陸路で2日かけて6月12日に帝都『シュバルツスタット』に到着予定です。滞在予定は6月16日までで、そこから2日かけて6月18日にハンブルグへ戻り、ハンブルグから寄港を経て、セイトには6月25日に帰還予定です」
おお…1月もかかる大遠征じゃないか。
それに王都に帝都か。
この短期間に両方に行ける機会はそうはない。
僕は本当に幸運だな。
リアナさんの説明に、ふむふむと聞いていたが、ビーチェがどうも訝しがっている。
「どうしたの?ビーチェ」
「ベ、ベアト…何か不備でもあった?」
リアナさんがビーチェに恐る恐る聞く。
ちなみにこの2人は、ビーチェがパオっちのプロポーズをプロデュースをしたことをリアナさんが知って、お互いをフランクに呼び合う大の仲良しになっていた。
「いや、リアナよ、妾はリアナの説明したこの旅程について疑問に思っている訳じゃないのじゃ。なぜ休戦条約の直前にこのような使節団を派遣するのか疑問に思ってのう…」
「そいつはあれさね。皇妹殿下の提案さね」
出た、皇妹殿下
「…皇妹殿下の提案ですか…?」
ビーチェがゾエ大将に聞く。
「もともとは帝国と王国にそれぞれ外交省の実務者レベルの使節を送る予定だったさね。両国に並行して送るし、内容も通常外交している内容の最終確認程度のものだったさね。それを『円卓会議』で帝国の侵攻論が可決されたことを重く見て、皇妹殿下が「皇族自ら他国の内情を見なければなりません」と強く主張して、拡張した使節団になったさね。あたしらも急遽使節団や護衛団を編成して、大慌てだったけども、受け入れる王国と帝国はもっと慌てているだろうさね。国際会議直前に皇族自らやってくるんだからさ」
う~ん、皇妹殿下
振り回す周りのスケールが桁違いだ。
自国どころか、他国まで振り回すとは…
「使節団の近衛隊長にアウレリオ准将を指名したのも、海軍…いや、パオとシリュウを指名したのも皇妹殿下さね」
「え!?指名!?」
「ぎゃっ!そんな面倒なことおろろん…!」
まさかの皇妹殿下からの御指名だったのか。
もうこの遠征、不穏な気しかしない。
「……皇妹殿下は破天荒な方だが…考えなしに無駄なことをする方ではない…君たちを指名したのも何か意図があるはずだ……安直に気を付けてというしかないが……」
「ま、任せるのじゃ。皇妹殿下に絡まれようと妾が守るのじゃ」
「そ、そうよ!パオになんかしたら皇妹殿下だって許さないんだから!」
力強く僕らを守ると宣言するビーチェとリアナさんの補佐官コンビ
「流石の皇妹殿下も海の上では輪を乱すようなことはしないでしょうぜ。航海は俺に任せてください」
ジョルジュ大佐が落ち着いたように言う。
おお!頼りになる大人だ!かっこいい!
初任務は不穏な気配がたくさんするけども頼もしい仲間たちがいるから、何とかやれそうだと僕は思った。
シリュウ「ところでパオっち、なんでそんなに疲れているの?」
パオ「リ、リアナが…寝かせてくれなくて…あと…ずっと一緒にいて…」
シリュウ「今までもずっと一緒だったじゃん?」
パオ「いや…お風呂も…便所も…」
シリュウ「」
リアナ「え?私はパオの婚約者よ?ならパオといつでも一緒にいるのが普通でしょ?それにパオのことならなんでも知る権利はあるわ」
ビーチェ「ヤ、ヤンデレがおるぞい……」
レア「あなたが言いますか…」




