第7話 比翼連理の新婚夫妻
皇王様の挨拶が終わって、僕は元の席に戻った。
今は歓談の時間で、参加者は思い思いに食事やお酒を楽しみ、話を肴に盛り上がっている。
皇王様の挨拶が終わったら、色んな華族に人達から話しかけられると思ったが、今のところ誰からも話しかけられることもなく落ち着いている。
事前にこのパーティーの主役と聞かされていたら、意外に思った。
「意外と皆話しかけてこないね」
「はっは、シリュウよ。皇王様の御前で、いきなり主賓に殺到するなど無粋な真似をする輩はここにはおらんよ。おそらく順番待ちをしておるのじゃ」
ビーチェがグラスに注がれた炭酸水を飲みながら僕に言う。
「順番待ち?」
「暗黙の了解での、主賓と会話できるのは上の華族からじゃ。この場ではメディチ、パッツィ、ベラルディの御三家が揃っとるから、皆その御三家の動向を伺っておるのじゃ」
なるほど
「それにパッツィとベラルディは軍を下に見ておるからのう…いくら主賓と言えどもそっちから挨拶してこいと言わんばかりに動きはなさそうじゃ。奴らプライドだけは皇国一じゃからの」
ビーチェがそう言いつつ、パッツィとベラルディの当主がいるであろう席を眺めていた。
「それって僕が挨拶に行かなかったら、関わることってなくない?」
「その通りじゃの?でも旦那様がご挨拶に伺いたいのであれば、妾も付いて行くぞ?」
ビーチェがにっこりと笑い、僕に問いかける。
僕はビーチェににっこりと笑い返して答える。
「パスで」
「じゃろうな」
さすが僕の奥さん 僕のことよくわかっている。
「あわあわあわ…ベラルディ家とパッツィ家をそんな無下に……シリュウ准将は怖いもの知らずですね……私達のような泡沫華族からしたら考えられません……」
いじめから保護して僕らの席に座っているトスカはブルブル震えながら僕らの会話に怯えている。
「そういえば、トスカは男爵令嬢だっけ?ルイーゼ男爵は何をしている人なの?」
「はい。父は政庁の商業省で、流通に関わる仕事をしています。この度はインペリオバレーナの肉を皇都民に行き渡らせるよう尽力した功績を認められて招待されました」
おお!
僕達が狩ったインペリオバレーナの肉を皇都中に配ってくれた人なのか!
そういえば討伐した後インペリオバレーナの肉を皆で食べれたらいいねって話をしたっけ。
それを実現してくれたのがトスカのお父さんなのか。
「そうなんだ!いやぁありがとうね!僕が思い付きのようにインペリオバレーナを皇都の皆で食べれたらいいねと言ったから」
「……いえ!父も大きな事業を任されて大変嬉しそうでした」
「トスカのお父さんもここに来てるんだよね?会って話がしたいな」
「……ぎょっ!?討伐者のシ、シリュウ准将自ら…!?それは大変嬉しゅうございますが…その…よろしいので…?」
華族か何かの習わしで制限があるのかな?
そう思ってビーチェに聞いてみた。
「僕からルイーゼ男爵に挨拶に伺うって可能?」
「うむ、問題ないぞ。それにシリュウは華族というより軍の高官としてここにおるからの。華族の鬱陶しい習わしに縛られる道理なぞないじゃろうて。パッツィもベラルディも挨拶に来る様子もないし、メディチは順番なぞ拘らぬだろうし、それ以下の華族は妾の実家であるサザンガルドより格下じゃからどうとでもなる。好きにするが良い」
ビーチェが言うなら問題なさそうかな。
「はっはっは!嬢ちゃんの言う通りさね。そもそも連中がこんな美味しい食事と酒を飲めてるのはシリュウのおかげなんだから好きに振る舞いなよ」
「………華族との繋がりは重要だが、時には重しになる……協力はしても依存はしてはいけない……」
ゾエ大将とフランシス中将からお墨付きも得たので、動くとするか。
パオっちは食事に夢中だし、リアナさんはパオっちのお世話に専念している。
いやパオっち、口は自分で拭こうよ。
「わかりました。じゃあまずトスカのお父さんに会いに行こうかな。トスカ、案内してくれる?」
「か、かしこましました!」
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僕とビーチェは席を立って、トスカと共にルイーゼ男爵がいると思われる場所へ移動した。
移動する際は、周りの華族から視線を集めて非常に居心地が悪かったが、僕以上に居心地が悪そうなトスカの顔をみて冷静になれた。
青い顔をしながら、小鹿のように足を震わせ何とか歩いている。
「…大丈夫かや?トスカ…」
「だ、大丈夫です。ベアトリーチェ様…周りの視線がいたたまれないだけで…」
「…まぁこの場では格で言うと最底辺に近い男爵の令嬢が主賓夫妻を案内しているのじゃから、その気持ちはわからんでもないが、シリュウと関わったからにはこのくらいで驚いていては心臓がいくつあっても足らぬぞ?」
「僕がまるでいつも人を驚かせる奴みたいじゃない?」
「違うのかや?キングボアを討伐したかと思えば、馬に乗れず、庶民と聞いておれば、ドラゴスピアの出身と言う…妾はシリュウのことで驚かなかったことの方が少ないと思えるのう…」
「……誠に申し訳ございません…」
三十六計逃げるに如かず
ここは素直に謝罪の一手だ。
しばらく歩くと、トスカがルイーゼ男爵を見つけたようだ。
どうやら歓談中らしい。
「あ、お父さん!」
見つかった安堵からか歓談中にも関わらず笑顔で駆けよるトスカ
「おお!トスカ!しばらく姿が見えなかったから心配したぞ」
トスカを心配するルイーゼ男爵
それの傍にいる女性は奥さんかな?
ほっと安堵の息をついている。
見たところ中肉中背の普通の中年の男性に見える。
そして柔らかい雰囲気を醸し出していた。
「……ちょっと絡まれちゃって…」
トスカのその一言ですべてを察したルイーゼ男爵
「…すまない…私の立場が低いばかりに…」
「大丈夫だよ!それとお父さんに挨拶したいって言う人がいて案内してきたの!」
「私に?」
そう言ってルイーゼ男爵は僕らの方を向く。
しかし名前が浮かばないようだ。
あれ?さっき皇王様から会場中に紹介されたから僕が誰だかわかると思った。
(…おそらくここは皇王様から最も遠いエリアじゃ……遠すぎてシリュウの顔は見えんかったんじゃろう…)
ビーチェが耳打ちしてくれた。
それもそうか。
自己紹介しておこう。
「お初にお目にかかります。ルイーゼ男爵、僕はシリュウ・ドラゴスピアと申します。この度海軍准将の地位を皇王様から賜りました者です。僕達が討伐したインペリオバレーナの肉を皇都中に手配してくれたとトスカから伺いました。そのお礼を伝えたくて」
「…シ、シリュウ・ドラゴスピア准将!!??」
ルイーゼ男爵が大きな声で驚く。
そして周りの人達が一斉に僕らの方へ向く。
「シ、シリュウ・ドラゴスピア准将とは今回の主賓じゃないか…」
「なぜこのような下級華族のエリアに…?」
「それにルイーゼ男爵にお礼って…ルイーゼ男爵は何を成したのだ?」
「し、失礼しました!私はカッリスト・ルイーゼと申します!こちらは妻のカルロッタ・ルイーゼです」
「シ、シリュウ・ドラゴスピア准将にご挨拶申し上げます…!妻のカルロッタです!」
「そんなに固くならないでください。見ての通りまだ未熟者ですので、こちらは僕の妻のベアトリーチェ・ドラゴスピアです」
「ルイーゼ男爵にご挨拶申し上げます。ベアトリーチェ・ブラン・サザンガルド改め、ベアトリーチェ・ドラゴスピアと申します。以後お見知りおきを」
ビーチェはそう言って上品なカーテシーをした。
「これはこれは…かのサザンガルドの剣闘姫にお会いできるとは光栄でございます」
「いえ…それに剣闘姫など、我が夫シリュウの前でその名を語られると恥ずかしゅうございます」
「し、失礼しました!女性に対して不躾でしたな…」
「いえ、そういうことではなく妾の剣技など我が夫の前では児戯にも等しいものでして…」
「そんなことないと思うけど、ビーチェの剣技は見事だよ」
「いやはや…そんな御高名なお二方から挨拶を戴くとは恐縮でございます」
「いえいえ、インペリオバレーナの肉を皇都の皆で食べれたらと僕が思い付きのように言ったことを実現していただき、ルイーゼ男爵には本当に感謝しているのですよ」
「勿体なきお言葉でございます。これの職務ゆえ、それに討伐した魔獣の素材を惜しみなく民に配る姿勢に感銘しておりました。特にまず肉は孤児院と学園から優先的に配給するような指示には感服つかまつりました」
そうなの?僕そこまで指示したっけ?
そう思ってビーチェの方を見ると、ウィンクしていた。
なるほどビーチェの差配ね。
素晴らしいね。
まず子供たちにたくさん食べて欲しいからね。
なんかそんなことも言った気がするが、覚えてないや。
「いえ、それは妻のベアトリーチェの指示ですよ。子どもたちに多く食べて欲しいという僕の願いを汲み取ってくれたのでしょう」
「おお…まさに比翼連理ですな」
「いやぁそうなんですよ。僕と妻は仲が良くって」
「恥ずかしいぞ…旦那様」
「はっは!仲睦まじくて何より!それにトスカがお世話になってようで?」
「そうなの!お父さん!ロンネル伯爵家の嫡男たちに絡まれていたところシリュウ准将が助けてくれたの!そこから海軍のVIP席でお世話になっていて…」
「ブッ!!」
トスカの発言にルイーゼ男爵は吹き出してしまう。
「ロンネル伯爵家からトスカを助けていただいたのですか…ありがとうございます。それに海軍の席でお世話まで…」
「凄かったよ!ゾエ・ブロッタ大将にフランシス・トティ中将、あのパオ・マルディーニ少将にも会っちゃった!それにパオ・マルディーニ少将は綺麗な女性を連れていたわ!リアナさんっていって私にも凄く優しくしてくれたの!」
「……か、海軍の英雄が…勢ぞろいではないか…凄い席にいたのだな…」
「いやぁ~僕もこういう場は初めてで、年の近いトスカが席にいて楽しかったですよ。またいつでもあの席に来てね」
「…よ、よろしいのですか!?」
「うむ、トスカはもう妾達の友人ゆえ、気兼ねなく来るが良い。妾達は皇都に来たばかりで皇都に友人も少なくてのう、仲良くしてもらえたら嬉しいのじゃ」
「……今話題の、ドラゴスピア夫妻と…ゆ、友人……トスカ…!無礼のないように…!」
「も、もちろんよ…!」
「固くならなくていいってば、あとロンネル伯爵家だっけ?文句言ってこようか?」
「そ、それは…!…そこまでしていただくには!」
僕がそう言うと、ビーチェは腹を押さえて笑いを堪えていた。
「くっくっく…面と向かって伯爵家に文句を言おうなど、破天荒じゃのう」
「この場の主役は僕なんでしょ?好きに振る舞うよ」
「まぁそれもいいが、あまりやりすぎてもルイーゼ男爵家に迷惑をかけるじゃろう。たしかロンネル伯爵家はルイーゼ男爵が所属する商業省の高官じゃったはずじゃよ。それに基本的に華族は上の華族からの忠言しか耳を傾けんからのう。いくら主役とは言え、軍所属のシリュウが何か言えば角が立つじゃろうて」
「そうか…う~ん、トスカが男爵令嬢だからってあんないじめを受けるなんて全く持って許せないけどね。この場は僕らが助けられたけど今後も助けられるとは限らないし…」
僕がう~んと困っていると、大柄な恰幅のいい男性が僕達に話しかけてきた。
「う~ん!弱きを助け、強きを挫く!これぞ英雄の器なのねん!素晴らしい!ロンネル家には私が言っておくねん!」
大きなお腹にパツパツの礼服
髪は金髪で巻いている音楽家のような風貌をしている50歳くらいの男性だ。
後ろには礼服を着こんだ壮年の男性が何人も付き従っている。
誰だ?この人
僕がこの人が誰か聞こうと、ビーチェの方を向くと、ビーチェが口を開けて驚いている。
ルイーゼ男爵とトスカに至っては、顔が真っ青だ。
周りの華族も一様に驚きすぎて、僕らの周りの時間が停止しているようだ。
「え~っと、失礼ですが、名前をお伺いしても?」
僕がそう聞くと、周りの人の何人かがブッと噴き出した。
この男性の後ろに付き従っている人達は、僕を目で殺さんばかりに睨んでくる。
「良い良い!初対面なのじゃから、私のこと知るわけないのねん!」
おお、寛容な人だ。
仲良くなれるかもしれない。
「私は、ジョヴァンニ・フォン・メディチなのねん!メディチ家の当主なのねん!」
トスカ「シ、シリュウ准将の次は、メディチ家の御当主様…あわあわあわ…どうしてこんなことに…」
ビーチェ「トスカはシリュウに次ぐトラブル体質じゃのう……」




