第6話 皇国捕鯨祭 前夜祭 開幕
烈歴98年5月16日 皇宮 大会場 控室
パオっちとリアナさんの一悶着から約1週間後、僕は着慣れない礼服を着て、皇国捕鯨祭の前夜祭に出席するため、皇宮に来ていた。
僕と共に控室にて、前夜祭の開幕を待っているのは、赤いドレスを着飾ったビーチェと、青いドレスを着たアドリアーナさん、そして僕と同じく礼服を着ているシルベリオさん、シルビオさんだ。
じいちゃんはこの場には参加せず、街の喧噪に繰り出して、飲み明かすらしい。
どうやらコウロン・ドラゴスピアが皇王様も参加する社交の場に顔を出すことは、各方面にいらぬ緊張をもたらして面倒なことになるそうで、じいちゃんも社交の場は苦手らしく、体裁よく断ったらしい。
そんな自由奔放なじいちゃんを羨ましく思いながらも、僕は前夜祭の開幕を待っていた。
「ビーチェ、綺麗だね。いつも綺麗だけども、今日はとびきり綺麗だ。ほんとこんな綺麗な人が僕の奥さんだなんてほんと幸せだよ」
「…シリュウや…//そんなに綺麗綺麗と連呼されては顔から火が噴き出るのじゃ…ほどほどに頼むのじゃ…」
「あらまぁ~熱々ねぇ~。このパーティーには華族も参加しているから、シリュウさんが他の令嬢に目を奪われないか心配だったけど杞憂のようねぇ」
アドリアーナさん、が微笑みながら言う。
当たり前じゃないか。
ビーチェ以外の令嬢なんて興味ないね。
「もちろんですよ、ビーチェ以外目に入りません」
「いや…勘弁してくりゃれ…//」
「相変わらず仲のよいことだ。シリュウ殿、今回の前夜祭はインペリオバレーナを討伐し、新たに海軍准将となった貴殿が中心になろう。様々な華族が話掛けてくると思うが、迂闊に返事はしてはならんぞ。狡猾な華族は口約束でもしようものなら、これ幸いと絡んでくるからな」
シルベリオさんが僕に忠告をしてくれる。
「ありがとうございます。パーティの最中はビーチェと共にいて、基本愛想笑いを浮かべていますよ」
「ふっそれでいい。俺とシルビオは方々への挨拶で会場中を駆け巡ることになり、あまり傍にいられないが、困ったら私達を探して、頼るといい」
「私も実家方面を中心に、挨拶周りするけども、困ったら声を掛けて頂戴ね?うざいご婦人が現れたら私が一蹴してあげるから」
おおう……アドリアーナさん…頼もしい…
「でも僕も挨拶周りした方がいいのでは?」
僕がそう言うとシルビオさんがやんわりと否定する。
「いやシリュウ殿は主役だ。様々な人がこぞって話掛けたがるだろうから、同じ場所に留まっておいた方がいい。おそらく会場に入った時点で、従者から案内があるだろう」
ほえ~そういうものなのか
まぁ僕は華族文化の素人だし、素直に皆さんの助言を受け入れよう。
「わかりました。困ったら頼らせていただきますね」
僕がそう言うと、皆頷いてくれた。
そうしてパーティのことを話し合っていると、控室の扉がノックされ、従者の方が入って来た。
「サザンガルド侯爵家御一行様、お待たせいたしました。会場へご案内します」
さぁパーティの始まりだ。
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従者の方に案内された会場はもう豪華絢爛という言葉がふさわしい空間だった。
立食式なのだろう。
豪華な食事が乗っているテーブルが無数にあり、煌びやかな恰好をしている人達が大勢いて、脇に待機している従者の方は、等間隔に綺麗に整列していて、物語の中に出てくる舞踏会のようだ。
会場に入って早々に、シルベリオさんとシルビオさん、アドリアーナさんと別れて、僕らは会場の奥の方に案内されていた。
案内された先には、丸テーブルをローソファで囲んでいる場所がいくつかあって、その中の一つに案内された。
そこにはゾエ大将とフランシス中将、パオっちにリアナさんがいた。
ここは海軍高官席かな?
ゾエ大将は、ドレスではなく男装の礼服姿だ。
しかしゾエ大将はスタイルもいいため、バッチリと決まっている。
フランシス中将は、ゾエ大将と似たような礼服を着ている。
夫婦で揃えたのかな?
パオっちはあの日僕らと購入した礼服を着ていて、リアナさんは橙色のドレスを着ていた。
良かった。
パオっちはちゃんと渡せたんだね。
「おーっす!シリュウ!ベアト!こっちさね!」
「……シリュウ君…ベアトリーチェ…こんばんは…」
「シリュウっち~ベアちゃん!決まってるねぃ」
「シリュウ准将!ベアトリーチェ少尉!お疲れ様です!」
「皆さんこんばんは。こんな社交の場は初めてですが、皆さんと一緒なら緊張しませんね。でも立食式と聞いていたので、このような席があるのは驚きました」
「今回はうちが主役だからさね。いつもはこんな席なんて設けられないけどね!はっはっは!」
「……こんなVIP席は大体は大臣か…公爵クラスの華族くらいさ…あっちのほうはベラルディの当主、そっちはパッツィの当主…そしてあの辺は政庁の大臣達が座っているだろうね…」
「ほえ~…物凄い偉い人ばかりで緊張するなぁ…でも公爵の中でも一番凄いメディチ家の席はないのです?」
「メディチ家の席はないんじゃなくて、メディチ家自体が作らせないのさね。メディチ家はこういう立食の場は他の華族と同じようにして、挨拶周りをするのさね」
「メディチ家はのう公爵家の割にフットワークが軽いのじゃよ。普通は格下の華族から格上の華族に挨拶に伺うもんじゃが、メディチ家は関係なく自ら挨拶周りするのじゃよ」
「へぇ~なんだか華族らしくない華族だなぁ」
「……そういうところが皇国民から人気がある理由だろうね…メディチ家は…」
聞けば聞くほど凄い華族だな。
機会があればメディチ家の人と話してみたいね。
この海軍のテーブルには各々のウェルカムドリンクとオードブルが並んでいて、パーティの開幕前だけども少し食事ができるようになっていた。
パオっちはそれをがっつくようにして食べており、ゾエ大将はワインを次々に飲み干して、従者の方に注がせていた。
もう少しでパーティが正式に始まるというところで、僕は少し催してしまったので、1人で便所に行くことにした。
ビーチェが付いてこようとしたが、流石に便所くらいは1人でいけると、固辞して、従者の方に場所を聞きながら1人で便所に来た。
用を足してすっきりし、廊下に出たところで、数人の礼服を着た男性達が、1人のドレスを着た少女を取り囲んでいるところにでくわした。
「おいおい、男爵令嬢風情が皇王様も出られるパーティに参加するなんて恥知らずもいいところだなぁ?」
「ほんとにほんとに!」
「まだ始まってないから今帰るならまだ間に合うぜぇ?」
おいおい、いじめの現場じゃないか。
おそらくは華族の子息と令嬢なのだろうが、見るに堪えないな。
「で、でも…お父様は確かに皇宮から招待されました…!それに応えない方が無礼かと…」
令嬢が少し怯えながらも反論した。
しかしそれがまた子息達の癇に障ったようだ。
「はぁ!?そんなの社交辞令に決まってるだろ!」
「招待されても身分不相応だと自らで判断して、体裁よく辞退するんだよ!」
「男爵令嬢風情が僕達に歯向かうのか!」
なんだこのゴミどもは
寄ってたかって女性を非難するなんて
令嬢はしゃがみ込んで、耳を塞ぐようにして防御態勢に入っていた。
僕はあまりに令嬢がいたたまれなくなって、思わず割って入った。
「お前ら、やめろよ。恥ずかしくないのか。女性に寄ってたかって」
邪魔が入るとは思わなかったのか、子息達は少したじろいだ。
「な、なんだよ!テメー!」
「関係ないやつは引っ込んでろよ!」
「そうだ!」
「関係がないと助けられないのか?そんな馬鹿な話あるか」
「生意気だな…テメェ…見ない顔だがどこの家のもんだ!」
「家?家で喧嘩するのか?人に名を聞くならまず自分から名乗れとママに教わらなかったか?」
「き、貴様ぁ!?」
子息の1人が逆上して僕に掴みかかろうとしたが、あまりに遅すぎた。
少し躱したところで、掴みかかろうとした子息の1人は転んでしまった。
「なんだよ、それは。運動不足だよ。毎日自分の足でちゃんと歩こうな?」
僕が更に煽るように言うと、子息の1人が歯軋りしながら僕に言う。
「テメェ……さっきから調子に乗りやがって…顔は覚えたぞ!」
どうやらこいつがリーダー格っぽいな。
後の2人は腰巾着か。
「そうか、僕はお前の顔を覚えないから、お前の方で覚えておいてくれて助かる」
「なめ腐りやがって…僕をロンネス伯爵家嫡男、アダルモ・フォン・ロンネスと知っての狼藉か!」
知るか。
こっちはやっと6大華族を覚えたばっかの華族素人なんだよ。
「知らないよ、そんな家。6大華族くらいじゃないと覚えられない」
「テメェ……!…おい!こいつを取り押さえろ!伯爵家への侮辱行為で処罰する!」
え~ そんな権限お前にあんのかよ
アダルモなる男は、近くに控えていた兵士達に指示を出すが、兵士達は戸惑っている。
兵士達は皇宮の警備のために配置されているだけであって、華族のボンボンのいじめに付き合わされるためにいるわけではない。
というか兵士達も近くにいたなら止めてこの令嬢を助けてあげようよ。
僕はあまりに馬鹿馬鹿しくなったため、しゃがみ込んでいる令嬢の手を取って、一緒に来るように促した。
「ここにいても仕方ないからこっちにおいで」
「…え!?…でも…」
「大丈夫大丈夫、あいつらに絡まれない席に連れてってあげるから」
「……席…?立食式なので席なんてないはず…」
「いいからいいから、さぁ行こう」
「待て!テメェ…!」
僕はアダルモの制止を無視して、令嬢の手を取って海軍の席に戻った。
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「して、旦那様よ?用を足すと聞いておったのじゃが…まさか令嬢を引っかけて帰ってくるとは、流石の妾も泣いてしまうぞ?」
ビーチェがジト目で僕を睨む。
状況的にはそうだけども、これは不可抗力だ。
「いやいやそういうことじゃないって。僕がビーチェ一筋なのは知ってるでしょ?」
「それは…そうじゃが…面白くはあるまい…」
「いやなんか廊下でいじめられていたから保護のため連れて来たんだって、ねぇ?」
「…あわあわあわ…VIP席……そ、それにゾエ・ブロッタ将軍に、パオ・マルディーニ将軍…?…海軍の英雄達が一同に……ああ…」
連れてきた令嬢は席に座っている面子を見て固まってしまった。
「はっはっは!いじめられている令嬢を保護するなんてシリュウは漢だねぇ!どうせどっかの陰気な華族のボンボンだろう?皇都の華族は陰湿な奴ばかりだからねぇ!」
ゾエ大将…あっけらかんすぎる…周りはその皇都の華族だらけですよ…
「……ゾエさん…声が大きいよ……周りの華族に聞こえるよ?」
フランシス中将も嗜める。
「あん?聞こえるように大きな声で言っているに決まってるじゃないか!はっはっは!」
確信犯かい…
「大丈夫?ひどい目にあったね?あったかい飲み物もあるから遠慮せずに飲んでね」
リアナさんが令嬢を甲斐甲斐しくお世話している。
う~む、さすがリアナさん
パオっちの面倒を10年も見続けているだけのことはある。
「あ、ありがとうございます…でもこんな場所に私場違いな気がして…」
「気にするでない、シリュウが連れてきた客人ゆえ、妾達も歓迎じゃ」
「あ、ありがとうございます…ってあなたはサザンガルドの剣闘姫では!?」
お?ビーチェのことを知っているのか?
やっぱり有名人なんだね、ビーチェ
「いやぁ…その渾名は恥ずかしいからやめてくりゃれ?今はサザンガルドではなく、お主を連れてきたシリュウの妻じゃよ」
「そ、そうなのですね…この度はご結婚おめでとうございます…申し遅れました。私ルイーゼ男爵家長女のトスカ・ルイーゼと申します…この度は助けていただきありがとうございます」
「僕はシリュウ・ドラゴスピア、一応海軍の准将になるのかな?まぁ年も近そうだし楽に話してよ」
「か、海軍准将…!?私とそう変わらないように見えますが…」
「……それはもうすぐわかるよ……ほら…皇王様のご挨拶だ」
フランシス中将がそう言うと、会場の奥から1人の男性が出てきて、銅鑼の音を鳴らした。
その音は会場中に響き渡り、今まで会話に勤しんでいたパーティの参加者達は全員バルコニーに注目した。
ローソファの席の面々も一様に起立し、バルコニーに注目している。
「皇王様のおなーりー!!」
男性が声が会場全体に響き渡る。
そして会場奥の扉が開き、皇王様が現れた。
皇王様は拡声器(風の魔道具)の前に立った。
「ほっほ、皆の者苦しゅうないぞ。今宵は集まってくれて感謝申し上げる。この度皇都を急襲したインペリオバレーナの討伐を祝して急遽皇国捕鯨祭を開催させてもらった。開催に尽力した者すべてに拍手を」
皇王様がそう言うと、会場中が拍手に包まれた。
「そして皆の者に紹介したいものがおる。シリュウや、前に」
皇王様に呼ばれて僕が皇王様の隣まで移動する。
僕が呼ばれることは事前に通達があって聞いている。
でもトスカは僕が皇王様に呼ばれて、顔をあんぐりと開けて驚いている。
皇王様の隣に立ち、僕は会場の方を向き直立した。
「この者は、シリュウ・ドラゴスピア、かの皇国の英雄コウロン・ドラゴスピアの孫にして現在のドラゴスピア家当主である」
皇王様の発言に会場がざわついた。
「コウロン・ドラゴスピアの孫!?」
「それにドラゴスピア家の現当主だと?」
「あのような少年が…それになぜわざわざ皇王様が紹介を…?」
「静粛に!!」
会場がざわついたため、従者の男性が会場を静かにさせるように、大きな声で注意した。
また会場が静かになったため、皇王様が発言を続ける。
「ほっほ、皆が驚くのは無理もないぞ。そしてこの場で紹介しているのは、この者が他でもないインペリオバレーナを討伐せしめた者であるからじゃ」
皇王様の一言で、会場中が歓声に変わる。
「おおおおお」
「なんと!??」
「我が国は優秀な者には相応の地位を授けることになっている。このインペリオバレーナの討伐の功を持って、シリュウ・ドラゴスピアを皇国海軍准将の地位にて遇することとする」
「えええ!?」
「あのような少年が准将…!?」
「将軍の地位において当代では間違いなく最年少…とんでもないな」
皇王様の紹介で、会場中の喧噪は収まりがつかないほど、騒めいている。
「今後のシリュウ准将の活躍に期待する言葉で締めさせてもらおう。それでは皆の者、皇国捕鯨祭 前夜祭を楽しむんじゃ」
「「「おおおおおおお!!」」」
「「「皇王様万歳!皇国万歳!」」」
皇王様の挨拶が終わった。
でも僕はここからが大変らしい…
とりあえずは何か食べたいな…
トスカ「かかかか、海軍准将……!?」
ビーチェ「トスカに絡んだ華族のボンボンは今頃顔面蒼白じゃろうなぁ…」




