【閑話】リアナ・フォッサの独白~パオとリアナの青春日記
私の父と母は海軍で働いていた。
父は船大工で、海軍の造船や修理を請け負っていて、母は海軍基地の食堂で兵士の人達の食事を作っていた。
そんな父と母に育てられた私が海軍を志すのは自然なことだった。
小さい頃から出入りしていた基地で見かけた兵士の人達は、とても逞しく物語の英雄のように格好良かった。
特に女性なのに格好いい軍服を着こなして、自分よりも丈のある大男達を従えるとある女性将校は私の憧れだった。
後になってそれが海軍大将にまで上り詰めることとなるゾエ・ブロッタ将軍だとわかった。
ゾエ・ブロッタ将軍のような格好いい海の女になりたい!
その思いで父と母を説得し、12歳の時に海軍学校の門を叩いた。
父も母も海軍兵士の仕事の過酷さを良く知っていたからあまり入学の際にはあまりいい顔をしなかったが、海軍学校で私がいい成績を取っていると知ると、将来有望な士官になると期待し、私の夢を応援してくれるようになった。
魔術も武術も何の才能もない私だけども、真面目さだけが取り柄だ。
教官から与えられた課題は誰よりも実直にこなし、座学は誰にも負けないくらい勉強した。
教官の教練の手伝いは積極的に行ったし、困っている級友がいれば手を差し伸べた。
自然と私は教官や級友から頼られるようになり、私は常に学級委員長の役に任じられていた。
努力の甲斐もあり、3学年が終わるころには私の成績は座学と実技を総合して、学年主席になっていた。
実技は私より優秀な級友は何人もいたが、座学でぶっちぎりでトップだったおかげで総合首位になれていたのだ。
そして高度な教練も増える4学年目
4学年から6学年は高学年に分類され、1学年から3学年とはレベルの違う教練や授業が始まる。
場合によっては海軍の軍事演習にも参加することもあるそうだ。
より一層身を引き締めて、登校した4学年目の始業式
そこで初めて会った。
黄色と緑と青色の三色が混ざり合った癖っ気の強い髪をした小さな男の子
稀代の天才魔術師 「パオ」に
パオは、4学年目から編入してきた。
4学年目からの編入は珍しいこともない。
ちょうど高学年になるタイミングで、華族の子息令嬢が編入することはよくある。
ただパオは華族じゃなくただの平民であった。
ただの平民が高学年から編入することは極めて珍しいらしく、私の在学中には聞いたことがなかった。
そして編入初日パオが教室に入る際には、何人もの軍の高官が付き添っていたのを覚えている。
その中の1人はレア・ピンロ海軍少佐だとわかった。
レア・ピンロ少佐は、若くして女性ながら海軍少佐に昇進した新進気鋭の女性将校
氷の魔術を操り、そして持ち前の智謀で数々の作戦を成功に導いていて、海軍学校に通う女子達の憧れの的だった。
なぜレア・ピンロ少佐がパオに付き添っていたのかは、後にパオから姉だと聞かされて納得した。
パオの席は私の隣だった。
これは偶然ではなく教官がそう配置した。
私は私の学級の担当教官から「パオ君に海軍学校のことをしっかり教えてあげなさい」と依頼を受けたのだ。
私は今までも学級委員長の仕事として、級友の手助けはしてきたから、今回もいつも通りにすればいいと思っていた。
でもこのパオという男……
座学の授業中は寝ているし、班別行動は班員と足並みを揃えず好き勝手動き回る。
教官から出された課題はしてこないし、朝は平気で遅刻もする。
こいつ!
海軍学校の秩序を乱す不届き者!
学年主席の私からすればパオの行動はすべてが理解不能だった。
わざわざ学校に来ているのに学びもせず、何をしているのか。
そして一番の問題はそのパオの言動を教官が注意しないことだ。
私はすぐに教官に抗議した。
パオの言動を注意しないと他の生徒たちに示しがつかないと。
でも教官の答えは期待外れのものだった。
「パオくんは特別だ。注意しないように。彼には海軍に入ってもらえるよう気持ちよく学校生活を過ごしてほしいんだ」
何だそれは
私は海軍に入るためにこれだけ多くの努力をしているのに、あの男は遊んでいるだけで入ることができるのか
私は納得がいかず、私自身の判断でパオの素行の悪さを矯正するようにした。
「パオ君、これからは私があなたをしっかりとした海軍学校の生徒にしますので、私の言うことをしっかり聞いてくださいね?」
「…にょっ!……」
「返事は?」
「は、はい…!」
そして私の長きにわたるパオの世話が始まったのだ。
意外にもパオは私の注意や忠告を素直に受け取っていた。
授業で寝るなと言われれば、頑張って起きていたし、課題は事前にやるように言いつければ翌日には出来はともかく、完遂はしていた。
班別行動の際には、私が同じ班に成れば、しっかりと監視し、好き勝手な行動は取らさないようにした。
毎日私がパオが住んでいる寮に出迎えに行ったら、遅刻はしないようになった。
何人もの教官が私のパオへの指導をやめるように勧告したが、私はガンとして聞かなかった。
私は正しいことをしている。
パオを立派な海軍人にして、憧れた海軍の品位を落としてなるものかと必死だった。
次第にパオと一緒にいることが多くなり、級友たちもパオの不思議な言動を煙たがるようになり、次第に私達は学校で孤立するようになった。
パオはそんな私を心配してくれた。
「…にー…リアナ、オイラに構ってばっかじゃ皆からハブられるろんよ?」
「ご心配なく。私は好きでこうしているので、それに私がいなければあなたも1人になるでしょう?」
「オイラ、1人は慣れてるからね」
「えっ…?」
「オイラこんな成りだろ?それにこの力で、ずっとずっと友達なんかいなかったさ。オイラと遊んでくれるのはレア姉ちゃんとレベッカ姉ちゃん、あとファビオ兄くらいだったさ。でもレア姉ちゃんもレベッカ姉ちゃん、ファビオ兄も軍学校に行ったり、就職して、オイラと遊ぶ暇なんてなくなったさ。だからオイラは1人が慣れてるのっさ…!」
そう言うパオの顔は少し寂しそうだった。
「でも1人が好きな訳じゃないでしょ?」
「……!」
「その力がどうとかはよくわかんないけど、あんたはただの出来の悪い級友よ。1人立ちできるようになるまでずっと傍にいるから、しっかりやんなさいよ」
「……おうおうおう!オイラ頑張っちゃうもんね!」
それからもパオは私の指導…いや小言もしっかりと聞いて生活態度は改善していった。
パオの生活態度の改善を見て、初めは私に注意した教官も私のことを褒めてくれた。
私からすればまた出来の悪い級友を救ったと思った。
でも違った。
私は間違っていたのだと、痛感する。
それは4学年最終実技試験の時だ。
今までの実技は全て武術だったが、5学年目からは武術師と魔術師に分かれることになる。
その各個人の適性を判定するのがこの4学年目の最終実技の時だ。
私は魔術の才がないと知っていたので、武術師の実技試験を選択し受けた。
そしてパオは魔術師の実技試験を選択し、受けた。
忘れもしないあの日の光景は
軍の演習場にて、試験用に設置されていた魔力測定器が、パオの手によって粉々に砕け散った。
そして演習場に吹き荒れる風、水流、雷…
それがパオが起こしたものだと、私は本能的にわかった。
だって演習場で教官や生徒たちが慌てふためく中で、その中心で玩具を買ってもらった子供のように笑うパオがいたから
パオはわずか16歳にして、この学校で…いやこの街で…いやこの国で最も偉大な魔術の力を宿していたのだ。
そうとは知らず私は出来の悪い級友を更生させたなどとあまりにも幼い自尊心を抱いてしまっていた。
教官が正しかったのだ。
この力は海軍に、皇国に必ず必要だ。
パオがそっぽ向いて、軍に入らないなんてとんでもない。
私は自分のしてきたことが間違いだとこの日痛感した。
この最終実技の日から、パオの生徒たちからの評価は一変した。
今までは教官に特別扱いされていた変な奴から、出世間違いなしのエリート生徒へと様変わりした。
今まで登校の際は、パオの寮に私が行っていたが、私が着く頃にはパオを待っている生徒達で溢れるようになり、昼食はパオと2人で食堂で取っていたけど、私がパオを誘う前に、何人かの生徒が半ば強引に連れてってしまう。
そして何人かの女子生徒はパオに交際を申し込んだらしい。
中には華族令嬢もいて、私なんかよりもよっぽど容姿に優れている人だった。
きっとパオも気に入るのだろう。
今まではパオのお世話に大半の時間を費やしたが、パオが人気者になったおかげで、私は自分の時間ができるようになった。
新作の書物を読みふけったり、学校帰りにカフェに寄ったり、座学の復習をしたり、充実した時間を過ごすようになった。
でもパオは隣にいなくなった。
寂しく充実した時間を私は孤独に過ごしたのだ。
そんな日が1週間ばかり続いたある日の教室で、相変わらずパオが周りの皆から囲まれて話の中心にいた。
でもパオはなんだか疲れていそうだ。
声を掛けようか…
でもお節介だろうな…
私はパオに声を掛ける勇気もなく、孤独になり居心地が悪くなった教室を出ようとした。
そこに
「……リアナ!……待ってぬん!」
パオに手を掴まれた。
「……パオ…!どうしたの?」
「どうしたもなにもないにー。朝は迎えに来てくれないし、課題も見てくれない。昼食も最近はずっと一緒じゃないっしょ。オイラ何か怒らせたかい…?」
「いやそういうことじゃないけど…パオは皆に囲まれてて…私なんか…」
「リアナがいないと調子が狂うろんよ。オイラが1人立ちするまで傍にいてくれるんじゃろうもん?さあっ飯食いに行くにー!」
パオはそう言って私の手を引いて強引に食堂まで連れていかれた。
そして向かった食堂でパオの愚痴を聞いたのだ。
「…あいつらオイラのことずっと馬鹿にしてたんに、この力を見るとすぐ手のひら返すじゃもんね…思ってもないおべっかばっかで疲れるおろろん…」
驚いた。
パオはのほほんとしているが人の機微には聡いのか。
「……オイラはこの魔術の力で色々嫌な思いもしたんに。でもリアナはこの力を知らずに普通に接してくれたんね。オイラはそれが嬉しいのさ」
「私はそんな大層なことは…それにあなたの魔術に驚いたのは私もだし…」
「じゃあお願いよ、今までと変わらないでいて欲しいんよ。やっぱリアナと一緒じゃないと色々調子が出ないんや」
「……!?//…パオ…」
「うむ!オイラ達親友じゃもんね!」
「…し、親友…?…まぁ今はそれでいいかな、よろしくね、パオ」
それからも私とパオは常に一緒にいた。
私はこの頃からパオのことが異性として好きだったから、パオと一緒にいられるだけで幸せだった。
何度も告白して恋人にしてほしいとも思ったが、この関係が壊れてしまって、パオの傍にいられないことを何より恐れてしまった。
海軍学校を卒業後、パオと同じ年に海軍に入隊した私は、人事部に依頼して、パオと同じ部隊に入れるよう請願した。
表向きは学生時代から公私ともに長く一緒にいるため、パオの補佐において私の右に出る者はいないと伝えて
でも本当は私がただパオと一緒にいたかったのだ。
私の願いは叶い、入隊時から常にパオと同じ部隊に所属した。
あの騒動からもパオにアプローチする女子は絶えなかった。
パオは可愛い顔もして魔術も国屈指の力となれば、卒業後もいろんな方面からアプローチがあった。
幸い、パオはあまり色恋に興味がなく、疎かったので、何か言われたら「リアナがいるから」と答えるようにしなさいとパオに言い聞かせたため、パオに本気になる女性は少なかった。
それでも不安が拭い切れないから、公私ともに一緒にいるようにしたのだ。
パオが住む建物の近くに引っ越したり、非番の日は一緒に買い物に行ったり、ご飯を作ってあげたり、私ができることは何でもした。
私といる時間は、絶対に他の女性と会えないから、私は惜しみなくパオと過ごす時間を費やしたのだ。
でも同じ部隊だからといって常に一緒にはいれない。
それにパオはとんとん拍子で昇格した。
私は最初は二等兵士からだったが、パオはすでに少尉からのスタートだった。
それに毎年のように階級があがり、軍に入ってわずか3年で将校の地位である少佐にまでなっていた。
私はまだ一等兵士になったところで、同期のなかでは早いほうだったが、それでもパオにはかなわない。
そしてその1年後にパオが中佐になったところで、補佐官を持つ特務武官に任命された。
武官の補佐官は、いわば秘書だ。
プライベートはともかく勤務中は常に一緒になる。
私は死に物狂いでその座を射止めた。
これは学生時代から常にパオとともにいて世話をしていた実績と、パオの学校生活を定期的に姉のレア・ピンロ中佐に報告していたことから、レア・ピンロ中佐からも推薦をいだたき、パオ本人からも「リアナがいいにー」と言質を取ったのだ。
当時補佐官になるには階級が足らなかったが、特別に少尉に昇格し、パオの特務武官補佐官に任命されたのだ。
私は本当に嬉しかった!
これでいつでもパオの傍にいて、お世話をしてあげられる。
私が小さな頃に描いていた夢は、大勢を率いる格好いい女性将校から、皇国の英雄を支える女性士官になっていた。
パオには私が必要なんだ!
私はまたそう信じて疑わず、パオが少将になり、王家十一人衆になっても変わらずそれが続くと思っていた。
でも
「そこまでしないてもいいろんよ…リアナも好きなことすればいいに」
「面倒見てくれる人別に探すおろろんよ」
パオに私は必要ではなくなったのだ。




