【閑話】覇道に足りない者
烈歴98年 5月8日 シュバルツ帝国 アハト州 某所
時刻は日付を超えようという時間、男は執務机に広げた帝国の地図を眺めて眉間にしわを寄せる。
男は地図を広げてから数時間が経とうとしているが、一向に現状の打開策を思いつけないでいた。
「ぐああ!何度考えても思いつかん!クソがっ!」
男は苛立つようにして、地図を机に叩きつける。
そんな男の様子をすぐ側に控えていた赤い長髪の男が呆れるように言う。
「ないものねだりをしても仕方ありませんよ。現状の手札で勝負しなければ。あなたの口癖でしょう?」
「しかしよぉ!ユルゲン!お前のような優秀な参謀、才気溢れる将軍、帝国最強の魔術師、人民の心を掌握する宗教家!これだけ優秀な奴らが俺のところにいるのに、俺は何も成せていないんだぞ!」
「それだけあなたに人望があるからでしょう。それに何も成せていないことはないかと。帝国の8つの州のうち、このアハト州を完全に治めているではありませんか」
「唯一帝都に接していない最北東の田舎をな!」
「皮肉で言ったわけではありませんよ…このアハトも中央に見捨てられていたからこそ埋もれていた資源や人材があり、面白いではありませんか」
「まぁ…そうだけどよ…まだ俺達の勢力はこのアハトだけだ。あとの7つは親父とあのバカ兄貴達の勢力だからなぁ…前回の大戦の休戦条約ももう切れる。王国は相変わらず裏でコソコソしてやがるし、皇国に帝国を攻める機運が高まっている。これだけきな臭い状況になっているのに、好機を掴めようともしない戦力がない現状を嘆いているだけだ」
「それに関しては、戦略を預かる私の失態でございます」
「そんなことはない。俺の力不足だ。ユルゲン、お前は良くやってくれている。お前の提唱する天下四分の計…必ず成して見せよう」
天下四分の計
この烈国大陸は長らく三国で覇を争っている。
この状況下で第4の国を興し、大陸を四分する大計だ。
それは帝国第三皇子であり、皇帝の後継者争いから最も遠い場所に位置するこの男 レギウス・シュバルツ・ベッケンバウアーをこの国の皇帝へ、そしてこの大陸の覇王へと押し上げる参謀ユルゲン・クロスの大戦略だ。
ユルゲンは、レギウスが帝国内で皇帝になるには、現皇帝と第一皇子・第二皇子の勢力が強すぎるため、帝国内に別勢力を立ち上げ、他国と協力し、帝国内の他勢力を打倒する青写真を描いている。
「勢力拡大のためには、確固たる地盤が肝要です。その為に他州への調略よりもまずこのアハトの地盤固めを優先したのです。レギウス様がアハト州総督に赴任してから早5年…経済基盤も軍事基盤も他州とも見劣りはしない程にまで導かれました」
「そりゃあ、優秀なお前達がいたからな。俺の力じゃあねえよ」
「そんなことはありません。このアハトは帝国から見捨てられた不毛の地、過酷な冬に、育たぬ作物、流出する若者、赴任当初は人々の目から生気が失われていました。しかしレギウス様の施策、行動、想いに民が希望を持つようになり、ここまで成長したのです。あなたは間違いなくこの国を、いや大陸を治めるべき器だ。必ず私がそこまで押し上げて見せます」
「お前の智謀に俺がついていけるかが心配だよ」
「大丈夫です。噛み砕いて説明しますので」
「子供扱いか!おれはもう40だぞ!」
レギウスとユルゲンは主君と臣下ではあるが、どこか友人のようなやり取りをしていた。
それもそのはず、この2人は同じ街に生まれ、同じ時を生きた幼馴染で、互いを半身のように思う唯一無二の相棒であった。
レギウスが幼き頃に描いた夢をユルゲンは、ずっと、ずっと実現すべくレギウスを隣で支えてきた。
『俺がこの大陸を一つにする!そして戦なんてなくしてやるんだ!』
この大陸に住む誰もが子供の頃に1度は抱く夢、そして大人になって現実を知り、心から消え去っていく夢
しかしレギウスは今もその夢を失くしてはいない。
むしろ夢ではなく自分が果たすべき使命とさえ感じていた。
終わらぬ戦
流れる涙
流される血
失われる命
終わらない怨恨
そんなものはもうたくさんだ。
この大陸を1つにし、戦をなくす。
しかし現状は大陸どころか、国すらも手中に収めていない。
そして自らが国を治めるためには、自ら戦を起こさなければならない葛藤もあった。
ユルゲンは戦を「平和のための投資」を割り切っているが、レギウスはまだ消化できないでいた。
「アハトを盤石にし、他州を攻める戦力はできました。ここからは『戦』の番ですよ」
レギウスの葛藤を見透かすように、ユルゲンは言う。
「わかってるよ…でも足りないよなぁ…」
レギウスは情けなくも呟く。
「確かに…それは否定できません」
しかしユルゲンも同調する。
何が足りないのか?
ここからレギウスは盤石にしたとは言え他州と比べて多くはないアハトの戦力で戦わなければならない。
レギウスの元には、優秀な若き将軍と帝国最強の魔術師がいるが、寡兵で大軍に戦うにはどうしてももう1つの要素が必要だった。
「「圧倒的な個の武術師が……」」
レギウスとユルゲンの発言はほぼ同時に被ってしまった。
「いやぁそうだよなぁ!戦の想定をしても、どうしても武術に優れた…特に一対一が強え奴が欲しい…でねぇと他所の十傑をどうしても抑えられねぇ…」
レギウスとユルゲンの懸念は同じだった。
帝国は武術大国で、特に武術に優れた武術師を皇帝直々に称号を送っている。
その10人は『帝士十傑』と呼称されている。
その武力は一騎当千
その存在によって戦略の根底をも覆すのだ。
しかしその10人はすべてレギウスの敵対勢力に属している。
レギウスの元には帝国最高峰の魔術師が1人いるが、一対一が得意な魔術師でなく、多対多の戦場で輝く魔術師であった。
「十傑ほどの武力を持つ在野の奴いねぇかな…できれば若い方がいい!20歳にも満たねぇなら将来性も抜群だ!あと女に現を抜かさねぇように、所帯持ちがいいな!」
「この国のどこにそんな都合のいい人材がいますか……」
「いるかもしれねぇだろ?この国じゃなくてもこの大陸のどこかに!」
「否定はできませんが、どうやって探しに行くのです?」
「……そういや休戦条約の更新の時期は?」
「再来月にヘスティア神国にて3国の王が集まる予定ですが……」
「それだ!各国から王が集まるってことは護衛も山ほど来るだろう?その中からスカウトしようぜ!」
「……なんとまぁ無茶な…しかしその時期の神国には興味がありますね…各国の動向を一挙に情報収集できますし…諜報部隊を派遣する予定でしたが…」
「やっぱ現場で見てこそだろ?」
「否定はしません。お供しますよ、マイロード」
ユルゲン「ヘスティア神国はユニティ大陸の中央に位置する宗教国家で、永世中立国です。三国は覇を争っていますが、神国は完全安全地帯です。国際会議や条約締結などの外交の舞台として重宝されていますよ」




