【閑話】海軍本部 臨時軍議
烈歴98年 5月5日 夜
皇都セイト 10区(軍港区) 海軍本部 軍議の間
海軍本部の重要事項が議論される軍議の間で、皇都セイトにいる海軍の将軍、将校が集まっていた。
ここにいるのは、皇都セイトにおける海軍の最高幹部達と言っても過言ではない。
軍議の間は長机を長方形に配置されており、一番の上座には三席のみ用意され、その中央にゾエ・ブロッタ大将が位置し、その両隣にはフランシス・トティ中将とパオ・マルディーニ少将が着座している。
ゾエから見て右に居並ぶは、海軍本部の各局長達である。
総務局長
軍備局長
医務局長
教育局長
艦隊局長
情報局長
そのいずれもが中佐の階級を賜る者達が座っていた。
それに対面しているのは、第一艦隊の船長達
それも艦隊における中隊を指揮する船長達が4人
こちらの者達の階級は大佐だ。
3将を含めて、計13人の海軍本部における最高幹部達がここにいる。
なぜなら緊急の軍議をゾエ大将が招集をかけたからだ。
「…こんな時間でも全員集まったねぇ。とりあえずは昨日はご苦労だった。まだ海軍本部の方は後処理に追われてると思うが…」
ゾエが集まった面々に労いの言葉を掛ける。
そして本題をいきなり切り込む。
ゾエは会議を長々とする性格じゃないからだ。
「…集まってもらったのは、皆に報告があるからだよ。昨日インペリオバレーナをパオと共に狩ったシリュウ・ドラゴスピアを准将待遇で勧誘することにした。」
「「「「…な!!??」」」」
驚くのは、海軍本部の局長達
しかし艦隊の船長達は苦笑いをするだけで、驚きはしなかった。
「……失礼ですが、正気ですか…?いきなり在野の者を准将待遇などと…!」
そう言うは総務局長
海軍の人事も管轄する彼は、ゾエの提案を受け入れがたかった。
「…本気も本気だ……ゾエ大将の思い付きじゃない……この件に関しては僕も…パオも…賛成している…」
フランシスが総務局長へ言う。
一見無茶な人事だと思われるが、海軍の頭脳であるフランシスが賛成し、海軍のエースであるパオも賛成しているならそれはもう決定事項だ。
だから最初にゾエは報告があると言ったのだ。
相談ではなく。
「……しかし…またなぜ…?」
そう聞くは軍備局長
長年海軍に仕えている彼でも今回の人事は記憶にないほど珍しいものだ。
「簡単さね、パオと同等の戦力だからさね」
「「……な!?」」
再度驚く局長達
しかしそれに同等と言われたパオ自身が念を押す。
「…これは事実だにん…!…昨日狩ったインペリオバレーナは…シリュウがほぼほぼ1人で倒したんよ……!オイラはシリュウの支援しかしていないぞろろん……!」
「…御冗談でしょう?パオ少将が支援に回る…?」
まだ現実を呑み込めない局長達
彼らも歴戦の海軍兵士であったが、陸暮らしに慣れたせいでいささか頭が固くなっていた。
「……少将が言うことは本当だ。俺達も現場に出くわしたが、シリュウ殿の武は皇国内でも最高峰だろう。俺はあのファビオ中将にも引けを取らないと思ったぜ」
そう擁護するのは、艦隊の船長の一人で現場にいたジョルジュ・キエリ大佐
ここにいる4人の船長は全員が、あの現場におり、シリュウの活躍を目の当たりにした者だ。
だから准将待遇での登用というゾエの一見無茶な提案も呑み込めるのだ。
「……なんと…そのシリュウ殿はおいくつなのですか?」
教育局長がゾエに聞く。
「先月に16になったって言ってたさね」
「…16!?そんな若造に准将の地位を!?」
ゾエの回答に声を荒ぶらせて言う総務局長
しかしこの言い振りはゾエの逆鱗に触れた。
「年齢なんて関係ないさね!!実力があるものが上に立つ!!それが軍さね!!」
「……しかし…!」
ゾエ叱責にたじろいながらも反論しそうな局長達
しかしそれをフランシス冷静に諫める。
「………ならお前たちの中で…インペリオバレーナを狩れる者がいるのか……いたら名乗り出てくれ……今すぐにでも准将にしてやろう……」
「……うぐぅ……しかしただ腕っぷしがあるだけでは…」
なおも食い下がるが、パオが若干イラつきながら言う。
「……ただ?…何を言うの…?……腕っぷし以外に何が必要おろろん…?」
「…パ、パオ…少将…」
普段はおどけていて、めったに人を責めることを言わないパオが、珍しく苛立ちを隠さず、局長達に詰め寄った。
「……シリュウっちのことを良く知らずに悪く言うやつなんて…オイラ……嫌いじゃもん……!」
「…!?……いえ!言葉が過ぎました!申し訳ございません!」
パオの発言に全力で謝罪する局長達
なぜここまで必死になるのか。
パオは海軍の絶対的エースでもあり、不思議な言動をしながらも、部下を気遣い優しく接するパオは海軍軍人の憧れの的だ。
パオの海軍における人気と求心力はゾエを凌ぐほどだ。
そのパオに嫌われてしまうと、自身の部下たちに疎まれてしまい、自らの地位が危ぶまれるのだ。
「…気をつけるにー……次はないよ…?」
最後はおどけることもなく、声色低く言うパオ
その言い様に局長達は冷や汗を止められなかった。
「……16歳の若者に一足飛びに階級を超えられるお前達の気持ちもわからんでもないが、シリュウは階級を盾に偉ぶらない奴だ。それにちゃんと礼節を弁えてるさね。お前達を顎で使うなんて真似はしないし、安心するさね」
「……ええ…ゾエ大将と、フランシス中将…それにパオ少将まで了承されているのであれば、我々には覆せませんので…」
「絶対に後悔はさせないさね。問題はどう入隊させるかだね。実は皇軍と陸軍と取り合いになってるさね」
「……なんと!?…陸軍はともかく皇軍もですか!?」
総務局長がゾエに聞く。
「……陸軍よりも…皇軍がやっかいだ……珍しくファビオも乗り気だ…皇王様のお気に入りである彼が皇王様に進言すれば、皇王様の命で皇軍に入れられてしまうかもしれない……」
フランシスが危機感を持ちながら言う。
「…でも本人の意志が一番大事さね。今はシリュウもどこに入るか迷っているだろうから、シリュウ自身に海軍に入りたいと言わせれば、こっちのもんさね」
「……一つ僕に策がある」
そう提案するのはフランシス
「なんだい?」
「…実は今日…サザンガルド家と鉄甲船の売却交渉のため…シリュウ殿の妻、ベアトリーチェ嬢の従兄弟であるシルビオ・フォン・サザンガルド氏と会談したんだ…」
「…ほう?それで?」
ゾエが続きを促す。
「……シルビオ氏が言うには、ベアトリーチェ嬢は海が好きなようだ。そして軍人に憧れがあるとも聞いた…シリュウ殿はベアトリーチェ嬢を溺愛している……おそらく四六時中一緒にいたいと思っているはずだ……ならばいさせてあげればいい……」
「…つまり…嬢ちゃんも雇うってことさね?」
「…そうだ…シリュウ殿は特務武官で登用するだろう…?…なら特務武官補佐でベアトリーチェ嬢を迎え入れてはどうだろうか……?」
フランシスがとんでもない提案を面々にする。
局長達はもう開いた口が塞がらない。
16歳の成人になりたての若者を准将で迎え入れるばかりか、その妻をも登用するなんて。
常識では考えられない提案に、反論すらできなかった。
それを聞いて苦笑いしつつも否定はしない船長達
船長達はシリュウをそこまでしても迎え入れるべき人物を認識していたため、反論意見などなかった。
そして…ゾエとパオは…
「はっはっはっは!アンタって人は本当にアタシを飽きさせないねぇ!最高だよ…!…アタシは採用するよ!その案!」
「……流石フランシス中将だんね……!…オイラもさんせー…!」
大賛成だった。
「……しかしその者の妻というだけで海軍に迎え入れるのは…」
局長達から苦言が呈される。
しかしそれもフランシスが一蹴する。
「……ベアトリーチェ嬢は非常に聡い女性だ。僕の悪だくみをあっさり看破され、鉄甲船を売却する交渉の席に着かされてしまったよ……彼女はシリュウ殿の付属品じゃない……シリュウ殿がいなくても迎え入れるべき逸材だよ…」
「……フランシス中将がそこまで…」
局長達はフランシスの肯定具合に、何も言えない。
それもそのはず。
この局長達はフランシスの直属の部下なのだ。
局長達は、海軍中将であり各局を包括する海軍本部長であるフランシスには逆らえないのだ。
「話は決まったねぇ。シリュウは准将待遇で特務武官として登用、ベアトリーチェは特務武官補佐で登用だ!階級は…」
「…特務武官補佐なら『尉官』階級は必要だろうね…」
「なら『少尉』さね。その方向で勧誘しようか…使者はパオ!あんただよ!」
「……あいあいさー!…」
元気よく返事し、立ち上がって敬礼するパオ
「…パオ少将自ら…これは本気か…」
局長達と船長達は唸る。
それもそのはず。
海軍で最も求心力のあるパオが行くということは、海軍として最高峰の礼を示している。
それにゾエは自分が行くより、死線を共にしたパオの言葉の方がシリュウに響くと確信していた。
「……待ってろよ…!シリュウっち…!」
決意を込めて、手を天井に突き上げるパオ
そしてこの2日後
シリュウは海軍の提案を受け入れ、海軍の入隊を決意するのであった。




