第25話 皇軍からの勧誘 パオの切り札
入院している病室で、パオっちから海軍に入隊する勧誘を受けていると、パオっちの実の姉である皇軍のレア・ピンロ少将が勢いよく入って来た。
「…シリュウ君…皇軍に入りましょう！…皇軍は選ばれし者のみが入隊できる精鋭の軍ですよ！」
レアさんが意気揚々に言うが…僕は怒りのオーラを放っているビーチェのことが気がかりでならない。
「……レア・ピンロ少将…？…静かに入室いただけますか？……このようにシリュウは負傷の身…少しの衝撃が傷に触ります…特に扉の開閉など…ね？」
もうゴゴゴゴゴという音がビーチェから聞こえてくるくらい凄んでいた。
あまりの迫力にパオっちはブルブル震えて縮こまっている。
その怒りを正面から受けているレア・ピンロ少将も冷や汗を垂らしながら謝罪する。
「……も、申し訳ございません……パオがシリュウ君を勧誘する話が聞こえてきたのでつい……」
「……二度はありませんよ？」
「…は、はいっ！」
ビーチェに直立で敬礼するレアさん。
仕方ない。
この病室の主はビーチェなのだから、この病室でビーチェに逆らえる者などいないのだ。
じいちゃんやシルベリオさんでさえ、ビーチェに従順に従っているのだ。
「…気を取り直して…シリュウ君、皇軍に入りましょう…！アウレリオのことは心配ありません」
「…どうしてですか？」
「以前にも説明しましたが、皇軍は1番隊から10番隊で組織されています」
「確かそうでしたね、1番から3番がファビオ中将で、4番から8番がレアさん、9番と10番がブッフォン将軍……あれ？アウレリオさんの隊は？」
「そういうことです。彼は本質的には皇軍ではありません」
「え？」
レアさんの言葉に呆けた返事をする僕
しかしビーチェは得心しているようだ。
「……どうにもおかしいと思ったのじゃ…皇家騎士団からの派遣ですね？」
「ええ、そうです。アウレリオは、その本務は皇家を守護する皇家騎士団の所属で、皇王様の親衛隊長です」
「皇家騎士団…？皇軍とは別の組織なのですか？」
「はい。皇軍は皇都と皇家を守護する軍ですが、本分は皇王様直属の軍隊という位置付けです。実際に皇王様等の皇家の方々と宮殿を守護する役目を果たしているのは皇家騎士団と言って、皇軍とは別の組織なのです」
「…そして皇家騎士団は、軍人と言うより華族の集まりに近いのじゃ。皇軍は陸軍と海軍から選りすぐられた精鋭じゃが、皇家騎士団に入団するのは華族の子息…つまりコネで入るのじゃよ。だからヘナチョコ軍団じゃ。実質的に皇家を守護しているのは皇軍で違いないじゃろうて」
ビーチェがレアさんの説明に続けて教えてくれる。
それにしても酷い言いようだ。
「そうです。そしてアウレリオは皇家騎士団に所属しながら皇軍准将の地位を賜っているのです。賜っているのは地位だけです。皇軍内にはアウレリオの部下はいませんからね」
なるほど
つまりレアさんはこう言っている。
アウレリオは皇軍とは実質的に無関係ですよ、と
「……複雑ですね。でもなんで皇家騎士団に人間が皇軍准将の地位を賜れるのです？」
僕がレアさんに尋ねる。
「……そこは恥ずかしながら政治の問題です。『円卓会議』で影響力が欲しい皇家騎士団がアウレリオを皇軍准将にねじ込んだのです。皇王様に進言して」
「でも皇軍に入隊するには選抜試験に合格する必要があるんですよね？」
「……アウレリオも馬鹿ではありますが、無能ではありません。正規のルートで選抜試験に合格しました。その後准将に推挙されたのです。皇王様と大総督によって」
おいおい それでいいのか皇王様よ
ビーチェのストーカーみたいな奴をそんな地位に据えるなんて
「アウレリオさんについてはわかりました。でも便宜を図るとは？」
「簡単なことです。アウレリオとシリュウ君が絶対に関わらないようにシリュウ君を配置します」
そんなことが可能なのか？
そう疑問に思っていると、ビーチェが代わりに聞いてくれる。
「…具体的にはどのような配置になるのですかや？」
「パオ……耳を塞いでいなさい」
説明する前にパオっちにそう言うレアさん。
そしてその言葉通り全力で耳を塞いでいるパオっち
やはり姉には逆らえないか
パオっちが耳を塞いでいるのを確認し、小声でレアさんが話す。
「…シリュウ君はファビオの直属の部下になってもらう予定です。ファビオとアウレリオは犬猿の仲、お互いに関わろうとしません。そしてファビオには零番隊と呼ばれる特殊任務を請け負う直属の部下が4人います。参謀や諜報だったり、ファビオの弱い部分を補ってくれる部下が。シリュウ君はその組織で特殊任務を行ってもらう予定なのです」
皇軍の訓練場の時にもちらっと聞いたな、零番隊
どうやらファビオ中将の特殊部隊のようだ。
「…でも僕は諜報や参謀なんてできないですよ？」
「あくまで現状の部下は諜報が得意な者、智謀に優れているもので構成されているだけです。シリュウ君は武力担当として役割を果たしてもらいます」
う～む、ますますわからない。
僕がその組織で何を成すのかも。
「……特殊任務とは暗殺などもあるのかや…？」
ビーチェが眼光鋭くレアさんに問う。
「……皇軍参謀の名に懸けて誓います。そのような後ろめたい任務は存在しません。シリュウ君に担当してもらう任務は、主に魔獣討伐や諜報部員の護衛等ですよ。その他にも特殊な任務は数多くあり、一概にこんな任務ですという例示が難しいのです」
「では詳細な内容は…」
続けてビーチェがレアさんに問う。
「軍事機密ですので、入隊してからご説明させていただくことになります…」
「なるほどのう…」
「ですが…待遇はお約束します！『抜擢制』で入隊した者に対しては最高の位の『大佐』の地位をお約束します！」
レアさんが力強く言うが、僕にはその待遇の凄さがピンと来ない
「…それってどれくらい偉いの？」
ビーチェに情けなくも聞く僕
「軍の階級は上から大将・中将・少将・准将がおり、ここまでが『将軍』と言われる階級じゃ。そこから下は大佐・中佐・少佐じゃ、これらは『将校』と呼ばれるのう。その下が大尉・中尉・少尉で『尉官』と呼ばれる。そこからは兵士階級になり、特級兵士・一等兵士・二等兵士・三等兵士じゃ。新兵は三等兵士から始まるのじゃ」
「……それだけ聞くと大佐って超偉いんじゃない？」
「そうじゃのう。軍に入隊してそこまでに達するものはほんの一握りじゃろうて。そんな地位に入隊から達するとはさすがシリュウじゃて！」
ビーチェが褒めてくれるが、僕はそれどころじゃない。
「いやいやいや！無理だって！僕そんな人の上に立つ人間じゃないって！」
「…でも海軍の待遇はそれより上の准将じゃぞ？」
「……ヤメテクダサイ…僕はまだ16歳なんです…いきなりそんな地位で入ったら絶対いじめられる…」
「…安心せよ…シリュウをいじめる奴らなぞ妾が捻り潰してやるのじゃ」
ビーチェが瞳の光を消しながら言う。
「……オイラのビリビリもお見舞いしてやるっしょ…！」
いつのまにか耳を塞がなくなったパオっちも同調する。
いや大丈夫だよ？
それくらい自分で対処するよ…
でも改めて僕は整理する。
皇軍か海軍か…
最後に大事なことを聞いておこう。
「もし僕が皇軍に入ったら住まいはどうなりますか？」
「もちろんセイトですよ。出張で他都市に行くことはありますが、住まいは基本セイトです」
「なるほど…パオっち…海軍ではどうなる？」
「……家はセイトかカイサのどちらかに構えている人が多いに……！オイラはセイトだがのう……ゾエゾエとフラフラの実家はカイサにあるぽよよん…」
「やっぱり海での行き来が多いから家を不在にすることは多いよね…？」
「それは否定しないもんもん……船が僕らの第2の家であるっしょ……」
そうなのだ。
海軍に入るとなるとそれが一番の気がかりだ。
家を不在にするということは、それだけビーチェを1人にしてしまう。
やはり、毎日ビーチェと過ごす生活がしたいと僕は強く思っている。
「……海軍はやっぱり難しいかな……」
「…シリュウ？何でじゃ？」
「…いまパオっちが言ったように、家を不在にすることが多そうだ。そうなるとビーチェと過ごす時間が大きく減ってしまうからね…」
「……シリュウ…！でも妾のことは気にするでないぞ？大丈夫じゃよ」
「違うんだ。僕が大丈夫じゃない。もうビーチェに会えない日なんて考えられないよ…！」
「…シリュウ…//」
僕はビーチェの顔を見つめた。
やっぱりこんな愛しい人に会えない日があるなんて辛い。
そう僕が渋い表情をしていると、パオっちが笑いながら言う。
「……ふっふっふ…シリュウっち、安心するがいいろん…！海軍はシリュウっちのことを何より考えているぞね…！」
「どういうこと？」
「今回海軍が迎え入れるのは、シリュウだけじゃないのっさ……！…ベアトリーチェちゃん…チミも海軍に入ろうではないかね…！」
「え！？」
「は！？」
「なんですって！？」
驚く声を上げる僕とビーチェとレアさん
そして構わず続けるパオっち
「ベアトリーチェちゃんの待遇は、少尉…そしてシリュウっち付の副官だぬ……！…これで公私共に一緒にいられるじゃんね……！」
「……！シリュウと一緒にいられる…？」
ビーチェが驚きながらも感動したような表情で言う。
「そうだぬ！海軍はチミの智謀や洞察力を評価しているにぇ…！海軍が迎え入れるのはドラゴスピア夫妻さね…！」
「……妾が…軍に…それもシリュウと共に…」
ビーチェはパオっちの提案に呆けている。
でもその表情は喜びに満ちている。
ビーチェは歓喜に震えているようだ。
海好きのビーチェ
そして華族に捉われず自由に生きたいと言っていたビーチェ
そうか海軍はビーチェの憧れだったのか。
「ビーチェは海が好きだったね、そして軍にも明るかった。確かにビーチェは海軍に適任の人材だよ」
僕がそう言うとビーチェは笑いながら言う。
「…誰にも言ったことはなかったのじゃが…海軍に入ることは一つの夢じゃった…海を駆ける海軍は、妾の小さい頃の憧れじゃったからのう…でも華族の令嬢が海軍に入れるはずもなく……誰にも言わずに胸に秘めていたのじゃ…」
「そうだったんだ…」
「今回の件も、妾がこのことを言うと、シリュウの選択を歪めてしまうと思って、黙っていたのじゃが…こんなことになろうとは……」
ビーチェが遠い目をしながら言うが、その表情は明るい。
「……まずいですよ…まずい……ベアトリーチェさんまで皇軍に抜擢するのは……流石に…贔屓が過ぎて……ぐぅ…！…こういう時は皇軍の試験制度が仇となる…！」
レアさんが頭を抱えている。
でもどうやら勝負ありだ。
僕の心より、ビーチェを射止めた海軍の作戦勝ちかな。
「……シリュウ…我儘を言っていいのかや？」
「…もちろんだよ。それに最初に決めたじゃないか、僕の行き先はビーチェと2人で良いと思ったところに入るって」
「…そうじゃったな…妾はシリュウと共に海軍に入りたい…」
「了解したよ。パオッち、ビーチェと共に入隊することを条件に、僕は海軍に入隊するよ」
「……びくとりー！…歓迎するぜ！ドラゴスピア夫妻…よ！」
そう言って天に両手を突き上げるパオっち
そして膝から崩れ落ちるレアさん
レアさんには申し訳ないけど、僕にはビーチェが一番だから
ビーチェと共に駆ける海は、それはもうどこまでも輝いて見えるだろうと、僕は確信していた。
