【閑話】エクトエンドという村は…
【閑話】エクトエンドという村は…
大勢の人に見送られながら村を出立する孫の背中を、大きくなったものじゃと感慨深げに見つめていた。
「行ったのう…」
「行ったな…」
隣で同じような思いでいるのは儂の数十年来の友人のサトリ、この皇国の元宰相である。
二人の目線が向けられる先には、エクトエンド村の緑豊かな風景が広がっていた。村の端から見える広がりのある樹海と、遠くにかすかに見える山々が、別れの重さを一層感じさせる。
「シリュウなら大丈夫だろう、あの子は聡いし、お前のような武もある。少し幼く夢見がちなところはあるが、見識を深めれば、大成するんじゃないか」
「おうおう、元宰相様にそう評されるとわが孫ながらむずかゆいのう」
「お前は仕込みすぎたのだ…16歳でエクトエンド樹海の魔獣を狩れる奴がこの国に何人おる?」
「…そんなにかのう?」
「これだから軍上がりは…エクトエンド樹海の魔獣は冒険者ギルドの依頼ランクに拠ればBランクは固い。魔獣によってはAに分類される奴もいるくらいだ。それを兎か猪かのように日常的に狩っている。それに実戦経験と称して、何回か盗賊討伐に駆り出しただろ?そのせいで人を斬ることの抵抗もあの年齢でほとんどない。俺が帝国の諜報員なら”目録”に掲載することを皇帝に進言するだろうよ」
※目録とは各国で呼び名は異なれど所有・管理している「要注意人物リスト」のことである。兵士として敵国の目録に掲載されることは誉れであり、目録に掲載されている人物のことは一角の人物として「烈国士」と呼ばれている。目録は定期的に更新され、どの国も公開している。
「シリュウには…魔術の才能が全くなかったのじゃ…ならばせめてもの武はと思い仕込んだのじゃ…」
「まぁ確かにそれは驚いた。お前の血が濃いのだろうか。あの子の母親は当代随一の魔術使いであったのにな。魔術の才能は血統が全てであることは一般常識だが、それでも全く才能がなかったのは不思議だな」
「それでもただ教えるだけではこのような武を持つ少年にはならなかったじゃろう。それはシリュウの努力の賜物じゃ。魔術の才能はなくとも、努力する才能はあったようじゃ」
「それと信念だな。大成した烈国士は、才能はなくても信念はあったものだ」
「うむ…この『最果て村』に来たことは果たして良かったのか…それは神のみぞ知るじゃな」
「ただ朽ちていくだけの俺たちに彩りと潤いをもたらしてくれた。シリュウにとってはどうかはわからんが俺たちにとってはシリュウがこの村に来てくれて最良だったのだよ」
「そうじゃのう…」
エクトエンド村の周囲には、密林が広がっている。樹木の間からは時折、陽の光が斑点のように差し込み、柔らかい緑の中で静かに揺れる葉が風にささやく。村の外れには広がる樹海と山々のシルエットが、遠くの空に溶け込んでいく。村の入り口には、シリュウが出発するのを見守るために集まった村人たちの顔が、思い思いに感慨深げな表情を浮かべていた。
コウロンとサトリは、長い歴史の中で幾多の戦火を見てきた者たちだが、シリュウが成長する姿を見守ることができたのは、彼らにとってもまた一つの特別な経験だったのだろう。村人たちもまた、シリュウの成長を見届けることができる喜びを感じていた。
このエクトエンド村は、実は新興の村である。
10年前に勃発した第4次烈国大戦は皇国・帝国・王国の各国に深い爪痕を残した。
その際に皇国では大規模な体制刷新が行われ、長年皇国を支えてきた人材が皇国を去ることになった。
このエクトエンド村はその時に皇国を去った要職に就いていた者たちが、余生を過ごすために開拓した村である。
主にコウロンとサトリの2人が主導し、このエクトエンド村を開拓したのであった。
もともと皇国の要職に就いていた者達なので、元宰相や元大将軍はもとより、大臣であったもの、将軍であったもの、外交官であったもの等、歴戦の烈国士がこの村に集っていた。
開拓した1年後に、トリスリーの悲劇が起こり、シリュウがこのエクトエンド村に来た。
村人たちはコウロンの孫であり、この村唯一の子供であるシリュウをたいそう可愛がったのだった。
サトリ「刷新されたのではなく、俺達は自ら見限って職を敷いたのだがな」
コウロン「第4次烈国大戦は悲惨じゃった。それに少し疲れてしまったのじゃな」




