表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/245

第9話 船旅の洗礼/シリュウの原点


揺れる 揺れる 揺れる



世界が揺れる  



ここはどこで


僕がどこに立っているのかも不明瞭だ。



意識は混濁して



今僕が何に摑まっているのかも曖昧だ。



世界が右に傾いたと思えば、数舜後には、左に傾いている。


それを繰り返し、何回、何十回、何百回も


世界が揺れ続けている。



喉の奥から何かがこみあげて、外の世界に出せ出せ出せと強烈に胸から主張してくる。


負けるものか


僕はエンペラーボアを単騎で狩った猛者だ。


こんな自分の体一つ言うことを聞かせられないなんてない。


そう強がったのも一瞬



堪えようもない爆発に、僕は耐えきれず、水平線の向こうに向かって駆ける事しかできなかった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






「オエエエエエエエエエ……!!」


「シリュウ…!大丈夫かや…!?ほれ…水じゃぞ!口をゆすぐがよい!」


「ありがとう…ビーチェ……船ってこんなに揺れるんだね……気持ち悪い…」


「(まだそんなに波の高い海域ではないが…)そうじゃ…無理するでないぞ?船室にて横になるかや?」


「いま船室に入ったら、吐けないかな……船室を汚したくないから、ここで外に向かって吐くよ……オロロロロ…」


「シリュウ…!?誰か!船酔い止めの薬を持ってきてくりゃれ!」


シリュウは見事に船酔いしていた。


ビーチェに背中をさすってもらいながら、船の外の海へ自らの吐しゃ物を放出しつづけていた。


もうすでに吐くものがなく吐しゃ物は胃液の色である黄色に染まっていた。


そんなシリュウの様子をサザンガルド家の者達は意外そうな目で見ていた。


「ベアトリーチェを娶ろうと私に豪胆に向かってきたシリュウ殿にも弱点はあるのだな…」

驚くように呟くシルベリオ


「シリュウさん……あんな可愛らしい面もあるのね」

どこかずれた感想を言うアドリアーナ


「シリュウ殿……おい!シリュウ殿を医務室へお連れしろ!船内でも吐けるように、桶を複数用意しろ!」

シリュウを心配し、使用人に指示を飛ばすシルビオ


しかしコウロンだけは違った。


「やはりのう……」


そんなコウロンにシルベリオが聞く。


「シリュウ殿が船酔いするとわかっていたのですかな?」


「まぁ予想ぐらいですぞ。あの子の母親も船に弱かったのですじゃ。血筋ですかのう…」


「なるほど…失礼ですがシリュウ殿のご両親は?」


「……サザンガルド家とは親族になるのですからな…お話しましょう」


「…のっぴきならない事情のようですな。ではこちらの船首の方へ、人払いさせますので」

そう言い、使用人に人払いを命じるシルベリオ


「私も聞かせてもらってもよいですか?」


その話を聞きアドリアーナも船首の方へ近づいてきた。


「シリュウの義母となるあなた様にももちろん話しましょうぞ…」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そうして船首には、シルベリオとコウロン、アドリアーナの3人のみがいた。


「はて…まずあの子がどこまで自分のことを話しているか、確認させていただきたい。あの子の出身については?」


「私は聞いております、エクトエンド村だと」

アドリアーナが答える。


「私もエクトエンド村だと思っております。」

シルベリオも同様に答える。


「…なるほど。では話しましょう。あの子の生まれはトレスリーなのです」


「「!!??」」


コウロンの告白に驚くシルベリオとアドリアーナ


それは皇国民として当然の反応だった。



トレスリー


その街の名前を聞けば、100人が100人とも同じような連想する。




トレスリーの悲劇を



今より7年前に起こった()()()()()()()()()集団による虐殺・蹂躙・破壊が行われた街



あくまでされているというのは、トレスリーの悲劇を生き残った人によると、帝国軍の旗を見たと証言しており、このことから皇国はこれを帝国軍の仕業と断定している。


しかし当の帝国は関与を否定しており、今なお皇国と帝国の溝を深める事件なのだ。



「ではシリュウ殿は…?」


「あのトレスリーの悲劇の生き残りですじゃ。そしてその事件を機にあの子の両親は行方不明になっておりまする」


「……なんと…シリュウさんにそんな過去が…」


アドリアーナが驚き心を痛ませる。


それもそのはず


トレスリーは人口1000人程の小さな町であったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


あの凄惨な悲劇を生き抜いたシリュウには、どれほどの心の傷があるのか、それをアドリアーナは慮った。


シルベリオはどこか納得したような口振りで言う


「……しかしそれなら納得ができます。シリュウ殿はあの年において、物事に対する恐れの感情が薄いように感じました。私がシリュウ殿と初めて出会った時もエンペラーボアの爆魔術をまともに喰らい、左手がかなりの重症を負っていた時でしたが、その怪我もどこ吹く風か、全く気にする素振りもなく私と会話していたのです。どこか奇妙さを感じていましたが、あの修羅場を経験していたならば納得です」


「……義兄さん…!その言いようなあんまりじゃないですか…!?」


シルベリオの言いように、アドリアーナは怒気を孕んだ声で言う。


シルベリオの言いようでは、シリュウは修羅場を経験して、逞しくなったというニュアンスが含まれていたからだ。


シリュウが経験した悲劇の重さに心を痛めていたアドリアーナは、シルベリオの発言に腹が立っていた。


「すまない…そういうつもりはなかったんだが…」


シルベリオはすかさず謝る。


「いえ、大丈夫ですぞ。それも的を射ているのですから。アドリアーナ様、シリュウのことを思ってくださり誠にありがとうございます」


そんな二人をコウロンが制する。


「シリュウはトレスリーの悲劇を経て、エクトエンドで儂と暮らし始めました。その時から何かに取りつかれたように槍の訓練に励みました。儂としては、何かに熱中することで、あの日のことを思い出さないようになると思い、槍を教えました。それが7年続き、今ではお二人が知るような武の腕前になりました。今でこそまだ儂はシリュウの稽古相手になっておりますが、もう数年もすれば稽古の相手も務まらないでしょうな…はっはっは」


「それがシリュウ・ドラゴスピアの原点…」

シルベリオが呟く。


「そうですじゃ。トレスリーの悲劇によって、シリュウが憎んでいるのは帝国ではなく、この戦乱と、そしてその時無力であった自分自身なのです。だからシリュウは戦乱を終わらせたいという志を強く持ち、今なお自身の武を高みに持っていこうとしている」


「シリュウさん…」


「おそらくシリュウは皇都に行き、そして皇国軍の目に留まりまする。そして戦乱の世に一気に巻き込まれる。これは止められぬし、シリュウも望んでおることです。どうかあの子の家族として、見守ってくだされ」


「もちろんですわ!シリュウさんは私達の家族…そして()()です!あの子が帰ってくる場所はサザンガルドにもあるのですから…!」


アドリアーナが涙ながらに言う。


「シリュウ殿はサザンガルドの恩人で、すでになくてはならない存在です!シリュウ殿に望まれればサザンガルドはそのすべてを持って支えましょうぞ!」


シルベリオが力強く言う。



コウロンは2人の言葉に、言葉に表せない程の感動を覚えていた。


そして、コウロンの目から涙が流れる。


「……シリュウは…このような素晴らしき家族と巡り合えて、そして想われておるのですな……旅立って一月も経たずに、本当に良き出会いに恵まれた。ほんの少し前には、あの子には儂しかおらぬと不安でしたが…今生に何も言い残すことはありますまいな」


コウロンが感動に打ち震えながら言う。




「何をおっしゃる!まだまだご健勝ではありませんか!それにシリュウ殿の子も抱かぬして、そのようなことは…!」

「そうです!シリュウさんはこれから羽ばたいていくんですから!シリュウさんもきっと、コウロン様に見守って欲しいと思っておりますよ!」



「そうですな…これから若い世代が羽ばたこうというに、それを見ないわけにはいきますまい…」


コウロンが船首の先の遥か先の水平線を見つめて思う。




(シリュウよ…お主を想う大人がここにもおるよ…何も気にせず皇都で暴れてくるが良い)




コウロンが見つめる先にあるのは、皇都セイト





いざ臥龍が皇都に参上する。







船酔いギャグ回にするはずが、すっごいシリアス回になっちゃった…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ