【閑話】シリュウからの手紙 ドラゴスピアの帰還
烈歴 98年 4の月 26日 エクトエンド村
エクトエンド樹海の真ん中にあるこの村は、いつもと変わらない日常が過ぎていた。
ただ1つ以前と違う点は、この村唯一の若者のシリュウが半月前に旅立ち、少し村人達が物寂しさを感じているところだろうか。
その中でもとりわけ物寂しさを感じている大柄の老人、コウロン・ドラゴスピアは、あくせくと畑作業に勤しんでいた。
「ふぃ~…今日はこんなもんじゃろ…さてシリュウが旅立ってからもう半月か…そろそろ便りの一つでも来るじゃろうか…」
コウロンはそんな独り言を放つ。
その願いが叶ったのか、コウロンにお目当ての物を届けてくる人物が来た。
「あの~コウロン・ドラゴスピアさんすか~?」
軽薄そうな若者がコウロンへ声を掛けた。
両腰に帯剣している。
どうやら双剣使いのようだ。
風貌は冒険者のようで、髪は明るい茶色でヘアバンドでまとめている。
「そうじゃが?お主は?」
コウロンにとって初対面の人物だったので、コウロンは相手の素性を伺う。
「うっわ!まじか~本物じゃん、でっか!俺っちは冒険者やらせてもらってるカシュンっす。依頼でコウロンさんに手紙を3通届けに来たんすよ~」
カシュンがコウロンに用件を伝えると、コウロンが喜色を浮かべる。
「ほう!それはご苦労じゃったの!お主、若いのにこのエクトエンド村まで辿り着くとは中々の手練れじゃのう」
「いやいや~こう見えてもAランク冒険者っすからね~。まぁここまでなかなかの道のりだったっすけど、報酬も良いので、ラッキーっす」
カシュンの言葉にコウロンは疑問を浮かべる。
「報酬が良いじゃと?依頼主は少年ではなかったか?」
「いんや?この依頼はサザンガルド本家から直々の依頼っすよ。前金に金貨50枚、成功報酬で50枚、さらに返答の手紙をコウロンさんから貰ってきたら更に50枚の契約っす。できたらすぐ手紙を書いてほしいっす。返事の手紙もサザンガルド本家へ持って帰りたいっすからね~」
「…サザンガルド本家から?それに3通か…?」
コウロンが訝しげに手紙を見ていると、サトリがやって来た。
「どうした。コウロン」
「サトリや、儂宛に便りが来ての。シリュウからかと思ったが、サザンガルド本家からの便りらしい。それも3通もあるようじゃ」
コウロンはサトリにそう説明する。
「3通とも同じ差出主か?」
サトリがコウロンに聞き返すが、カシュンが代わりに答えた。
「違うっすよ~。配達の依頼主はサザンガルド本家っすけど、手紙はサザンガルド本家の当主とサザンガルド分家当主と、シリュウって人かららしいっす」
「ほう!シリュウの手紙もあるのか!先にそれを言わんかい!」
笑いながらコウロンはカシュンの方をバシバシ叩く。
カシュンは思ったより重い衝撃にたじろいでした。
「とりあえずシリュウからの手紙を読め。それでなぜサザンガルド本家と分家からも手紙が来たのかわかるだろう」
サトリがそう言ってコウロンに手紙を読むことを促す。
「……そうじゃな…え~と……………ふむふむ………なんじゃとぉお!?……ふむふむ…くっくっく…」
コウロンが手紙を読む進めると、驚いたり、笑ったりするので、サトリは訝しい表情になった。
コウロンがシリュウの手紙を人通りと読み終えた後に、サザンガルド本家とサザンガルド分家からの手紙も開封し、こちらは流し読みをした。
「なるほどのぅ…サトリ……シリュウは旅立って早々とんでもないことをしたようじゃな…」
「何をしたのだ?」
「どうやらサザンガルド分家の令嬢と恋に落ちて、そのまま結婚するつもりじゃと。分家と本家の当主からも了承を得たらしい。この手紙は儂にサザンガルドまで来て、その令嬢を儂に紹介したいと。更にセイトへサザンガルド家と共に向かい、皇家へ結婚の許可を貰いに行きたいそうじゃ」
「…結婚!?サザンガルド家の令嬢!?……いやはや、シリュウがどんな旅をするか楽しみであったが、まず最初に伴侶を決めるとはな……それにしてもよく分家とはいえ、サザンガルド家の令嬢との結婚を当主達が許したな」
「どうやら、サザンガルド家がエンペラーボアの肝を至急に必要じゃったらしく、エンペラーボアを単騎で狩って、それを献上したようじゃな。サザンガルド分家と本家の当主の手紙にも、シリュウはサザンガルド家の恩人じゃと記されておる」
「エンペラーボアを単騎で……成長したな…」
「のう…2年前は、儂と共に2人で狩ったというに…」
コウロンは手紙をサトリにも渡した。
「……ふっ…未体験のものに心躍らせている様子が目に浮かぶな」
サトリはシリュウからの手紙をみて微笑んだ。
そんな2人を見て、蚊帳の外だった手紙の配達人カシュンがおずおずと聞いた。
「あの~お楽しみのところ悪いっすけど、手紙の返事もらえないっすか?返事をもらうかどうかで、報酬が金貨50枚も変わるんすよ~。頼むっす~」
カシュンが手を合わせてコウロンに頼み込んだ。
「いやはやすまんな、1時間ほど待ってくれるか?すぐ用意するのじゃ」
「ありがたいっす!待つっす!」
そう言ってコウロンは住んでいる木屋に戻り、カシュンはご機嫌に待っていた。
そうして1時間後、木屋から出てきたコウロンの手には手紙はなかった。
その代わり冒険者のように袋を体に幾つか括り付け、大柄の槍を持っていた。
「……あの~返事の手紙は?」
「必要あるまい。なぜなら儂が直接サザンガルドへ行くからのう。案内を頼めるか?」
「…え!?まじっす!?……この場合どうなるんすか……報酬は…返事の手紙をもらうことだし…」
「な~に、ギルドに渋られた時は儂が説明してやるわい。それに案内の費用と報酬は別に儂から支払おう。実費込みで金貨100枚で足りるか?」
コウロンからの申し出にカシュンは歓喜する。
上手くいけばカシュンは、ギルドから150枚、コウロンから100枚の金貨が貰える。
金貨250枚は一般の兵士が1年間に稼ぐ金額とほぼ同等だ。
Aランク冒険者のカシュンもこのくらいの金額の契約は珍しくないが、実費込みでもサザンガルドまで案内するだけなら破格の金額だった。
「もちろんす!十分っす!宿と馬車の手配も任せるっすよ!」
「そうか、では頼む。サトリよ、このエクトエンド村の留守を頼むぞ」
コウロンが準備している時も、木屋の近くにある切り株に座って読書していたサトリに、コウロンはそう声を掛けた。
「…皇都へと行くのか?」
サトリが問う。
「あぁ、もちろんじゃ。シリュウが結婚したいと言うでのう。祖父としてそれくらいは何でもないぞ」
「皇都に行けば、ただの結婚の申請だけでは済まないだろう。わかっているのだな?表舞台に帰ることになるってことを」
「もちろんじゃ。ついでにドラゴスピアをシリュウに譲って、名実ともにご隠居になろうと思っての」
「……シリュウの皇国軍への仕官か…確かに家督を譲るタイミングとしては丁度いいのかもな…俺は行かなくて大丈夫か?」
「皇都に行くと、臭すぎて鼻が曲がるのじゃろう?大丈夫じゃろう。それにサトリまで連れて行くと、過保護じゃろうの!」
「…ふっ…そうだな、俺はあそこで飼われている肥え太った豚の脂汗が臭すぎて、息ができん。シリュウによろしくな」
コウロンはサトリに手を振って、カシュンと共にエクトエンド村を出発した。
「カシュンと言ったな。行程は任せるぞ。のんびりサザンガルドに向かっても良いからの。久しぶりにエクトエンドから出るのじゃからなぁ。色々見ていきたいもんじゃ」
「え~。でもサザンガルド本家からは、返事を貰ったら一刻も早く帰って来いって言われてるっすよ」
「……ふむぅ…そんなに儂に会いたいのか…仕方あるまい。ほれ行こうぞ」
そう言うコウロンの顔は、笑顔に満ち溢れていた。
久しぶりに孫と会える喜びか
孫の伴侶と会える楽しみか
久しぶりに外の世界に出る高揚感か
こうして皇国の英雄は、再び表舞台へと帰る。
臥龍を携えて
第2章「臥龍天昇、皇都に舞う」へ続く
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