第18話 シエナ防衛戦①〜見せてくれるもの
烈歴 98年 7月14日 20時43分 農耕街シエナ 西門付近
今日の昼、サザンガルド冒険者組合で滞在中に、偶然緊急クエストが発生したことを知った僕とビーチェは、その場で冒険者登録をして、漆黒の盾の『Gランク冒険者シリュウとビーチェ』として、マストロヤンニさんと共に、魔獣狩の大群に襲われるであろう農耕街シエナまで来ていた。
ちなみに冒険者登録をその場で行ったのはビーチェの提案で、ビーチェ曰く「休暇中の海軍将校が、陸軍の主戦場に出張るのは、陸軍の中で面白く思わない連中がおるじゃろうし、後々面倒じゃて。冒険者身分で参加した方が後の処理はギルド長のグッチに丸投げできるじゃろうて。かっかっか!」だそうだ。
正直よくわかってないが、ビーチェが言うならそうなんだろうね。
それに漆黒の盾にメンバー登録してはどうかとビーチェが提案した時のマストロヤンニさんのあのキラキラした目を見せつけられたら断れないって
そんなマストロヤンニさんは漆黒の盾約50人の集団を先頭で意気揚々と先導して行軍している。
「……お前ら…!……漆黒の盾の……一番の大仕事…だ…!気合い…入れてけ!」
先頭で声掛けをしながらクランの士気を率先して上げるマストロヤンニさん
「……こんなにやる気のテオはいつぶりよ……?」
「僕は久しく見てないね。シリュウさんが見てる手前だからかな?」
そんなやる気マンマンのマストロヤンニさんを冷ややかな目で見ているのはクランの副リーダーであるナナリさんとNo.3であるカトリくんだ。
「ああいうマストロヤンニさんって珍しいの?」
僕がナナリさんとカトリくんに尋ねた。
「ええ。シリュウ准将のことになると猪突猛進になるテオだけど、普段の戦闘スタイルやクランの運営方針は保守的なのよ。基本はメンバーが突っ込んで行ってそれをテオがフォローするのがうちのカラーね」
「……突っ込んで行く筆頭がよく言うよ………あだっ!?」
ナナリさんの回答に茶々を入れたカトリくんがナナリさんに拳骨をお見舞いされていた。
「ほう…てっきりマストロヤンニの暴走をナナリ嬢が抑えてるもんだと…」
ビーチェがそう言うが、晩餐会からギルドでの仕官の場面でのマストロヤンニさんしか知らない僕も同じように思った。
「いやいやとんでもない。テオ兄が暴走するのはシリュウ准将絡みだけです。普段は姉さん筆頭に怖いもの知らずのガキ共が、魔獣に突っ込んで行くのをテオ兄がフォローしてるのですよ。フォローというより……子守?」
「……カトリ……あんた死にたいのね?」
「ひえぇ……」
握り拳を作って凄むナナリさんに慄くカトリくん
そんな2人の間にさっと入るマストロヤンニさん
「……いいんだ、カトリ。恐れ慄いて動けないより……よっぽどいい。それに……ナナリの果敢さに助けられることも多い……俺たちは……未熟で不完全だからこそ……補い…助け合うんだ…」
「!!」
僕はマストロヤンニさんのその言葉に感動した。
この人は、その人特徴を肯定的に捉えて、そして律しながらも、助け合うことを信条としている。
短い言葉たが、テオドーロ・マストロヤンニがどういう人物なのか伝わってきた。
「テオ……まぁ…あんたが?そういうなら?…いいけどさ!」
「テオ兄……助かったよ…」
赤面しながら怒りを収めるナナリさんと冷や汗を拭い礼を言うカトリくん
マストロヤンニさんの仲介で2人の諍いも収まる。
「ほう…武だけではなく、統率もできるのかや。流石はSランク冒険者じゃのう」
ビーチェもマストロヤンニさんに感心している。
「うん。これは漆黒の盾がどういう戦闘をするのか楽しみだよ」
僕は何気なしにそう言う。
するとマストロヤンニさんがその言葉を大仰に捉える。
「お任せあれ…!必ずや…あなたの冒険者における初陣に華々しい勝利を…!」
「いやいやそんなの大丈夫ですって。いつも通りの漆黒の盾を見せてください」
「……はっ!」
そして敬礼をするマストロヤンニさん
それを近くで見ていたナナリさんとカトリさんは寂しそうに言う。
「……テオの冒険者稼業…最後の戦いかもね。せめてシリュウ准将に雇われるよう私たちも足を引っ張らないようにするわよ」
「……そうだね。これはテオ兄の好機なんだ。僕らも独り立ちしないとね」
マストロヤンニさんは僕の下で雇われることを強く望んでいる。
僕もマストロヤンニさんほどの強者を私兵として部下にできるのはかなり魅力的なので、マストロヤンニさんがドラゴスピア家の私兵になることはほぼほぼ既定路線だ。
でもそれだけじゃない。
僕がこの戦いでマストロヤンニさんが……漆黒の盾が見せてくれるあるものを期待していた。
そんな風に会話しながら行軍していると農耕街シエナの姿を捉えた。
時刻は夜遅くだが、町全体には灯りが爛々と輝いていた。
確かに村というにはあまりにも発展しすぎており、都市というには小規模な街で、木造建築と石造り建築が調和している街並みは、息を吐くほど幻想的だ。
街は丘の上に立っているようで、街を頂点に周辺には畑や棚田などの田園風景が広がっていた。
これが農耕街シエナ
この美しい街を僕たちは守るのだ。
万を超える魔獣の群れから
僕はその決意を噛み締めるように、龍槍ガルディウスを強く握りしめた。




