【閑話】シエナ防衛戦~軍議
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烈歴 98年 7月14日 17時23分 軍都サザンガルド 3区(華族区)フォン・サザンガルド邸 大会議室
サザンガルド山脈からのスタンピードの対応を協議するために、フォン・サザンガルド家の本邸の会議室には、サザンガルドを代表する早々たる面子がずらりと着座していた。
この地域一帯の領主であり、この軍議の議長でもあるシルベリオ・フォン・サザンガルド
サザンガルド領邦軍を指揮するシルベリオの弟 オルランド・ブラン・サザンガルド
領邦軍の中心となるサザンガルドの武家の名門の当主達
アバーテ家当主 フィルミーノ・アバーテ
カンナヴァロ家当主 ガエターノ・カンナヴァロ
コンパニ家当主 ジッロ・コンパニ
軍都庁長官 ウベルト・ヴェントゥーラ
サザンガルド冒険者組合本部長 チェリオ・グッチ
サザンガルド商業組合 会頭 エットレ・コルシーニ
サザンガルド鍛冶組合 筆頭理事 ヤコボ・コッツィ
軍都銀行 頭取 エルネスト・ルオポロ
そしてサザンガルド駐屯の陸軍の代表として座する皇国陸軍 中将 サンディ・ネスターロ
サザンガルドの全てが今ここで決することができるほどの面子が集まったこの場所で、議長であるシルベリオは徐に会議を開始する。
「皆忙しい身なれど、迅速に集まっていただいたこと感謝する。これよりサザンガルド山脈からのスタンピード…『シエナ防衛戦』についての軍議を開始する」
シルベリオの開催の宣言にて、場の空気が一掃引き締まった。
「まずは状況の説明を……オルランド」
「はっ!現在の状況を説明します。シエナの真東に位置するサザンガルド山脈麓にて魔獣の大群を目視で確認しております。その数約3万とのこと。また大多数の魔獣がBランク程度と推察され、一定数Aランク魔獣も確認されています。またサザンガルド山脈の主であるSランク魔獣『獄炎鳥フェニーチェ』は、ここ数週間姿を確認しておりません。以前ならサザンガルド山脈の頂上にて、温厚に生息していたのですが…」
オルランドの説明に会議室がどよめく。
「魔獣がさ、3万…!?…未曽有の危機ではないですかな!?」
サザンガルド商業組合の会頭エットレ・コルシーニが冷や汗を掻きながら言う。
「……肝の小せぇ野郎だ…そのくらいでビビってたら軍都で暮らしていけるかっ…!」
サザンガルドの鍛冶職人の模範的存在であるサザンガルド鍛冶組合 筆頭理事 ヤコボ・コッツィは犬猿の仲だるコルシーニの狼狽を容赦なくこき下ろした。
「リ、リスクの話です…!そのような魔獣の群れがサザンガルドを襲撃したら金貨が万単位の被害が出ますぞ…!?」
コルシーニが現実的な被害金額を挙げ、周りに同意を求めたが、反応は冷ややかなものであった。
「コルシーニ殿…今はお金がどうという話ではないと思いますよ…シエナの街に住む人の安全を心配すべきではないでしょうか…?」
落ち着いた口調ながら商業組合の会頭であるコルシーニを諭しているのは、軍都銀行の頭取エルネスト・ルオポロ
「あなたも金融の人間なら被害総額は気になるでしょう…!?」
「それは実際に被害を受けてから考えます。今はその被害を受けないようにするための軍議では…?私達は軍事に関しては門外漢です…まずは領邦軍の方にお任せしましょう…」
「ぐぬぅ…!?」
「へっ…!」
ルオポロの冷静な発言に答えに窮するコルシーニとそのコルシーニの醜い姿が滑稽で思わず笑みがこぼれたヤコボ
「……失礼…状況の説明を続けさせてもらいます」
そしてオルランドが再び状況の説明を開始する。
「魔獣3万に対し、こちら側の戦力はサザンガルド家1万、カンナヴァロ家3千、コンパニ家3千、陸軍から5千の計2万1千、そしてこれに冒険者ギルドの冒険者達で構成された義勇軍が加わります」
オルランドが説明したと同時に、カンナヴァロ家とコンパニ家の当主が立ち上がり礼をする。
「守りに関しては我らが一番…カンナヴァロ家にお任せを…」
「なんの…魔獣相手だろうが守りに関しては、このコンパニ家も譲りませんぞ」
互いに笑顔で張り合うように言うガエターノ・カンナヴァロとジッロ・コンパニ
「両家とも頼りにしている。それにしてもネスターロ中将…5千も援軍とはかたじけない」
シルベリオは隣に座っているサンディに対して礼を言う。
「大したことはない。それにその5千も新兵や若輩が多い。熟練兵はノースガルドに移してしまったからな」
「いえいえ!それでも陸軍の5千は大変ありがたいですぞ…!感謝申し上げます!」
オルランドは立ち上がりサンディのお礼を言う。
「それで…グッチ、冒険者の義勇軍の方はどうだ?」
シルベリオは冒険者ギルドをまとめるチェリオ・グッチに尋ねる。
「それがよう…『黄金の槍』と『漆黒の盾』は受注した。その他中堅どころのクランもほとんどが義勇軍に参加しているが……『白銀の剣』は辞退しやがった」
「「「「!!!???」」」」
グッチの発言に一同は驚いた。
「なんと!?」
「この危機に立ち上がらぬとは…!」
「所詮冒険者風情よ」
「軟弱者達が!」
それもそのはず
有事の時こそ冒険者が成り上がる好機であるはずなのに、『白銀の剣』はその好機をみすみす逃し、サザンガルドの有力者達から反感を買う選択肢を選んだのだ。
「…それは先日の一件が理由か…?」
シルベリオは、先日のシリュウとベアトリーチェをお披露目した晩餐会で、『白銀の剣』のクランリーダーであるインカンデラがマストロヤンニと喧嘩になり、さらにはシルベリオの長男であり軍都庁総務局長の職に就いているシルビオに公衆の面前で叱責された件を思い出していた。
「…多分な。『俺達がいないと困るだろう?』みたいな幼稚な理由だと思うぜ。はぁ…その代わり『白銀の剣』よりかよっぽど頼りになる援軍もいるから問題ないだろう」
グッチの発言に一同は首を傾げた。
「…『白銀の剣』より…?腐っても奴らはサザンガルドを代表する冒険者だろう?それも100人規模の…それよりよっぽど頼りになる援軍とは?」
シルベリオはグッチに問うた。
そしてグッチは苦笑いしながら答えた。
「よくご存じだろう?…シリュウ・ドラゴスピアとベアトリーチェ嬢だよ」
「「「!!!」」」
グッチの発言にまた一同は驚く。
「なぜ…シリュウ殿とベアトリーチェが?」
オルランドがグッチに尋ねた。
「緊急クエストの布告をした時にたまたま冒険者ギルドにお二人がいたのさ。そしてその場で2人とも冒険者登録をして『漆黒の盾』とともにシエナへ向かった。俺も流石にまずいと思って止めようとしたんだが……マストロヤンニも乗り気で、場の雰囲気的にはとても止められなかったな」
グッチが頭を掻きながら説明する。
「ほっほっほ!海軍の准将ともあろうお方が、律儀に冒険者登録までして参戦するなど…若いですなぁ」
軍都庁長官のウベルト・ヴェントゥーラは、シリュウとベアトリーチェの行動を愉快に感じて笑う。
「まぁシリュウ准将とベアトリーチェがシエナに行っているなら話は早いな。あそこの街はもう安泰だろう。問題は魔獣の殲滅と『元』を断つことだな」
「ネスターロ中将…どういうことだろうか?」
サンディの発言を全て汲み取れなかったオルランドが尋ねる。
「まずシエナの防衛だが、陸軍の5千だけで問題ない。あそこにはシリュウ准将とベアトリーチェの他に、王家十一人衆からパオ・マルディーニ少将とマリオ・バロティ少将も向かう予定だ。あと腕の立つ知り合いが2人たまたまそこに滞在しているから戦力的には問題ないだろう」
「では我ら領邦軍は…?」
「魔獣の殲滅と『元』を断つことに人員が大量に必要だ」
「魔獣の殲滅は分かるが、『元』とはどういうことだ?ネスターロ中将」
オルランドに変わって、シルベリオがサンディに問う。
「ここ数日の魔獣の動きの流れを聞いた。これは明らかに『誘導』されている魔獣の動きだ。それも人の手でな」
「「「「!!!???」」」」
今日一番のどよめきが会議室を襲う。
「どういうことだ!?」
「そのまんまの意味さ。これはある特殊な道具で魔獣の動きを誘導している奴がいる。こいつを捕まえないと、サザンガルド山脈中の魔獣がサザンガルド一帯を襲うだろう」
「そんな道具があるのですか…?」
ウベルト・ヴェントゥーラがサンディに問う。
「ある。詳細を語るにはあまりにも政治的な問題を孕んでしまうなぁ。ただ陸軍中将サンディ・ネスターロの名において誠実に誓う。『これは人為的に誘導されている魔獣の動きだ。その誘導している人間を抑えないとスタンピードは止まらない』」
「……では急ぎ領邦軍を魔獣殲滅部隊と調査隊に分けねば!」
「そうだな。でも調査隊を1000程融通してくれたらいい。それも機動力のある部隊を」
「なら…アバーテ家だな。機動力に関してはサザンガルドにおいてアバーテ家の右に出る者はいない」
「はっ!アバーテ家当主、フィルミーノ・アバーテでございます!なんなりと!」
フィルミーノ・アバーテはその場で立ち上がり、サンディに向けて敬礼する。
「よろしく頼む。こちらもとっておきの調査隊で向かうぜ」
「とっておき…?どのような人員で向かうのだ?」
「ファビオ・ナバロとレア・ピンロ…皇国が誇る武と知の最強コンビさ」
サンディ「……奴ら…ついにはここまで動いてきたか…俺も悠長なことをしてられねぇな…」




