【閑話】とある夫婦の小さな新婚旅行〜次の目的地
烈歴 98年 7月14日 16時5分 農耕街シエナ 宿屋『豊穣の酒場』
シリュウ達がサザンガルドの冒険者本部にて緊急クエストの知らせを聞いたほぼ同時刻
農耕街シエナのとある宿屋の一室で、とある新婚夫妻が旅の疲れを癒していた。
「ふぅ〜…サザンポートからシエナまで徒歩で来たが、なかなかの丘陵地帯だったな」
「そうね……それにしても見事な麦畑と果樹園だったわ…」
ここにいるのはアウレリオ・セレノガード子爵とその妻ヒルデガルド・セレノガード
シリュウの結婚式に出席するリータ・ブラン・リアビティとその娘ルナ・ブラン・リアビティの護衛任務としてサザンガルドに随行していたが、リータの勧めもあってここ数日は休暇をもらい、サザンガルド一帯を新婚旅行のように回遊する予定だ。
今はサザンポートでリータと別れ、最初の目的地であるシエナに到着し、皇都からの旅の疲れを宿の一室で癒していた。
シエナの見事な作物畑に感動しているヒルデガルドにアウレリオは解説をする。
「このシエナは元々はサザンガルド一帯の食料を賄うほどの生産量を持っていたが、近年さらに農業改革が進んで今や皇国一の食の大生産地だ」
「……皇国一…?凄いわね…」
「どうやら領主の妻がタキシラの一族らしくてな。タキシラから農業の研究者を引っ張って来て先進的な農業技術を導入した結果生産量が爆増したのだ」
「タキシラ……皇国が誇る叡智の街ね」
「流石に皇国に疎いヒルデガルドでもその名は知っているか」
「ええ。帝国にも帝都の近くにリンテルンという学術都市はあるけど…タキシラに比べればどうかしらね?」
「タキシラと学術においてこの大陸で対抗できるのは、帝国のリンテルンと王国の王都ルクスルくらいだろうな」
「一度行ってみたいわ…」
「心配しなくても、このサザンガルドでの所用が終われば次はタキシラだ」
「…そうなの?」
「ああ。皇位継承争いの最後の下準備のためにな」
「……皇位継承争いとタキシラがどう絡んでくるの?」
「皇位継承には王家十一人衆が開催する『円卓会議』と政庁の大臣達が開催する『閣議』の承認が必要だ。『円卓会議』は海軍4人と陸軍3人がリタについたから、こちらが過半数を抑えているため決定権は皇妹派にある。しかし『閣議』はこちらはアンブロジーニ商業大臣、サルトリオ外交大臣、ルイーゼ国土大臣の3人が皇妹派だが、財務大臣、民部大臣、宮内大臣は皇王派だ」
「数では同数…ってこと?」
「数は同数だが、皇都での影響力を鑑みると実際のパワーバランスは向こうの方が上だな。予算を抑える財務大臣、皇宮を抑える宮内大臣、皇都に影響力のある民部大臣、いずれも華族の取り込みにおいては有利な役職だ」
「…それとタキシラがどう関わるの?」
「残りの一つは教育大臣だが、ここの選定はタキシラが実質的に選定している。選挙権や被選挙権は華族にあるが、教育省の役人はほぼほぼタキシラの学術界隈の人間だ。彼らは教育大臣ではなく、タキシラの実質的トップのタキシラ大学理事長に従うのさ。だから教育大臣はタキシラ大学理事長が指名した華族が就任することが慣例になっている」
「……大臣の選定権があるなんて、物凄い権力者ね…大学の理事長で…」
「タキシラで学んだ繋がりは家族よりも強いと言われている。所謂『学閥』という奴だな。そしてタキシラの数ある研究機関、教育機関の頂点に立つのが皇国最高学派『タキシラ大学』だ。年に1度、皇国中から3000を超える受験者が挑戦するが、合格者はたったの100人…」
「……競争率…凄いわ…」
「しかも入って安泰というわけではない。定期的に課される最新学説までも考慮しなければならない難関な考査で基準点を下回れば一発で退学…入学も困難だが、卒業も困難、それが『タキシラ大学』だ」
「………聞けば聞くほど…武しか能がない私には別世界の話ね…」
「ははは!私はヒルデガルドは聡明な女性だと思っているぞ。君なら学べば届くだろう」
「……そんな…褒めすぎよ……でもリオ様なら入れたんじゃない?……皇都の名門を首席で卒業したんでしょ?」
「『入る』だけなら難しくはなかったが…私には…」
「あぁ…お義母様ね…皇都で1人にはできないと…」
「その通りだ。当時の私ではタキシラまで母を連れてはいけなかったからな。しかしサンディ中将を見ていると、私もやっていけたかは、自信がないな」
「ふふふ、あなたなら大丈夫……きっと…」
「ありがとう。話が少し逸れたが、次の目的地がタキシラであることは大体わかったか?」
「ええ…今『閣議』で皇王派と皇妹派が3:3…残る1票を教育大臣が握ってる…」
「そうだ。この国の行く末を知らずのうちに握っているタキシラ大学の理事長を取り込みに行く」
「……勝算は?」
「わからない。とりあえず会ってみるそうだ。それに鍵となる人物も同行してもらう」
「……誰…?」
「シリュウ准将さ。リタ曰くタキシラを取り込めるかは彼次第らしい」
「………どうしてなのかはわからないけど、なんか納得ね…不思議な星の下に生まれてるもの…あいつ…」
「はは!違いない。きっと彼の側にいれば退屈しないだろうね」
「……あいつと結婚するベアトリーチェ……苦労するわね…」
「苦労?大丈夫さ。苦労はするより、分かち合えない方が辛いだろう?」
「……確かに…あなたと共に生きていけるなら苦労なんて…」
「私も同じ気持ちだ。それに彼らもそうだろう」
「……そうね…ではもう少しゆっくりしてからお祝いしてあげようかしら」
「……そうだな。次にいつになるかわからない貴重な休暇だ。存分に満喫させてもらおう」




