【閑話】急な欠席~不穏な報告
烈歴 98年 7月12日 23時38分 軍都サザンガルド 3区(華族区)軍都迎賓館 控室
本日の晩餐会を終えた主催者であるサザンガルド領主シルベリオとその弟でありサザンガルド領邦軍の総司令オルランドは2人きりで、紅茶を飲みながら本日の晩餐会を省みていた。
「……ふぅ…冒険者たちのいざこざがあったが、概ね想定通りだな。シリュウ殿に無礼な輩もいたがそれ以上に好意的な人物もいて、シリュウ殿は満足そうに帰ってもらった。……ただスザンナの説教は今から億劫だな…」
「…それは私も同じだよ…兄さん…アドリアーナが仁王立ちして屋敷で待っているらしい…今日はここに泊めてもらおうかな」
この2人は先ほどの晩餐会でシリュウが『白銀の剣』のバルトロ・インカンデラに絡まれていたところを助けず、妻であるスザンナとアドリアーナの怒りを買ってしまっている。
シルベリオの嫡男のシルビオがシリュウを颯爽と助けたことも相まって、シルベリオとオルランドは妻達の説教を恐れてるのだ。
「……急な会議でもでっちあげて残るか?…」
「幸い面子は揃っているしね…はぁ…」
2人はこれから降りかかるであろう雷雨にも等しい災害を恐れてため息をつく。
「しかしコルラード殿は結局参列されなかったね?兄さんには報告は来ているかい?」
ここでオルランドは思い出したかのように、王国との国境であるフォース砦を守護するコルラード・トロヴァートが欠席したことをシルベリオに問うた。
「いや、私には遅れて参列すると文があったがな。体裁良く断られたか?」
「それはないね。コルラード殿はシリュウ殿に感謝を伝えたかったはずさ」
「感謝?コルラード殿とシリュウ殿はお知り合いなのか?」
「ははは!やはり軍事には疎いね、兄さんは」
「む。どういうことだ」
「コルラード殿はシリュウ殿に非常に感謝しているのさ。なぜならサザンガルド一族のベアトリーチェの夫であるシリュウ殿が王国のシャルル王に名指しで友人扱いされたものだから、王国側から皇国側への軍事的圧力が皆無になった。これによりフォース砦付近の安全保障問題が見違えるほど改善された。タレイランの兵もフォース砦どころか前線地域にも現れないらしく、哨戒業務を削減したり、狩りの範囲が広まったり、フォース砦の兵士の生活事情が大幅に改善されたんだよ」
「ほぅ…シリュウ殿の活躍でそんなところまで良い影響が及んでいるのか」
「まさに。シリュウ殿の活躍の恩恵は現場の人間ほど感じているよ」
「……つまり…シリュウ殿の活躍に懐疑的な者は…」
「現場に出てない人間だね。インカンデラは管理職の真似事に終始して、剣を振るうことはなくなったようだし、ペトルッチも士官学校で学校運営の政治や外交に手一杯のようだ。あと世間知らずの領邦軍の嫡男達だね」
「……領邦軍の方はどうなのだ?シリュウ殿に関しては」
「領邦軍のアバーテ家、カンナヴァロ家、コンパニ家の当主は概ね好意的だ。アバーテ家なんて自身の娘を側室にと打診があったくらいだからね。もちろんシリュウ殿は側室を持たない意向を示しているから私の方で断ったが……懐疑的なのは嫡男達だね。みなベアトリーチェとの婚姻を狙っていたもんだから、素性の知らないシリュウ殿に掠め取られたと思っているのさ」
「…ふぅむ…シリュウ殿がこれから付き合うのはその嫡男達の世代なんだがな」
「まぁ彼らも武人の端くれだ。戦場でのシリュウ殿を見れば考えもすぐに変わるさ」
「確かにそうだろう。まぁ戦場に共に立つことなど、ないに越したことはないがな」
「違いない」
オルランドはシルベリオの発言に微笑む。
コンコン
そんな中、扉をノックして入ってくるものがいた。
「失礼しますぞ。シルベリオ様、オルランド様」
「ウベルト、どうした。こんな夜更けに」
入って来たのは、軍都庁長官のウベルト・ヴェントゥーラ
書状を一枚手に持っている。
「いささか失礼だと思いましたが、万が一のことがあっては緊急性の高いものと判断しましたゆえ参りました」
「ウベルト殿が緊急性が高いと判断?どういうことですか?」
オルランドがウベルトに問う。
「はい。実はコルラード殿が欠席されたのは、どうやらサザンガルド山脈にて魔獣の様子がおかしいとフォース砦の哨戒班が気付き、緊急でサザンガルド山脈を調査している模様です」
「魔獣の様子がおかしい?どういうことだ、ウベルト」
「コルラード殿からの第一報では、哨戒班によるとここ数日サザンガルド山脈にて魔獣がほとんど見かけないそうです。これはおかしいと今晩の晩餐会を急遽欠席し、コルラード殿が陣頭指揮を執ってサザンガルド山脈中を調査しているのです」
「魔獣が見かけない?サザンガルド山脈はSランク魔獣、獄炎鳥『フェニーチェ』が頂点に君臨する魔獣の巣窟でしょう…?魔獣をほとんど見かけないとは…まさか!?」
「はい。コルラード殿はスタンピードの前兆と危惧しております。なので念のためシエナ、テラモの街に防衛体制を敷くように進言もいただいております」
「馬鹿な!サザンガルド山脈のスタンピードなど聞いたこともない!」
「おっしゃるとおり。サザンガルド一帯がスタンピードに見舞われたことは幾度もありますが、それは全てハトウ、エクトエンド方面からでございました。サザンガルド山脈からのスタンピードは私も過去の記録を辿りましたが、伝承すら見つけられませんでした」
「ウベルト殿が見つけられないのであれば、概ねなかったのであろう。…それにしても…こんな時期に未曾有のスタンピードの危機だと?……シリュウ殿にはなんと言えば…」
「まさに。できるだけ穏便にすませる。オルランド、領邦軍をどれだけ動かしてもかまわん。コルラード殿の調査に協力せよ。万が一スタンピードが発生してもシエナ・テラモより魔獣たちを近づけさせるな」
「了解だよ。すぐにフォース砦へ援軍を派遣しよう。杞憂であればいいけど」




