第9話 サザンガルド晩餐会②~『軍都庁長官 ウベルト・ヴェントゥーラ』
サザンガルド領主であるシルベリオさんの紹介と共に登場した僕とビーチェは会場中の注目を集めながら、用意された主賓席へと腕を組みながら行進した。
そして主賓席でビーチェと腕を組んで着座し、シルベリオさんの進行を待つ。
「さて諸君がシリュウ殿とベアトリーチェと早く歓談したくてウズウズしているだろうが、簡単に2人の紹介をさせてもらう」
シルベリオさんはそう言い、使用人から紙を一枚受け取り、それを眺めながら僕達の紹介を始めた。
「まず新婦のベアトリーチェからだ。皆も良く知っているとは思うが改めて紹介させてもらう。我が弟オルランド・ブラン・サザンガルドの長女として出生し、幼き頃より武芸に優れた女子であった。齢10にしてブラン・サザンガルド家の騎士から一本を取ったことを皮切りに、その武芸の才を幼少の頃より発揮していた。極めつけは14歳の時に、『軍都武闘演舞』の『弟子部門』にて女子の身で優勝を果たした。その後はサザンガルド学院に進学し、文武共に優秀な成績で卒業。その後はブラン・サザンガルド家の領邦軍に属しながら、サザンガルドにて領地経営について学んでいたが、シリュウ殿と出会い婚姻を結んだ。シリュウ殿が皇国海軍に入隊する際に、連れ添うように入隊をし、少尉の階級で現在活躍している。入隊から2か月しか経っていないが、海軍大将のゾエ・ブロッタ大将直々に『ベアトリーチェの活躍は見事』と文をいただいている。先日の帝国からの撤退戦においても、魔獣との遭遇戦において、一部隊を見事に統率し、なおかつ自らも数十頭もの魔獣を屠った軍功も上げている立派な軍人だ」
シルベリオさんによるビーチェの紹介に、参加者たちは沸き立つ。
「おお!流石は剣闘姫様……!」
「幼き頃より武勇に優れてはいたが、すでに海軍大将の信頼まで勝ち得ているとは…」
「陸軍だけではなく、海軍とも太いパイプが!サザンガルドは安泰だ」
「ベアトリーチェ様万歳!」
ビーチェの入隊後の活躍に参加者たちは盛り上がっている。
改めてビーチェの経歴を聞くと、ただの華族令嬢ではなく、幼少の頃よりその将来が渇望されていた存在なのだと思い知る。
そんな素晴らしい女性が僕の奥さんなんて、とても誇らしいと思った。
「うんうん。僕の奥さんはとっても凄いんだなぁ…!」
僕は何気なしにそう言ったが、ビーチェは苦笑いしている。
「妾も自分なりにはようやっておるとは思うが…これから聞くシリュウの紹介を思うと…のう…?」
ん?なんで?
僕が呑気に呆けていると、次に僕の紹介が始まる。
「続いては皆も気になるであろう新郎のシリュウ・ドラゴスピア殿の来歴を紹介する。シリュウ殿はあの皇国の英雄コウロン・ドラゴスピア殿の孫であり、幼少の頃よりコウロン殿と共に暮らしていた。詳細な出身地は諸事情により伏せさせていただくが、皇国出身であることは間違いないことを私の名において保障しよう。シリュウ殿は今年の4月にハトウを訪れ、その際にベアトリーチェと出会った。シリュウ殿は、ベアトリーチェと婚姻するためにサザンガルド家に、Sランク魔獣エンペラーボアを献上した。このエンペラーボアはシリュウ殿が単騎討伐したことをブラン・サザンガルド家騎士団長フランコ・ヴェントゥーラがその現場で確認している。そしてベアトリーチェと婚約したのちに、婚姻の許可を皇王様にいただくために皇都へ赴いた際に、皇都に急襲したインペリオバレーナを海軍少将パオ・マルディーニ少将とともに討伐せしめた。この功を持ってシリュウ殿は、皇国海軍に准将の地位にて遇され入隊した。入隊後はアルジェント王国とシュバルツ帝国への外交使節団の護衛団の副団長として、パオ・マルディーニ少将と共に各国を回った。アルジェント王国ではシャルル・アルジェント・ボナパルト王の危機を救い、シャルル王自ら友人と称されるほどの信頼関係を築いた。そして帝国では帝都滞在中にヴィルヘルム軍の急襲に遭うが、外交使節団を見事皇国まで撤退させ、なおかつ帝国十傑のエゴン・レヴァンドフスキを討伐し、またかの名高き『黒獅子』ロロ・ホウセンと一騎討の末に撃退した。この多大なる軍功をもってつい先日王家十一人衆に迎え入れられたのだ。わずか16歳でありながらも、すでにこの国を支える将軍となっているシリュウ殿と縁を結ぶことができた幸運を女神様に感謝したい」
シルベリオさんの僕の紹介が終わるが、ところどころ盛りすぎじゃないですかね?
そして参加者の反応は……様々だった。
「おお!素晴らしい武人だ!」
「16歳にして王家十一人衆とは…かの伝説の『ハヤブサ・ウエスギ』将軍以来じゃないか…?」
「わずか3か月の間にSランク魔獣を3体狩っているそうだ……狩猟者としても超一流ではないか…!」
「シリュウ殿…万歳!」
このように僕の活躍を素直に受け止めて盛り上がってくれているテーブルもある。
ただその対極に静まり返ってるテーブルもある。
また隣の参加者とあの話は本当なのか?と確認し合っているテーブルもある。
そんな各テーブルで反応が様々なため、会場の空気が変な感じになってしまった。
これがシルビオさんが言っていた、僕の評価がサザンガルドで割れているということなのか。
まぁ仕方ないね
これからこのサザンガルドの人達に認められるように僕も頑張らなきゃ!
その決意を胸に、ビーチェに話しかけようとすると……頬を膨らませて怒っていらっしゃった…
「ビ、ビーチェ…?」
「……シルベリオ伯父様…こちらへ…」
ビーチェは顔を無表情に変えて、シルベリオさんに手招きをする。
「諸君、しばし歓談を楽しんでくれ」
シルベリオさんの掛け声で、会場は歓談に包まれた。
そしてシルベリオさんが主賓席の方へ来てくれる。
「ど、どうした?ベアトリーチェ…」
シルベリオさんがおそるおそるビーチェに尋ねた。
そしてシルベリオに耳打ちし、いくつかのテーブルを指さして言う。
「あそこと…あそこ…そしてあっちのテーブル……退場させてくりゃれ」
「ちょ!?何言っているの!?」
まさかの退場指示をしていた……
ビーチェが指さしたテーブルは僕の紹介の時に静まり返っていたテーブルだった。
「だってシリュウの活躍に懐疑的な者など…この会場には不要じゃ…!妾達の結婚なのじゃ!…祝う気持ちのない者など要らぬ!」
腕を組んでツーンと怒ってしまったビーチェ
こ、これは……どうしよ…
そんなビーチェを見て、シルベリオさんがこめかみに手を当てて息を吐く。
「ベアトリーチェ…気持ちはわかるが、今日はシリュウ殿を知っていただく機会だ。まずは対話をしようではないか。それに彼らもサザンガルドの名士達…私達と関係がこじれては、困るのはわかるだろう?」
シルベリオさんが理論的にビーチェを諭す。
しかしビーチェはにべもなく答えた。
「困るのは伯父様と父様じゃて。妾達は皇都に住んでおるからこんな田舎の都市のいざこざなど知ったこっちゃないでありんす」
とんでもないことを言い出した……
取りつく島もなさそうなビーチェの態度にシルベリオさんが頭を抱え始めた。
主賓席でのトラブルの空気を感じ、こちらに視線を送っている参加者も出始めた。
………おいおいおい……どうしよう…
「僕は気にしていないよ。ビーチェが僕の頑張りを知ってくれていたらそれで十分だよ」
「……シリュウは心が広いのう。しかし…そんなシリュウを認めぬものがこの軍都の名士とは…片腹痛いのじゃ…!…やはり追い出すべきでは…!伯父様!」
「……しかし…!」
ビーチェの態度を軟化させようとシルベリオさんが色々説得しているが、ビーチェの機嫌は戻らない。
そんな風に僕達が困っていると
「おやおや?奥方様よ、旦那様を困らせるものではありませんよ」
優しい声をしたお爺さんが僕達に話しかけてきた。
「ウベルト…!…お前もベアトリーチェに何とか言ってくれ!」
「げげげ…!…ウベルト…かや…」
僕達に話しかけてきたお爺さんは、真っ白な髪をした眼鏡を掛けた華奢な老人だ。
そしてその顔は目を細めて笑みで満ちている温和な印象を与える人だった。
「ここで退場させても何も解決しますまい。それとも旦那様は化けの皮が剝がれるようなお人ですかな?」
「そんなわけあるまいて!むしろ剥いた方が凄いのじゃ!」
「なら堂々となさい。さすればおのずと理解されましょうぞ」
「……うぐぐぐ…!」
おお…!この状態のビーチェを言葉で宥めることができるとは…この人かなりできる人なのでは?
僕はもう抱きしめたりキスしたりと、力技で宥めてしまう。
そしてその老人は僕に向き合って、丁寧に自己紹介をしてくれた。
「お初にお目にかかりますぞ、旦那様。私はウベルト・ヴェントゥーラと申します。恐れながら軍都庁の長官を拝命しており、日々シルベリオ様よりご指導をいただく者でございます。この度はご結婚まことにおめでとうございます。以後よろしくお願いいたします」
軍都庁の長官さんか!
この軍都の内政を一手に担うサザンガルド自慢の行政家だ。
「こちらこそ初めまして!シリュウ・ドラゴスピアです。お会いできて光栄です」
「何をおっしゃいますやら。光栄なのはこちらの方でございます。皇国の…いやサザンガルドの英雄でああらせられますシリュウ殿にお目通しできて恐悦至極にございます」
「……いえいえ…!そんな大した奴じゃありません…それにサザンガルドではまだなにも成せていませんので…お恥ずかしながら」
僕がそう言うと、ウベルトさんはニコニコを笑いながら言う。
「はっは。シリュウ殿がサザンガルドで何も成せていない…?そう思っているのは目が岩石でできている愚か者しかおりますまい。それがこの会場にもいようとは、私は大変驚きです」
「…そう!そうなのじゃ!ウベルトはやはりわかっておるのう!」
「しかしその原因は何よりお嬢様…いや奥方様とお呼びしたほうがよろしいか?」
「え?どちらでもいいのじゃが…妾が原因?」
「そう…人の目を眼球から岩石に変えてしまう不治の病があります。その病の源がお嬢様なのですよ」
「……ビーチェが…眼球を岩石に変える病の源ぉ…?」
このウベルトさんの言いようは、僕はチンプンカンプンだ。
しかしビーチェとシルベリオさんが渋い顔をしている。
心当たりがあるようだ。
なんなんだよ……教えてくれよう…
僕がそんな風に混乱しているとウベルトさんは大きく笑う。
「はっは。旦那様は鬼神の如き武勇伝をお持ちですが、実際相対するとまさに無垢な少年ではございませんか。……その病とは恋の病でございますよ」
「……恋の病?」
「そう。先ほどシリュウ殿の紹介に静まり返ったテーブルは3つ。冒険者クラン『白銀の剣』、『サザンガルド士官学校』、そして『領邦軍』の嫡男達……いずれもベアトリーチェお嬢様に求婚していた者が着席している席でございます」
「…あぁ…そういうこと……長年狙っていたビーチェがポッと出の僕に奪われたことが気に食わないのか…」
「まさに!なので何も気にすることはありますまい。堂々としていなさい、ベアトリーチェお嬢様」
「うぐ……ウベルトの言う通りじゃのう…妾も頭が冷えたのじゃ」
おお…!あの状態のビーチェを完全に宥めた。
凄いなこの人
「……ウベルト…助かった」
「何の。若者の時間を老人がこれ以上とっては迷惑ですな。席に戻りましょうぞ。シリュウ様、ベアトリーチェ様、また軍都庁にお遊びに来なされ。歓迎しますぞ」
「ウベルトさん、ありがとうございました。滞在中に必ずお伺いします!」
「うむ。シリュウにも軍都庁を案内したいのじゃ。都合をつけて赴こうぞ」
「楽しみでございます。ではこれにて」
そう言ってウベルトさんは席へ戻っていった。
これがサザンガルドを支える行政家 軍都庁長官 ウベルト・ヴェントゥーラさんか…
「凄い人だね……傑物だ…」
「間違いない。長年サザンガルドの内政を治めてくれる稀代の行政家だ。私が領主としてやっていけるのも彼の存在が大きいぞ」
「ウベルトは、あのように場を収めることに長けておってのう…トラブルの仲裁に入ってもらうことも多いのじゃ」
「サザンガルドにとってなくてはならない人だね」
「間違いない」
僕達はウベルトさんの凄さについて語っていたところ、今度は4人の人が僕達の方へ挨拶に来た。
「あれは……誰だろう?」
「4人同時に来たかや…」
「知ってる?」
僕はビーチェに聞く。
そしてビーチェは答えた。
「ハトウ、リーゼ、テラモ、シエナ、サザンガルド周辺都市の領主達じゃよ」




