第5話 フォン・サザンガルド家への挨拶
烈歴 98年 7月12日 12時12分 軍都サザンガルド 3区(華族区)フォン・サザンガルド家 食堂
サザンガルドに到着した翌日、僕とビーチェは、サザンガルド領主でありビーチェの伯父のシルベリオさんのお家へ挨拶に来ていた。
それにドラゴスピア家の主な家臣である家令のブルーノ、会計役のトスカ、騎士団長のリナさんと執事見習いのキオンもフォン・サザンガルド家の使用人達との顔合わせのためについてきていた。
ドラゴスピア家のシュリットを始めとする他のメイド達は、ブラン・サザンガルド家にて、メイド業のお手伝いをしている。
ちなみに護衛騎士達は、リナさんを除いては、皇都にて留守番をしている。
あくまで今回は旅行扱いだからね。
何か護衛が必要な時は、サザンガルド家の騎士達を借り受けられるので、ドラゴスピア家で雇った護衛騎士10人の随行は不要なのだ。
フォン・サザンガルド家に着いて、ドラゴスピア家の使用人達と別れて食堂に案内された僕とビーチェは、待っていたシルベリオさん、その妻のスザンナさん、長男のシルビオさんに挨拶した。
ピエールさんは役所のお仕事で、アントニオ君は学校へ行っているらしい。
「久しぶりだな、シリュウ殿。それにベアトリーチェも。壮健そうで何よりだ。まずは王家十一人衆の就任をお祝いさせていただく。おめでとう」
相変わらず熊のような体格でスーツをギチギチに着込んだシルベリオさんが僕に握手を求めて挨拶した。
「こちらこそ、お久しぶりです。皇都ではセイト政務所の皆さんにお世話になりました。ありがとうございました」
「セイト滞在中のお心遣い、誠にありがとうございました」
僕はシルベリオさんと握手し、ビーチェはカーテシーで応えた。
「気にするな。貴殿らは我らが家族…あれはサザンガルド一族に連なる者のためにあるのだ」
「そう言っていただけると嬉しいですね」
僕とシルベリオさんの握手が終わるとシルビオさんが握手の手を差し伸べて来た。
「シリュウ殿!久しぶりだ。ベアトリーチェも元気なようで安心したよ。流石に帝国での一件はこちらも肝が冷えたからな…シリュウ殿、王家十一人衆の就任おめでとう。ベアトリーチェも立派に務めを果たしたようだな」
「シルビオさん!お久しぶりです!皇都ではありがとうございました」
「シルビオや。久しいのう。随分と顔色が良いのう…良いことでもあったのかや?」
ビーチェはシルビオさんの顔を見て、ニヤつきながら言う。
そんなビーチェの茶化しも、シルビオさんは軽く流す。
「茶化すな…何も面白いことなどないぞ?それに皇都では私は何もしていない。むしろこちらの方がお世話になったくらいだ。サザンガルドでの逗留で何か要望があれば何でも言ってくれ。可能な限り対応しよう」
おお…
相変わらずの超良い人で、頼りになる。
「ありがとうございます。できる限り迷惑をかけないようにします…」
僕は恐縮しながらそう答えた。
「はっはっは!シリュウ殿にかけられる迷惑など願ってもない。ベアトリーチェを娶ってくれたこと、鉄甲船の件に、カルロの回復、ルチアのことなど少しばかりこちらから恩返しさせて欲しいものだ」
シルビオさんが爽やかに笑いながら答える。
「妾を娶ってくれたぁ?まるで厄介者の荷物を引き取ってもらったようじゃのう?」
シルビオさんの発言に引っかかったのか、ビーチェは輩のようにシルビオさんに絡む。
本当に歳上の従兄弟にする態度ではない…
そんな輩相手にもシルビオさんは爽やかに対応する。
「お前の引き取り手がないという意味ではない。お前の立場やこのサザンガルドでの有力者達との関係性の観点から言ったのだ。サザンガルド外部の武の名門であり、実力が確かなシリュウ殿が娶ってくれたことで、お前も厄介事から逃れられただろう?」
ん?どういうことだ?
ビーチェは僕と結婚することで厄介事から逃れられた?
ビ、ビーチェはもしかして、厄介事から逃れたくて渋々僕と結婚したのか…!?
僕がそう悲観していると、僕の顔を見たビーチェが僕の考えていることがわかったのか、慌てて僕に弁明する。
「シ、シリュウや…!?違うのじゃぞ?妾は確かにシリュウを好いて一緒になったのじゃ!…厄介事から逃れたのは事実じゃがあくまで結果としてそうなっただけで……」
必死に涙目で弁明するビーチェ
そうだよね!
僕たちの間には確かな愛の絆があるのだ!
ビーチェがそんなことをする人ではないと僕は知っていた。
一瞬でもそんなことを考えたことを反省しよう。
「もちろん分かってるさ。でも厄介事とは?」
僕がシルビオさんに問うと、ビーチェが般若の顔でシルビオさんの胸ぐらを掴んだ。
「シ〜ル〜ビ〜オ〜……貴様……余計なことを言いおって……!」
「待て待て待て!!すまなかった!!ぐえぇ…!!」
シルビオさんはそのまま宙に浮いてしまう。
実の息子が胸倉を掴まれ宙に浮いているが、シルベリオさんは明後日の方向に顔を向け、スザンナさんは「あらあらまぁまぁ〜」と笑顔のまま止めない。
このままではシルビオさんが死んでしまうな…
「ビーチェ、僕は気にしてないから、そろそろ離してあげてよ」
「シリュウが言うなら……」
ビーチェはそう言って、シルビオさんを床に投げ捨てた。
ちょっ!!
ドサッ!
シルビオさんが床に着く前に、僕はシルビオさんの体を床に着く前に受け止めた。
危ない危ない……
「ゴホッ…ゴホッ….シリュウ殿…助かった…礼を言う…」
シルビオさんがむせながら言うが、完全にこちらの落ち度である。
「いえいえ……うちの妻が申し訳ありません…ほら!ビーチェも謝って!」
ビーチェに謝罪を催促するが、ビーチェは腕を組んでつーんとしている。
何でこんなに怒っているの?
僕が疑問に思っていると、意外にもスザンナさんがシルビオさんを責めて、ビーチェの肩を持った。
「それはこの子が悪いので、ベアトリーチェ悪くありませんよ〜。乙女の気持ちを蔑ろにした罰です〜」
「おお!流石スザンナ伯母様!話がわかるのう!」
乙女の気持ち?
どういうこと?
「詳細を話しても良いのですが、ベアトリーチェの気持ち次第ですね〜」
スザンナさんは少し困り顔で言う。
確かに、僕に知られたくないのだろう。
ビーチェの顔を見ると、確かに話したくなさそうだが、同時に申し訳なさそうな顔もしている。
「僕は別に大丈夫だよ?無理に話さなくて」
「シリュウ…」
僕は無理に話す必要はないとビーチェに伝える。
しかしシルベリオさんがビーチェに対して言う。
「話しておくのだ。遅かれ早かれ、今日の晩餐会でシリュウ殿にも知られる。なら誤解なきよう説明しておく方が良い」
「うぐぅ…….確かに伯父様の言うことももっともじゃのう……」
シルベリオさんの発言にビーチェも観念したように言う。
それに手を差し伸べるのはスザンナさん
「ベアトリーチェの口から説明するのも難しいのでは〜?あなたから説明した方が良いと思います〜」
「むっ…確かにそうだな。シリュウ殿には今日の晩餐会の前に説明しておきたかったからな。ベアトリーチェの話も含めて私から説明するとしよう」
そしてシルベリオさんは、僕らを席に着くように促し、座ったところで話を切り出した。
「それでは話そう、サザンガルドの現況とベアトリーチェの厄介事についてな」




