【閑話】サザンガルドの暗雲
烈歴 98年 7月12日 8時15分 軍都サザンガルド 3区(華族区)フォン・サザンガルド家 食堂
シリュウとビーチェ達がサザンガルドに到着した翌朝、サザンガルド領主シルベリオ・フォン・サザンガルドは、領主の住まいに相応しい邸宅の中でも、広々として豪華な調度品に囲まれた食堂にて、妻のスザンナ、長男のシルビオ、次男のピエール、三男のアントニオと共に朝食を取りつつ、今後の予定について、家族と改めて共有していた。
「ふむ、お前達、知ってるとは思うが昨晩シリュウ殿とベアトリーチェがサザンガルドに帰還したようだ。今日の昼過ぎに本家に挨拶に来るそうだ。昼食がてら会食でもてなす予定だ。体が空いているものは参加しなさい」
シルベリオは、ステーキを豪快に口に運びながら、フォン・サザンガルド家の家族達に言う。
「あらあら~久しぶりにお二人に会えるのね~楽しみです~」
シルベリオの妻スザンナはおっとりしながらもシリュウ達との再会を喜んでいる。
「皇都で別れてから2月近く経っているのか……あっという間だったな…」
シリュウと皇都で過ごしていたシルビオは、皇都でシリュウがインペリオバレーナを討伐した時のことを思い出しながら言う。
「兄さんは皇都で会っているのでしょう?僕とアントニオはサザンガルドで会ったきりなので、3月近く会っていませんね。それにしても大変な騒動だったみたいで」
次男のピエールは眼鏡の位置を調整しながら、シルビオの皇都での苦労を労った。
「ほんとにな……鉄甲船の買い付け交渉なんてするとは思わなかった…こんなことになるならピエールにもついて来て欲しかった…」
シリュウとビーチェがきっかけで手に入れた鉄甲船の買い付け交渉権を元に、シルビオは海軍きっての智者、『狐火』のフランシス・トティ中将相手に、連日の買い付け交渉を行っていた日々を思い出してげんなりした。
「いえ、私がいてもお役には立てなかったでしょう。私は数字には強いですが、商談の交渉等人の感情や心理、思惑等が絡むものはいささか苦手です。お役所の立場で財布を握る方が性に合っていますね」
ピエールは自身のことを、冷静にそう評価した。
ピエールの発言を、歯に衣着せぬ言い方で三男のアントニオが肯定する。
「ほんとにねー。ピエール兄さんは、良くも悪くも公平にものを見るよね。こないだだって、追加予算の陳情に来てた『軍都庁』の役人の人をばっさり切ってたし……」
アントニオの発言にピエールは小さく驚きつつ、アントニオに聞き返した。
「……お前…見てたのか?…どこで?いつ?」
「『学院』の社会科見学で『軍都庁』に訪問してた時だよ。ほら…財務局の部署がある廊下でたまたまピエール兄さんに縋り付く役人のおじさんを見たんだ」
「何というタイミングで見ていたのだ……しかしあれは向こうが悪いのだ。あれは『軍政局』の人間でな、『武闘大会』の警備費用の見積もりが甘く、現状の予算では足りないから追加予算を試算するようにとこちらが指摘していたにも関わらず、『軍政局』は大丈夫だと楽観的に見積もっていたのだ。おそらくシリュウ殿が『武闘大会』に参加する影響を過少評価していて、例年通りの予算で賄えると思ったのだろう。そして蓋を開ければ、シリュウ殿目当ての参加者が増えるどころか、帝国の十傑も参加することで帝国からの来訪者も増える始末……到底人手とそれを賄う予算が足りないと泣きついてきたのだ…馬鹿めが…」
ピエールは、その時のことを思い出しながら、苦虫を嚙み潰したような顔でアントニオに釈明する。
アントニオも大人の事情が透けて見えてしまい、苦笑いで応えるしかなかった。
「ははは……それにしてもシリュウさんは本当に凄いねぇ~…いきなり皇国軍の准将かと思えば、王国や帝国で八面六臂の活躍で、16歳で王家十一人衆か…いやはや2歳年上のお兄さんとは思えないよ」
アントニオはシリュウの凄さを素直に褒め讃えたが、スザンナ以外は暗い顔をしている。
「……アントニオのように素直に受け止める人がもっと増えればいいのだが…」
領主であるシルベリオはアントニオの発言を嬉しく思いつつも、憂うように言う。
「父上……もちろん我々でシリュウ殿の活躍をもっと喧伝しましょうぞ。それに今晩の晩餐会がまさにその好機ではありませぬか」
シルビオは力強く言うが、ピエールが制する。
「こちらから喧伝してもむしろ逆効果かと…シリュウ殿の活躍を認めぬ彼らが言葉で納得するとでも?」
「………確かにその通りだが…」
シルビオはピエールの言葉に反論できず詰まってしまう。
そしてスザンナが困ったように言う。
「シリュウさんが若くして活躍しているのに、サザンガルドの人達にそれがあまり伝わっていないなんて残念です~…」
スザンナの言う通り
今サザンガルドで少し問題になっているのが、シリュウ・ドラゴスピアという存在の評価が賛否両論であることだ。
ある者は、若くして皇国軍に将軍として取り立てられ、さらに王国や帝国で活躍した英雄であると憧れる者もいれば
ある者は、ドラゴスピア家の名ばかり御曹司であり、皇国軍で将軍として取り立てられたのもコウロン・ドラゴスピアを軍に戻すための策であり、王国や帝国での活躍は皇国軍によるプロパガンダであるという者もいる。
なぜこのようなことになっているのかというと、シリュウがサザンガルドにてその武を公に振るったことがないことが最大の原因だった。
この状況はシリュウの存在が公になった4月以降続いており、シルベリオがシリュウに武闘大会で優勝して欲しいとの依頼も、シリュウ自身でシリュウの汚名を晴らす機会を提供するというシルベリオの親切でもあったのだ。
そしてこの状況が何が問題かというと
「……『学院』に『士官学校』……『白銀の剣』と『黄金の槍』……『商業組合』と『鍛冶組合』…もともと仲が悪く対立していた勢力が、シリュウ殿の評価を巡ってさらに対立している……」
シルベリオはサザンガルドの現状に頭を抱えていた。
シリュウの評価に民衆の間で賛否両論があるだけなら大した問題ではなかった。
しかしサザンガルドを支える有力勢力が、シリュウの登場を契機に、もともとの対立構造をさらに深めている。
一方は
「シリュウ・ドラゴスピア殿は傑物!それがサザンガルドの縁者であるとはなんと素晴らしいことか!これを理解できないのは、脳みそが腐っているのでは?」と
さらに一方は
「16歳で将軍待遇などコウロン・ドラゴスピアのコネしか考えられまい!Sランク魔獣の単騎討伐など眉唾物にもほどがある!皇国軍は新たな英雄を作りだそうとしているのだ!」と
シリュウは自身が預かり知らぬところで諍いの中心人物になっていたのだ。
「しかし今回はシリュウ殿とベアトリーチェの結婚です!慶事なのです!これに水を差すような真似をする輩はそれこそ『軍都』の恥知らずです!」
シルビオはシルベリオに力強く言う。
「……シルビオ…お前の言う通りだ。そもそもシリュウ殿の武を知らぬだけの不届き者が喚いているにすぎぬ。今晩の晩餐会から社交の場が続くが、シリュウ殿に失礼な物言いをするものはこのシルベリオ・フォン・サザンガルドが『軍都領主』の名に懸けて許さん。お前達もそのつもりでな」
「「「「はい!」」」」
シルベリオが家族全員に言い聞かせる。
そしてシルベリオはこうも思っていた。
サザンガルドの暗雲を晴らすのは、天を翔ける銀の龍なのだと
スザンナ「『学院』は『サザンガルド学院』のことです~ベアトリーチェの母校であります~。ここは共学の総合学校ですね~。『士官学校』は『サザンガルド士官学校』のことで、オルランドさん(ベアトリーチェの父)の母校ですね~。ここは軍事学校で男子校になっています~。それぞれの教育方針が『学院』は『自主性』を重んじ、『士官学校』が『規律性』を重んじるので、正反対なのです~」
シルビオ「『白銀の剣』と『黄金の槍』はサザンガルドの常駐する冒険者組合の主要『クラン』だ。『クラン』とは冒険者の仲間同士で作る組織のことだ。他にも『漆黒の盾』というクランもあり、この3つがサザンガルドにおける冒険者界隈の中心となっている。『白銀の剣』は要人護衛や商会護衛などの対人業務を主に請け負っていて、『黄金の槍』は主に魔獣討伐や素材調達を請け負っているのだ。お互いの仕事に対して軽蔑の想いを持っているようでな……『漆黒の盾』は基本何でも請け負うぞ」
アントニオ「『商業組合』はサザンガルドにおける商店や商会の相互補助組織で、『鍛冶組合』はサザンガルドの工房や鍛冶屋の相互補助組織だよ。生産者である『鍛冶組合』と販売者である『商業組合』は賃金の割合や納期のことでいっつも喧嘩してるよ……『商業組合』は利益重視で、『鍛冶組合』は品質重視だからね…でもお互いがいないと成り立たないから何とか協力してやっているんだけど…」




