【閑話】ドラゴスピアの新たな使用人達
烈歴 98年 7月10日 8時39分 皇都セイト 10区(軍港区)
シリュウとビーチェが船の出航準備を待っていた頃、ドラゴスピア家の使用人達は家令のブルーノの指揮の下、サザンガルドへの帰省に必要な物資を船に運び込んでいた。
「キオン、あなたはもう少し運べるでしょう。妹のシャノンを見習いなさい」
ブルーノは船に運び込む荷物を少量しか運んでいないキオンに向け、叱責に近い励ましをしていた。
「…ボクはパワータイプじゃない…スピードタイプ…!……往復数で稼ぐ…」
そう言ってキオンは持ち前の俊足で駆けて行った。
その俊足で駆け抜けた先には大量の荷物を1人で持つキオンの実の妹シャノンの姿があった。
「あわわっ!お、お兄ちゃん!危ないよぉ!」
キオンの疾走に慌てつつも何とか荷物を落とさないシャノン
「ぎょえ!シャ、シャノン!大丈夫ですか!?」
ドラゴスピア家のメイド長になったシュリットが、シャノンを庇うように支える。
「あ、ありがとうございます!メイド長!」
支えてもらったお礼を言うシャノン
「しっかりと運ぶのですよ。それにしても…兄の方が小柄で、妹の方が大人でも大きいとは…知らぬ者が見ればどちらが年長者かわかりませんね」
ブルーノがシャノンをそう評する。
キオンは14歳だが、小柄なルナよりもさらに小さい。
しかしシャノンは13歳ながら大人の女性のように大柄だ。
いや大人の女性の中でも大きく、ベアトリーチェよりも既に背が高い。
「えへへへ。お兄ちゃんがいつもご飯食べさせてくれましたので、大きくなれました」
そう言ってシャノンは照れながらも大きな体を隠さずに、兄キオンを誇らしそうに言う。
「………見事な恵体……メイドより騎士に向いてるのでは?」
ドラゴスピア家の騎士団長に就任したリナはシャノンの身体をマジマジと見つめながら言う。
「ええっ!?わ、私には無理ですよぅ……じゃあこれ運びますので!」
シャノンは首をブンブンと振り、大量に抱えた荷物を船へ運んでいく。
そんなキオンとシャノンの様子を見て、ブルーノとリナは微笑む。
「……やはり若さとは眩しいものですね。あの子らには無限の未来が待っている」
「……そうですね……これからが楽しみ」
「私からすればあなたも十分に楽しみな存在です。その若さで子爵家の騎士団長…それもかの高名なドラゴスピア家のですよ?」
22歳の若さで子爵家の名門の騎士団長に就任したリナは、皇都界隈でも密かに話題になっていた。
あのドラゴスピアが抜擢した女騎士は何者なのかと
そんなブルーノの言葉にもリナは意に介さない。
「やることはこれまでと変わりません……お嬢様と旦那様の日常を守ること……何も気負うことなんてありませんので」
淡々と答えるリナにブルーノは感心していた。
(旦那様の出世に伴い注目を集めている我が家の重圧をまるで気にも留めてない。鈍感なのか大物なのか…しかしその剣の腕はかなりのものだった。さすがに名高いサザンガルド領邦軍において、騎士団員に選出されていただけのことはある。新たに雇った護衛騎士も10名ではあるが見事に統率している。いやはや…皇都に閉じこもってばかりいては世界が狭まるばかりだな)
「頼りにしていますよ。リナ騎士団長殿」
「こちらこそ、ブルーノ殿」
ドラゴスピア家を支える2人はお互いに信頼していることを改めて言葉で確かめ合った。
そしてブルーノはメイド長のシュリットにも目を向ける。
(彼女も16歳にして子爵家のメイド長…旦那様と奥様のお計らいで新たに雇ったメイド達は全員彼女より年下にしましたが、そんな配慮は不要だったのではと思うくらいしっかりしてますね)
ブルーノはシュリットの働き振りにも目を見張った。
更にブルーノはドラゴスピア家の若き会計役にも目を向ける。
「えーっと…航行中の私達ドラゴスピア家の糧食…サザンガルドで売り捌く名産品…サザンガルド華族への手土産…よし!問題ありませんね」
ブルーノとリナが立ってる側で、ドラゴスピア家の荷物の確認をしているのはトスカだ。
今回彼女もドラゴスピア家の会計役として、結婚式に参列すると共に、ブルーノと共にドラゴスピア家の外交をサザンガルドの華族達と行う予定だ。
そしてついでと言わんばかりに皇都セイトにてサザンガルドでは入手困難な名産品を可能な限り積み込み、ドラゴスピア家の財布を潤そうともしていた。
「彼女も…16歳とは思えませんな。ドラゴスピア家の会計を管理するだけではなく潤そうとは…商人としてもやっていけそうです」
「……彼女…暗算がかなり早かったわ…」
「彼女はあのセイト学園では学年5指に入る才女のようです。いやはや…旦那様の元には将来有望な若者が集まりますなぁ」
ブルーノはシリュウの下に集った若い原石達を眺めながら言う。
「……でも旦那様は意識して集めてはいません」
「そうです。自然と集うのが一番驚くことです。ブッフォン様もそうでしたが、徳を積み仁を貫けば自然と人は集まるもので…」
ブルーノは自身が長年仕えた皇軍大将ブッフォンのことを思い返して言う。
「……きっとこれからまだまだ来ると思いますよ…」
リナの根拠のない予測にブルーノも根拠もなく同じ意見を持った。
「そんな気がしますね。では老体に鞭を打つとしますか」
そう言ってブルーノは積み込み作業が完了しつつある船へ向かい、最終確認を行おうとする。
残されたリナは晴れ渡る空を見上げた。
「………快晴……きっとサザンガルドでは楽しいことが待ってるわ」
リナの言う通り、この晴れ渡る空はドラゴスピア家の新たな船出を祝福しているようだった。




