最終話 最強の夫婦
列歴98年 7月8日 0時12分 2区(華族区)リータウン リータの屋敷 屋上庭園
一連の騒動が収まりを見せ、この屋敷に集まった面々も解散となった後、ヒルデガルドはリータの屋敷の屋上に設置された庭園の柵に体を預け、深夜にも関わらず人の動きが活発なリータウンを1人で見下ろしていた。
リータウンが深夜にも関わらず活発なのには理由が2つある。
1つは今なお建設作業が行われていることだ。
ポアンカレの魔術師達を中心に、リータウンの建設部隊は昼夜関係なく建設作業に没頭している。
それは納期よりも早く建設できれば、報酬に色がつくとリータから明言されているためだ。
しかもその価格が半端ではないため、建設作業に参加した者は寝る間も惜しんで作業している。
なお建設作業の音はポアンカレの魔術師達が施した風の防音結界によりほとんど聞こえないため、明かりはあるが音は聞こえない奇妙な空間がそこにできていた。
もう1つの理由は、つい先程リータに投降した私兵達の引越し作業がもう始まったからだ。
ダレッシオとロカテッリという皇都でも大華族に分類される家を裏切っては、報復の恐れがあるため、すぐにでも私兵達とその家族は居を移さなければならない。
リータとメディチ、アンブロジーニとサルトリオの使用人達は深夜にも関わらず、私兵達の引越し作業を手伝うため、このリータウンを奔走していた。
ある者は台車を馬車に積み込み
ある者は居住先の集合住宅の清掃に追われ
ある者は家族の移動を支援するため、馬車を皇都へ走らせていた。
その騒動の中心であるリータ本人は今も、リータウンの中心広場に設営された『私兵引越し対策本部』にて陣頭指揮を取っている。
その側には振り回されているメディチ公爵に、冷静に部下からの報告を受けているアンブロジーニ侯爵、大量の書類に何か署名をさせられているサルトリオ侯爵の姿があった。
あんな騒動があった後なのに、リータは本当にエネルギッシュな方だとヒルデガルドは感心を通り越して、呆れていた。
そんな風に活発なリータウンを見下ろしていると、ヒルデガルドをここへ呼び出した本人が現れた。
「待たせてすまない」
「いえ……そんなに待ってないわ…」
現れたのはアウレリオ
先ほどの騎士装備から今はカジュアルなスーツに身を包んでいた。
ヒルデガルドもメイド服からカジュアルなドレスに着替えていた。
アウレリオはヒルデガルドの隣まで来て、ヒルデガルドと同じようにリータウンを見下ろした。
「こう見ると大方できてきたな。ついに2週間程前までは平地だったのだが」
「そうね…これもリータ殿下の徳が成せること…」
「……ああやって大華族達を振り回しているのが徳なら、日夜徳を積むため女神様に祈りを捧げている教会の司祭達は溜まったものではないな…」
「……ふふっ…」
アウレリオは苦笑いをして言う。
そんなアウレリオの苦笑いにつられるようにヒルデガルドも微笑んだ。
「にしても敵の私兵達を丸ごと飲み込むなんて大それた事…本当によくやるもんだ」
「確かに……あれだけの人と家族の住む建物はあるの?」
「一応確保はしてあるみたいだ。ほら、あそこ」
アウレリオはそう言ってリータウンの中心部から少し外れたところにある集合住宅を指差す。
「……凄いわね……8階建の集合住宅?帝国でもなかなか見ないわ…」
「私も驚いた。どうやらポアンカレの魔術ありきの構造らしいが、あれだけで100世帯は入居できるらしい。リータウンで働く者のため、あのような集合住宅をもう数軒建てるんだとか」
「つくづく規格外ね…」
「ああ、私もリタと出会ってからは驚き振り回されてばかりだ」
そう言うアウレリオの顔には苦労の色より喜びの色が強かった。
そしてヒルデガルドは先程リータから聞いた話をアウレリオに振る。
「……聞いたわ…リオ様…リータ殿下が新設する私兵団の長になるって…」
「もう聞いたか…耳が早いな。その通りだ。通称『太陽騎士団』だ。そこの栄えある初代団長に任命されたよ…」
「……おめでとう。じゃあ私もそこに?」
ヒルデガルドはおずおずと尋ねた。
(リオ様と同じ騎士団なら…一緒にいられることも増える…まだそういう仲にならなくとも…いつかは…)
ヒルデガルドはそんな淡い想いを抱いていたが、アウレリオは否定した。
「いや、君の騎士団入りは私がリタに断りを入れた」
「えっ?」
ヒルデガルドは想定外の答えに戸惑いを隠せなかった。
「ど、どうして…?私のような帝国人は……入れない…?私は……必要ない…?」
ヒルデガルドは今にも泣きそうな声でアウレリオに尋ねる。
それを見たアウレリオはしまったという顔でヒルデガルドを宥めた。
「ち、違うんだ!そういうことではない…!えぇと…その…」
歯切れ悪く答えるアウレリオ
そして懐から小さな小箱を出した。
「…それは?」
「……こういうことは慣れてなくて、作法が違ったらすまない。これを見て欲しい」
そう言ってアウレリオは小箱を開けた。
その中には金色の宝石が装飾された綺麗な指輪があった。
「こ、これって……?」
ヒルデガルドは信じられないものを見るような目で指輪を見つめた。
「……君には護衛騎士団ではなく、我が家に入って欲しい。ヒルデガルド、私の妻になってくれ。君のこの国での新しい名を『ヒルデガルド・セレノガード』にしてくれ」
アウレリオからのプロポーズにヒルデガルドは目を見開き驚く。
そしてその見開いた目からは涙がこぼれ落ちた。
「わ、私で……いいのかしら…」
「君がいいんだ。君から想いを告げられるまで自分の気持ちに気づけなくてすまなかった。そしてこの時まで時間がかかってすまない……指輪を作るのにこれ程時間がかかるとは知らなんだ…」
アウレリオは困ったようにして頭を掻いた。
その様子にヒルデガルドは、何事も沙汰なくこなすアウレリオにも苦手なものがあるのだと可愛らしく思った。
「ふふ…本当に慣れていないのね」
「自慢ではないが、異性に贈り物をするのは母以外では初めてだ…」
「そうなの……嬉しい…私が最初で一番なのね…」
「そうだ。この指輪受け取ってくれるか?」
アウレリオはヒルデガルドに跪き、指輪を差し出すようにして向ける。
「もちろん……私でよければ…よろしく…お願いします」
ヒルデガルドは嬉し涙を流しながら、満面の笑みでアウレリオの手を取った。
今ここに新たな夫婦が誕生した。
アウレリオ・セレノガードとヒルデガルド・セレノガード
リータを守護する最強の夫婦の誕生の時であった。




