第18話 皇都事変⑧~『御三方』
列歴98年 7月7日 1区(皇区) 皇宮通り
リータ達とダレッシオ侯爵家の私兵達がお互いに増援を呼んで、その到着を待っている間は、膠着状態に入っていた。
ダレッシオ侯爵家側からすると、皇都の裏を仕切っている武闘派であるバストーネがいるだけならまだしも、そのバストーネが明らかに格上と認めているただならぬ気配を漂わせているメイドの存在で、攻勢をかけられないでいた。
一方リータ達もこのダレッシオ侯爵家の私兵を倒すだけなら容易いが、倒している間にか弱いルナが襲われる危険性もあることから、ここは安全策を取って増援を待っていた。
そして最初に膠着を壊したのは、ダレッシオ侯爵家の増援だった。
ザッザッザ!
通りの建物の屋根に数十人の刺客達が突如現れた。
「あれは…『カモラ』の奴らだな」
刺客達を一目見て、その所属を言い当てるバストーネ
その慧眼振りは流石裏を取り仕切っていることだけはあった。
「……戦闘力は?」
ヒルデガルドはバストーネに聞く。
「普通にやればあんたの敵ではないが、この状況では数こそ正義だな」
「……それはそうね…」
バストーネの助言を素直に聞き、リータ達は固まるようにして布陣する。
ここは防御態勢を取る。
そしてダレッシオ侯爵家の部隊長は『カモラ』の刺客達に怒号を上げる。
「遅いぞ!貴様ら!それに襲撃を控えておったな!?報酬は渡さんぞ!?」
「……笑止……依頼を受けるも受けないのも自由…それが裏の常識…」
「前金は受け取ったろ!?」
「……あれは善意だと認識している。そもそも契約などという概念はない…」
「口の減らぬ奴らめ……これが終わったら覚えておけ…!」
ザッザッザ!
部隊長が『カモラ』に悪態をついた後に、ダレッシオ侯爵家が布陣している反対方向から50人程の重厚な鎧と兜と剣を装備した私兵達がやって来た。
それを見たダレッシオ侯爵家の部隊長は歓喜の声を上げる。
「おお!同胞よ!よく来てくれた!」
その声に増援に来た私兵の部隊長は答えた。
「遅れて済まない。これで逆賊めを封じ込めることができた。ともに悪を討ち果たそうぞ!」
「さすが…どこかの刺客とは違って頼りになる!」
「ヒルちゃん、あれはどこの家の私兵かしら?」
「あれは、ロカテッリ侯爵家ね……ともに皇王派の3番手と4番手…仲がいいのかしら?」
「ロカテッリ……国土大臣の奴ね…奴からの仕事も多く請け負ってたが、まぁ下衆にはちげぇねぇな」
「そうなの?」
リータはバストーネに尋ねた。
「あぁ、当主の奴が少女趣味でな。年端のいかない少女の斡旋を依頼されたもんだ。うちは人身売買は絶対取り扱わんから断ったがな」
バストーネの答えに、リータとルナ、ヒルデガルドはごみを見るような目でロカテッリ侯爵家の私兵達を見た。
「キモ…私が皇王になったら即刻断頭台に吊るしてやるわ…!」
「……怖い…」
「ルナ殿下ご安心を…そうなる前に私が斬って差し上げます……」
「……頼りになる……」
そんな風にリータ達が会話をしていると、状況に余裕ができたダレッシオ侯爵家の部隊長は気が大きくなったのか、リータ達に大声で威嚇する。
「はっは!これで形勢逆転だな!降伏するなら今の内だぞ!」
それに対してリータは毅然として言い返す。
「降伏?そもそも私達は何もしていないわ。ただ皇宮を出て、華族区の新たな屋敷に移っているだけ。その道中にこんな大勢で襲撃するなんて、あなた達の家も終わるわよ?」
それに対してダレッシオ侯爵家の部隊長とロカテッリ侯爵家の部隊長は臆せず答えた。
「知れたこと…!ここで全員捕えてしまえば、どうとでもなる!」
「こちらは100人近い兵がいるぞ!そっちはまともに戦えるのは2人だろう?勝負は決まったもの!」
確かに部隊長達の言う通り、この人数差ではヒルデガルドが打ち倒すまでにリータとルナが無傷でいられる保証はない。
それもわかっているからか、ヒルデガルドにも少し焦りの表情が見える。
(……倒すだけなら簡単……しかし守り切るには…)
そんなヒルデガルドの表情を見て、リータは優しく声を掛ける。
「ヒルちゃん、大丈夫よ。この怖そうなオジさんが守ってくれるから。あなたはあなたの仕事をしなさい」
「誰が怖そうなオジさんだ…」
リータの言葉を聞いて、覚悟を決めるヒルデガルド
(………バストーネが守り切っているうちに全員を倒す…!)
そして剣を構えて、華族の私兵達に切り込もうとした。
その時
「待ったぁ!!」
建物の屋根から1人の騎士が下りて来た。
金髪の髪をした、重厚な盾とロングソードを構えた青年は、リータ達とダレッシオ侯爵家の私兵達の間に割り込んだ。
「アウレリオ・セレノガードだ!…リータ・ブラン・リアビティ殿下に対する悪辣な所業…到底見過ごせぬ!覚悟せよ!」
「リオ!」
「…リオ様…!」
「アウレリオさん……?」
「……アウレリオっていやぁ……ベラルディの?…いつのまに改名したんだ…」
アウレリオの登場に歓喜の声を上げるリータとヒルデガルド
そして困惑気味のルナとバストーネ
そしてアウレリオの登場にたじろぐ私兵達
「ア、アウレリオだと…」
「あの元皇軍准将の…?」
「それはまずいんじゃないか…?」
私兵達にはアウレリオの登場に動揺が広がる。
ダレッシオ侯爵家の部隊長もアウレリオの登場に焦りを感じていた。
(ま、まずい……アウレリオ・ブラン・ベラルディは…皇都華族私兵の中でも最強と目された人物…!)
アウレリオは、皇軍でこそ実績はないが、皇都華族の私兵同士の仕合では負けたことがなく、皇都華族私兵の中では群を抜いて実力があったことで知られている。
アウレリオの実力をその身で一番知っているのは、何を隠そうこの私兵達なのだ。
そんなアウレリオにリータは辛辣な声を掛ける。
「リオ…あんた今日は待機って言ってたでしょ。あんたは微妙な立場なんだからこういう争いの場にいちゃ後々面倒になるからって」
リータの言い様にアウレリオは、涼し気に応える。
「リタだけが窮地なら待機していたな。でもここにはルナ殿下に…ヒルデガルドもいる。私としては見過ごせない」
「……//!」
アウレリオの発言に、顔を赤らめるヒルデガルド
それを茶化すリータ
「ひゅ~!窮地に駆け付ける騎士ってわけ?あんたも満更じゃないのね」
「……それに答える気はないが…あながち間違いでもないな」
「えっ」
「…ヒルデガルド…これが落ち着いたら時間をくれ。私の気持ちを君に伝えたい」
アウレリオはヒルデガルドの瞳を真っすぐに見つめて言う。
ヒルデガルドは万感の思いで、それを受けた。
「もちろん…必ず…」
「ありがとう。ではこの窮地を乗り越えるとしよう…」
「でどうするの?あんた1人増えたところで…」
「1人じゃない。4人だ」
「えっ?」
ドン! ザッ! ドッシーン!
するとアウレリオがやってきた建物の屋根からもう3人この通りに降りて来た。
その3人は……説明不要の肩書を持っている軍人だ。
「皇軍大将、ルイジ・ブッフォンだ。皇都を騒がす不埒な輩を取り締まりに来た」
「陸軍大将、アレス・デルピエロだ。テメェら……腐ってやがんな…!」
「海軍大将、ゾエ・ブロッタさね。……か弱い女子に男がこんな大勢で襲うなんて情けないねぇ!」
リータ「ところであんたどこにいたの?」
アウレリオ「リータと合流地点の間をつかず離れずに移動しながら見守っていた。増援がすぐにリータ達のところに行けるようにな。さすがに三大将と出会った時は驚いたが…」




