第13話 皇都事変③~皇都の闇ギルド
列歴98年 7月7日 1区(皇区) 皇宮通り 裏路地
ヒルデガルドが最初の刺客を切り伏せた後、ヒルデガルドの実力を遠くから目の当たりにした別の2人組の刺客達はリータ達を襲撃することに二の足を踏んでいた。
「おい!聞いてないぞ…!どう見ても達人級の腕じゃないか…」
「事前の情報でもそんな手練れをお付きにしているなんてなかったな…」
「クソッ!これだからベラルディの依頼は嫌いなんだよ。アイツらの依頼は情報提供がいつも雑すぎる」
「……それだけ舐められている証拠だろう…自分たちの権勢が誰に支えられているかわかってないようだな…というか何でベラルディの依頼ってわかるんだ?」
「あぁ?……経験則だよ…奴らの依頼は誰が依頼したかわからなくする工作は見事だが、肝心の依頼内容の情報の精査が雑なんだよ」
「……なるほど……それで…どうする?…」
「報酬額が高いと思って飛びついたが、相手が悪すぎるな。あれを相手にするには桁がもう1つは欲しい」
「……確かに…あれに勝てるのがうちのギルドにいるのか?」
「………どうだろうか……可能性があるのはボスかキオンだろうが…キオンは殺しはしないからな」
「キオン……あのガキか…幼い妹を養うために闇ギルドで悪事に手を染めている哀れな奴ね」
「はっ…あの程度の悲劇、この国の裏側ではありふれているさ。にしても……この仕事…降りるべきか…」
「しかし他のギルドに奴らを取られたら裏の覇権は…」
「リータの首を取ったギルドに移るだろうな。なんせベラルディの依頼…その裏にはおそらく現皇王がいる。仕事ができれば、三代はギルドは安泰だろう」
「……くぅ…なんとしても『ドランゲタ』で取りたいぜ……」
「そうだな…『カモラ』と『ノストラ』は絶対にこの争いに入ってくる……『サクラロナ』は知らん」
「『カモラ』と『ノストラ』なんて落ち目じゃねえか」
「だからこそだ。一発逆転を狙ってくるだろう」
「……なるほど…ここで俺達が引いて、みすみす獲物を取られるなんて…」
「あぁ…『ドランゲタ』の覇権が揺らいでしまう」
「……じゃあ行くしかねえか……ボスとキオンには…?」
「……さっき手下を事務所に走らせた。ボスがその気なら現場に来るんじゃないか」
「……間に合うか?」
「馬で向かわせたからな。それに…ほら…見てみろ…目的地まで最短で向かわずに、細い路地を迂回して逃げているだろう。おそらく目的地の距離に比して時間はまだある」
「マジだ。にしても良くあんな道知ってるなぁ…」
「あのメイド…何者だ…?」
「只者じゃなさそうだ…にしても美人っぽかったな…組み伏せたら、楽しませてもらおうぜ」
「組み伏せられたらな……とりあえず一定の距離を保って様子見するぞ」
「あいよ」
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「………あんたらさっきからうるさいのよ。こんな静かな街であんな声で喋ってたら……いやでも聞こえるわ………」
先ほど裏路地の屋根からリータ達を遠目で見ていた刺客2人組は、裏路地でヒルデガルドに足を切り伏せられており、今は2人揃ってリータ達に向かって土下座をしている格好になっていた。
(……バカな…!あんな遠いところから会話が聞こえていただと……!?)
(……化け物じゃん……てか太刀筋全く見えなかった…)
「ヒルちゃん、どうしたの。わざわざ経路を変えてまで、こいつらのところまで来て」
リータはヒルデガルドがこの場所まで先導するようにして、わざわざ刺客を倒しに来たことを疑問に思った。
「………会話の内容から…皇都の闇ギルドの話をしていたわ…このまま私単独で突っ切ってもジリ貧になる可能性がある……だから打開策としてこいつらの話を聞こうと思って…」
「ほぇ~…この状況で本当に冷静ね。流石元……おっと危ない危ない…」
リータはヒルデガルドの過去の経歴を話しそうになるが、すんでのところで押しとどめた。
(…元…何なんだ…!?)
(気になるぅ……)
刺客2人はヒルデガルドの過去の経歴について、非常に好奇心をそそられたが、今はそんな状況ではない。
リータから刺客2人へ問いかけがあった。
「さて刺客さん達…あなた達の命は今そこのメイドさんが握っているわ。知っていることを話してくれたら許してあげてもいいわ。そうでなかったらあなた達の人生は今ここでお終いね。走馬灯を見る時間くらいあげる」
(…ど、どうする?)
(……俺に任せろ…)
(うい…)
そして刺客のうち小柄の男の方が手を挙げて発言する。
「もちろん命が惜しい。俺達が知っていることを話すからこの場は見逃してくれ」
「あら?素直ね…どんなことを教えてくれるのかしら?」
「…皇都の闇ギルドの勢力関係とこの依頼主についてならどうだろうか?」
刺客の男の提案にリータは少し思考する。
そこにヒルデガルドが助言をする。
「…依頼主なんてわかりきってる……ここは闇ギルドの勢力図を詳しく教えてもらいましょ……」
「そうね。ヒルちゃんの言うとおりね。依頼主はいいわ。どうせ兄さまかベラルディかパッツィのどれかでしょ?その代わり皇都の闇ギルドの勢力図とやらをあなた達が知っている限り話しなさい」
「承知した。まず皇都の闇ギルドは主に4つある。『ドランゲタ』『カモラ』『ノストラ』『サクラロナ』だ。我らは『ドランゲタ』に属する者だ。勢力図と言っても自分で言ってしまうが、今は『ドランゲタ』が一強だ。『カモラ』『ノストラ』はかつては覇権を握っていた時代もあったが、今は見る影もない。『サクラロナ』は勢力争いに興味がなく、闇ギルドの中でも変わった勢力だ」
「…へぇ…皇都に40年近く住んでいたけど闇ギルドは複数あったことは知らなかったわ。てっきり1つの闇ギルドしかないと思っていた」
「それはお日様の当たる場所で生きている人間なら普通の認識だ。裏の勢力争いなど裏でしかわかりえないからな」
「……なるほどね。じゃあ私の依頼についてのそれぞれの勢力のスタンスを教えて下さる?」
「『ドランゲタ』は様子見だ。あなたの首が欲しいというより、他の勢力にあなたの首が取られるのを恐れている。なぜならあなたの首には多額の懸賞金がかけられているのと、この依頼を成功したギルドは依頼主であろうベラルディから今後厚遇されることが明らかだからだ。今覇権を握っている『ドランゲタ』はあなたの首が他のギルドに取られることで、『ドランゲタ』の覇権が揺らぐことを恐れている」
「……最大勢力は保守派……どの界隈でもそうなのね…」
「ふっ…その通りだな。次に『カモラ』だがおそらく4つのギルドの中で最もあなたの首を取ろうとしている勢力だ。最初にあなた達を襲ったのも『カモラ』の奴らで間違いない。なぜならかつてこの皇都で覇権を握っていた『カモラ』は主要な人物が投獄され、今は落ち目でかつての覇権を取り戻すことに必死だからだ。この機会は『カモラ』にとって、かつての栄光を取り戻す千載一遇のチャンス……多数の人員が動員されていることもこちらで確認している」
「かつての栄光にすがるってやーね」
「……納得…最初の奴はお遊びだと思うほど拙い相手だったから……」
「『ノストラ』だが、ここもあなたの首を本気で狙っているだろう。理由は単純で『ノストラ』は守銭奴の集まりだ。多額の懸賞金に目がない。奴らの主なシノギは密輸や違法物の売買だからな。それでもかつては一時代を築いていた。復権の足掛かりにあなたの首を狙うに違いない」
「……無視でいいんじゃないかしら……金のために武を振るう奴らには負ける気がしないわ」
「最後の『サクラロナ』だが、絶対に参戦しないと言い切れる。ここは暗殺や窃盗を請け負わないし、カタギの人間には絶対に手を出さない奴らだ。こいつらは裏カジノと娼館の経営と用心棒業で食ってる。今回の依頼については、むしろ義に反するという理由で『カモラ』や『ノストラ』を邪魔することさえ考えられるほどだ」
「闇ギルドにも仁義を理解できる人もいるのね」
「……帝国にもいたわ…彼らは闇でしか生きられないけど……別に人を貶めることが好きでない人達…」
「いい得て妙だな。どうだ?これで俺が知っている勢力図の全てだ。もっと詳細にも語れるがそんな時間はないのだろう?」
「そうね……いいわ。あなた達を見逃してあげる…」
「助かる……ではまた…どこかで…会わない方がいいだろうが…」
そうして刺客達は立って立ち去ろうとする。
しかしリータは、勢力図を話していた小柄の男の肩を掴む。
「ちょっと待って?」
「ま、まだ何か…?」
「さっき言ってたわよね。私の首が他の勢力に取られたら困るって」
「そ、それがどうした…?」
戸惑う刺客に、意地の悪い笑みを浮かべるリータ
「あなた達を買うわ。私達を護衛しなさい」




