【閑話】変わる皇都⑦~アウレリオの決別
列歴98年 6月30日 11時19分 2区(華族区)ベラルディ公爵邸 当主執務室
皇宮に式典にてこの目の前にいるふてぶてしい態度を取っている小僧に赤っ恥を掻かされて早3日
ようやくこの小僧と会話をする時間が取れた。
この目の前にいる小僧…アウレリオは私がメイドに産ませた出来損ないにも関わらず、皇王様が自ら仲介してくださるという栄誉ある縁談を公衆の面前で断りよった。
その皇王様への弁明に労力を割かれ、あまつさえ皇妹派が皇都にて勢いを増している状況下で、この小僧の生意気な反抗にかかずらっている場合ではなかった。
ようやく皇王様の御機嫌取りとここ数日の皇妹派への対応が落ち着いたため、私はこの小僧を当主室に呼び出した。
あの日以降、こいつの母親であるレジーナともどもどこかへ雲隠れしているようで、今まで住んでいた小屋はもぬけの殻になっていた。
私を謀るなど、この生意気な奴め!
「して何用でしょうか、ベラルディ公爵殿。私も忙しい身でありますので、用件は簡潔にお願いします」
今まで私に従順であった態度はどこへやら、アウレリオは不機嫌さを隠すこともなく言う。
「貴様…ふざけるな!…皇王様の面前でこの私に恥をかかせたのみならず、皇家騎士団と皇軍をも勝手に辞めおって…!貴様を皇軍准将に押し込むのにどれだけの労力を割いたと思っておる!」
「はて。私は今やセレノガード子爵でありますゆえ、進退くらい自分で決めただけのこと」
「華族家を立ち上げたくらいで、私から逃れられるとでも思ってか?」
「逃げられる?何を勘違いしておられる。私は逃げも隠れもしていない」
「なんだと!?」
「私はリータ・ブラン・リアビティに忠誠を誓うアウレリオ・セレノガード…この皇都の暗雲を振り払う『晴天の守護者』だ。いつでもお相手いたすぞ…ベラルディ公爵」
「今の皇都が暗雲だと?何が不満だ!黙っていても使いきれぬ程の金が舞い込み、この国を動かす官僚達は私達華族の言うがまま!皇王様の御威光のもと、繁栄しているこの国のどこに暗雲がある!」
「まさにそのことではないか!民が血と汗を流し得た財を税の名のもとに必要以上に徴収し、官僚達を賄賂で買収…これのどこが繁栄なのだろうか!あなたには日々生活で苦しむ民の悲鳴が聞こえないのか!」
「生意気な…!貴様のような奴がどこで民のことを知る?…」
「私は日々市井を練り歩いている。身分を隠してな。そして民から直接、生活の窮状を聞いているのだ。あなたが酒と女性に溺れているような時間帯に」
「貴様ァ…!」
私は怒りのあまり、アウレリオに掴みかかる。
しかし軽く躱され、足を払われ転倒してしまう。
「うぐっ……!」
「やめておくがよろしいでしょう。腐っても私は元王家十一人衆の一員…生半可な武術師なら無手で目を瞑っていても制することができましょうぞ」
悔しいがその通りだ。
このアウレリオという男…この世には知られていないが、徒手格闘術の達人であるのだ。
「……貴様…このベラルディを敵に回してこの皇都で安らかに眠れるとは思うなよ…?」
「脅しでしょうか?皇都警備隊に通報せねばなりませんな」
「抜かせ!すぐさま貴様の寝所に刺客を送ってくれるわ…!毎晩命を狙われる恐怖に打ち震えろ…」
「はて…私の屋敷に刺客…?それはやめておいたほうがいいでしょう…刺客がかわいそうだ」
「なんだと…?」
「私の新たな住まいは『リータウン』の中心地…近隣にはシリュウ・ドラゴスピア准将とパオ・マルディーニ少将がお住みになる予定だ」
「!?」
な、なんだと!?
あのシリュウ・ドラゴスピアに…パオ・マルディーニまで…!?
皇国切っての実力者と今まさに皇都で話題の軍人ではないか…
皇妹派であることは知っていたが、まさかリータの居住地の近くに住むほどとは…
「あの二人と1月近く共に遠征で過ごましたが……私など到底及ばぬ英傑達だ。武に訴えるのは得策ではないと忠告しておきましょうぞ」
私を蔑んだ目で見るアウレリオ
今まで奴隷のように扱っていたアウレリオからそのような目で見られるとは何たる屈辱…!
「……私は…諦めんぞ…貴様のような飼い犬に手を噛まれるなど…あってはならんことだ!」
私はアウレリオを威嚇するようにして言うが、この男…飄々として意に介していない。
「はぁ…そうですか…では大した用件もないようなのでこれで失礼します」
そう言って、この部屋から退出しようとするアウレリオ
何かないか……
そう言えば…
謁見の際に『妻にすると決めた女性がいる』と言っていたな…
ふっ……青い奴よ…自ら弱点を晒しおって…
「いいのか?このままベラルディを敵に回したら、貴様の『妻』とやらも危険な目に遭うかもしれんな」
私は勝ち誇ったようにアウレリオに言う。
するとアウレリオは、瞬時に私に詰め寄り、首を掴んだ。
ドンッ!
「ぐぇっ……!」
アウレリオは、すさまじい力で私を壁に打ち付ける……
と、とんでもない膂力…振り払えぬ…!
「……彼女に手を出したら……貴様のこの首捩じり切ってくれる…」
アウレリオは見たこともないほど怒りに満ちた目をして、重く低い声で私の耳元で囁いた。
「…ぐ…わ、わかった……!は、離せ…!」
「ふんっ!」
ドサッ!
「ゲホッ…ゲホッ…!」
アウレリオの腕から解放され、私は目いっぱい空気を吸い込んだ。
こ、こやつ…この私に手を上げるなど……考えれぬ…!
「………まぁ貴様らが彼女に手を出したところで返り討ちにされるのが関の山だが…それでも怒りを覚えたな…」
「な、なに…?」
「彼女は私の数倍強い……それでも私は守ると決めた女性だがな…」
アウレリオはどこか嬉しそうな顔をして、遠くを見た。
しかし私は、奴隷のように扱っていたアウレリオが、全く知らない人物になっていることを今更ながら自覚し、取り返しのつかないことになるのではないかと気が気でなかった。




