【閑話】変わる皇都③~ヒルデガルドの散策
列歴98年 6月27日 皇都セイト 5区(観光区)某所
皇国に来訪してから早2日
リータ殿下が皇宮に戻り、リオ様も皇軍の任務で慌ただしくしているため、私は1人で皇都を散策し続けていた。
凱旋軍にいた時は私の身分はリオ様の補佐官だったが、それはあくまで超法規的措置で収まっていただけのことで、凱旋軍が解散となった後は私の身分は宙ぶらりんになった。
リータ殿下から「ちょっとだけ待ってちょうだい。すぐに役を用意するから!それまで皇都を散策してて!費用は私が持つから!」と言われ、人生で手にしたこともない大金を携えながら私は皇都で好き勝手に遊び歩いていた。
高そうなレストランでお腹いっぱい食べたり、慣れない酒場に行っては酒を飲み干し、柄にもなくブティックに行き流行の服を着てみたり…しかしそのどれもが私の心を満たすものではなかった。
結局のところ、私は根っからの武人で、剣を振るうことが何より好きなんだと、自由を与えられて初めて気が付いた。
今私がしたいことは、リータ殿下のため、リオ様のために剣を振るうことだ。
稽古もしたいが、今の私は一般人
一般人が公衆の場で剣を振るえば、治安維持隊が飛んでくるのはどこの国でも変わらない常識だろう。
どこかの軍に属して、稽古場を使用できるまでは、私は剣を振るえない立場にいた。
だから慣れない皇都を端から端まで歩き、皇都の地理を頭に叩き込む。
これが今の私がリータ殿下とリオ様のためにできることだと思って、招集がかかるまでは皇都中を歩きつくそうと決めた。
そして皇都を歩いていて、帝都と…帝国との違いをはっきりと感じていた。
帝国は実力主義が徹底されていて、勝ち組と負け組がはっきりと分かれてしまう社会だ。
だからある者は一生で使いきれない財を持つが、反対に今日のご飯さえも確保することが困難なほど貧しい者も同じ街に住んでいることも珍しくない。
しかしここ皇都はどうだ。
行き交う人々には余裕があり、困っている人がいれば周りの人達は率先して助け、銀貨が落ちているとそのまま警備隊の者に届ける子どもまで見かけた。
(民の…教育水準が帝国と段違い…)
ここが皇国で最も栄えている皇都であるからなのか、皇国民の気質なのかまではわからないが、人々の表情に余裕があり、少なくとも貧困に喘ぐ人は本当に見かけなかった。
帝都でも大通りから少し路地に入れば、浮浪者が蔓延っていることなんて日常の風景だ。
あまりにも民の教育水準と街の文化水準の違いに私は驚嘆していた。
(帝国は…人口と資源の豊かさだけで大陸の雄を気取っていただけね……このまま時代が進めばいずれ皇国に国力で後れを取る……幸運なタイミングで皇国に亡命できたかもしれないわ)
私は帝国と皇国の未来を少しだけ考えて、自身の幸運さを噛みしめた。
しかしそれでも皇国が完全に帝国を上回っている話というわけでもない。
それもまた私は皇都の散策で感じていた。
皇都の散策でよく見かけたのが、横柄な華族と謙る役人
それに見るからに華族は優れているわけでもなさそうで、世襲であることが容易にわかる。
この皇都の腐敗具合は、街の散策をしただけでも伺い知れた。
(……華族の既得権益…それのおこぼれを貰う役人……そして現状に満足している庶民…庶民は自覚なく華族から搾取されているけど…華族を打倒する空気も生まれない…これが皇都の腐敗…)
私はリータ殿下が危惧した権力の腐敗を感じたが、権力の腐敗に対する不満等は庶民からは聞こえてこなかった。
現状では問題ないのだろうが、財は有限
穴が空いた桶に水を入れるようなもの
いつか国家経営が立ち行かなくなることは、想像に難くない。
リータ殿下は皇妹と言う立場で、それを誰より感じているのだろう。
あの方の力にならなければという思いをよりいっそう強くした。
そしてリオ様にも…
帝国でリオ様にこの想いを告白をして、そのまま死ぬつもりだったが、無様にも生き残ってしまった。
その後はリオ様の答えを聞くのが怖くて、ずっとリオ様を避けてしまっていた。
皇国に着いたあの日から顔を合わせてもいない。
合わせる顔もない。
それでもあの方の隣に居たい。
私の武だけでなく、これまでの努力を母以外で見つけてくれたのはリオ様が初めてだった。
それに私が帝国に帰国し、ハインリヒに恫喝された時も一番に庇って守ってくれた。
ラーム家で『鮮血の猫』と恐れられた私を女性扱いする男なんていなかった。
だから私は周りの男に当てつけのように男装のスーツを着ていたのだ。
今思えば本当にしょうもない理由だ。
しかしその結果、変な男に捕まらず、リオ様に出会えたのだから良かったのかもしれない。
でも今の私をお傍に置いてくれるだろうか
リオ様はこれから新しい華族家を立ち上げるそうだ。
そうなったら政治基盤の強化のため、有力華族の令嬢と政略結婚をすることも考えられる。
そんなことになれば、私は…どうすればいいのだろう…
2番目でもいいからと側室にいれてもらう…?
いや…でも…私は…やっぱり…1番でいたい…
しかし私のような女がリオ様の正妻でご迷惑じゃないだろうか…
これからのリオ様の行く道の支障にならないだろうか
彼を想えば想うほど、私の中の相反した感情がせめぎ合い、何もわからなくなる。
そして私はふと空を見上げた。
今日は綺麗な快晴だ。
この空のように、私の心も晴らして欲しい。
そう願ったが、それをできる人はこの世に1人だけだと、私は知っていた。




