第3話 正体を明かすのは心が健康な時に
列歴98年 6月27日 皇都セイト 2区(華族区)サザンガルド家セイト政務所 応接室
「今この時よりシリュウ・ドラゴスピア様、ベアトリーチェ・ドラゴスピア様に忠誠を捧げましょう。よろしくお願いします、旦那様、奥様!」
トスカが満面の笑みで僕達の勧誘を了承してくれた。
「もちろん!よろしく頼むよ!」
「頼りにしてるのじゃ!」
「ふふふ、本当ならお二人とは身分が違いすぎるのですけど、そんな気がしませんね」
「当然さ。僕達は仲間で、同志さ。それに緩くやろうよ」
「わかりました!でも財布の紐は緩めません!旦那様と奥様が稼いだお金は大事に使います!」
ふんす!と言わんばかりに意気込むトスカ
出会った時から華族子息にいじめられていたり、メディチ家の晩餐会にぶっこまれたりと不憫な場面のトスカを見ているからか、自分の得意分野で自信ありげなトスカは新鮮だった。
「そうだね。あと旦那様ってのもむずかゆいなぁ…」
「妾も…もっと親し気で良いぞ?気にするでない」
「しかし…私は家の使用人ですから…!」
「それ以上に僕達の友人さ。友人に畏まらないだろう?敬語も禁止ね、はい命令」
「なんと殺生な!…わかりました。ではシリュウ君とベアトと呼ばせてもらいます。でも家族以外は敬語なのでこれは許してくださいね?」
そう言ってフランクな雰囲気に変わるトスカ
うんうん、やっぱりこっちの方がいいね。
「問題ないぞ。では早速我が家の想定収入の資料をトスカに渡すのじゃ。支出はこれから構える屋敷と使用人達の人件費くらいかと思うておるのじゃが…」
そう言ってビーチェはいくつかの資料をトスカに渡す。
その資料を手に持った瞬間にトスカの目つきが鋭いものになった。
「え~っと……主な収入はドラゴスピア家の俸禄に…シリュウ君の准将としての給金…そしてベアトの少尉としての給金ですね。不動産とか動産は他に所有していますか?」
「いや特にないよ。僕達が今所有している財産は、ドラゴスピア家の保有金貨くらいだっけ?」
僕がビーチェに目を向けると呆れたような目をしている。
なんで…?
「これだから妾の旦那様は仕方がないのう…」
「……他に何かありましたっけ…?」
「あるじゃろ?長年シリュウが魔獣を狩り続けて稼いだ資金が。あれも証文でまだもっておるじゃろ?」
「あっ!」
そう言えば、僕が長年エクトエンドで狩ってハトウで換金していた資金をサトリの爺さんが商会に預ける形で積み立ててくれたんだっけ。
すっかり忘れてた。
しかも証文の在りかがわからないぞ…
「………ビーチェさん…あの証文の場所…わかる…?」
僕が冷や汗を流しながらビーチェに聞く。
そしてビーチェはほれみたことかという顔で証文を懐から出した。
「そう言うと思って、ほれ。ここに用意してある」
「さすが!僕の奥さんは頼りになるぅ!」
「はぁ…頼りにしてくれるのは嬉しいが、あまりにもお金に無頓着すぎるのう…トスカも苦労するぞ?」
「……いやお金の支出に無頓着な人はいっぱい見ましたが、収入に無頓着な人は初めてですよぅ…」
「確かにのう…ほれ…これがシリュウが個人で保有している資産じゃ」
「…どれどれ……って…ブッ!!」
証文の中身を見たトスカが吹き出した。
その様子には証文の内容を知っているビーチェも驚いた。
「なんでそんなに驚いているの…?」
「確かに個人で稼ぐ金額は多いが…そこまで驚くものかのう?」
僕とビーチェがトスカに対して疑問を呈するが、トスカの答えは意外のものだった。
「いやいやいや!金額ではありません!ここにこの証文のソウキュウ商会側の契約責任者の名前があるのですが……アルビーナ・イマイって…これは現ソウキュウ商会の会長の名前じゃないですか!?」
「「!!??」」
そ、そうなの?
サトリの爺さんはソウキュウ商会の会長と知り合いだったのか。
まぁ皇都で活躍していたみたいだし、不自然ではないけど。
「ソウキュウ商会の会長自らが名を記す程の契約……シリュウ君は本当に一体何者なのです…?」
トスカの指摘に僕らはたじろいだ。
う~む、僕の出自を明かしてもいいのだけど、今明かしたらトスカは失神しそうだなぁ…
そんな風に考えているとビーチェが先にトスカに忠告した。
「トスカよ。その問いに答えても良いとシリュウは考えておるみたいじゃが、本当に聞きたいか?想像の10倍は怖い答えが返ってくるぞ?」
実はシュバルツ帝国の皇帝の孫でした~って言うと多分トスカの意識は途絶えるだろう。
雇い入れ初日からそんな心労はかけたくないね。
「……これ以上に心臓に悪い答えがあるのですぅ…?……今聞いたら心が持ちそうにないので後日心が健康な時に聞きます…」
「それが良いぞ」
「まぁトスカには隠す気はないけどね。そのうち心の準備が出来たら聞いてよ。ちゃんと答えるからさ」
「うぅ……やっぱりこの人達怖い……」
トスカは頭を抱えながらうずくまった。
そんなトスカを見ながら、僕らはトスカの心労ができるだけないようにカミングアウトする方法を思案していた。
5秒程熟考した結果思いつかなかったので諦めた。
立ち直ったトスカは改めて、ドラゴスピア家の収入と必要経費について概算ながらも見積もりをしてくれた。
「まず一番大きな固定費は屋敷の維持費用ですね。これは地代や地税の他に屋敷の貸与費用や屋敷を維持する使用人達の人件費も含みます。この固定費は屋敷の規模や立地に大きく左右されますので、まずはどこにどんな屋敷を構えるのかを決めるのが先決かと」
トスカの指摘にうんうんと頷く僕ら
流石は会計役
スラスラと必要費用や種類について解説を交えながら説明してくれる。
「まずシリュウ君はどんなお屋敷が良いと思いますか?」
「そうだね。やっぱり稽古はしたいから庭が広いのが理想かな。建物自体はそこまで大きくなくていいと思ってる。調度品とかも豪華じゃなくていいと思っているけど、そこはビーチェの趣味に合わせるよ」
「妾も調度品や内装はそこまで豪勢でなくていいと思うておる。むしろシリュウと同じように稽古場は広く取りたいのじゃ。雨の日も稽古できるように屋内式の稽古場も欲しいのう」
「確かに!屋内の稽古場は欲しいなぁ!」
「なるほどなるほど…であれば立地は…地図を出しますね」
そう言ってトスカは、皇都の地図を自らの鞄の中から取り出した。
「皇都は皇宮に近いところ程、地価が高くなる傾向にあります。1区の皇区は全てが皇国所管の土地なので、実質的に売買が可能で最も地価が高価なのは、今まさに私達がいるこの2区の華族区ですね。ただシリュウ君とベアトの言うように、広い庭をこの2区で確保しようとするとかなりの高額になってしまいます。広さを優先し、なおかつ子爵家が居を構えるのにふさわしいのは7区の住宅区か、3区の行政区でしょう。お二人が10区の軍港区にある海軍本部に通うことを考えると行政区の西側で広い庭を持つ屋敷を探すのはどうでしょう」
トスカは非常に理知的に僕らに探すべき場所を説明してくれた。
「…なるほど…非常にわかりやすい説明だね」
「うむ。トスカはやはり優秀なようじゃのう」
僕らはトスカを褒めると、トスカは呆れたような顔で言う。
「……16歳で軍の准将になっている旦那様と、14歳でサザンガルドの武術大会で優勝している奥様に言われても嫌味にしか聞こえませんよ…それにこれくらいは皇都民として常識です」
「そうか…そういうものなのか。まぁでもトスカのおかげで屋敷についての方針ははっきりしたね」
「うむ。後は家令を見つけねばなぁ…」
「そうですね…でも経験豊富な家令は皇都では引っ張りだこです。どこかの若き執事を引き抜いて、家令に抜擢するのがいいのでは?」
「トスカの案が現実的じゃな。少し皇都の華族界隈を当たってみるとするのじゃ」
「そうだね。僕も少し周りに聞いてみようかなぁ」
僕らは家令探しの方針を決めたとき、シュリットがまた応接室にノックをして入って来た。
「あのう…来客があるのですが…」
「来客?今日はもう誰も来客予定はないはずじゃが…」
ビーチェが訝しがっていると、シュリットは困ったように言う。
「その…アポイントメントは取っていないそうなのですが、ドラゴスピア家の使用人として雇って欲しいとおっしゃっている方がいて…」
シリュウ「唐突な売り込み」
ビーチェ「サザンガルド家の政務所にアポなしで突撃とは豪胆な者じゃのう」




