第45話 ハンブルグ海戦⑩〜生きていきたい
烈歴98年6月17日(行軍3日目) 20時18分 シュバルツ帝国 港湾都市ハンブルグ
皇国の一行を追撃したヴィルヘルム軍1,000をたった5人の魔術師達で殲滅してしまった日中の戦を終えて、私達はハンブルグに帰還した。
パオの作戦は、ポアンカレの船団をハンブルグ海軍の船団と正面から相対するように布陣させることで、ヴィルヘルム軍にポアンカレの船団をタレイランの船団と誤認させるところから始まった。
そのポアンカレの船団をタレイランの船団と誤認したヴィルヘルム軍は、意気揚々にハンブルグに進軍し、マーガレット所長が作成した鋼の小屋に近づき、近づいた逆側から小屋に出たダイヤ・ミュラトール、リクソン・ベタンクール、ジャンヌ・ディルク、パオ・マルディーニという稀代の魔術師達の急襲にあったのだ。
その作戦は見事にハマり、ダイヤ・ミュラトール、リクソン・ベタンクール、ジャンヌ・ディルクのたった3人でヴィルヘルム軍は崩壊し、パオは一騎討ちでロタ・マテウスを討ち取った。
まぁロタ・マテウスはそのとんでもない生命力で生きていて、ポアンカレに持って帰られるらしいんだけど…
そんな戦闘の事後処理や、明日の出港準備などを終えて、私達皇国海軍の一行は、ハンブルグの宿で1泊してから帰ることにした。
私は宿での入浴後に夜風に当たりたくなって、宿のすぐ近くにある公園で、ハンブルグの海を眺めていた。
そして今回の王国と帝国の遠征を振り返っていた。
王国ではいきなり双剛魔猿に出くわしたと思えば、パオとシリュウ准将があっさり討ち取ってしまい
そしてリータ殿下とシャルル王が秘密裏に会談したら、プスキニア・メルセンヌとエゴン・レヴァンドフスキとヒルデガルドに襲撃され、それをシリュウ准将とアウレリオ准将とベアトが返り討ちにしたり
ポアンカレの家に訪問したと思えば、ポアンカレと同盟を組むために私が一世一代の交渉を行ったり
かと思えば、私に水の魔術の適性があり、それをポアンカレの研究所の人達が引き出してくれたり
そしてヒルデガルドが皇国軍の一員になってくれたり
王国では本当に得る物が多かったと思った。
対して帝国では、カチヤ・シュバインシュタイガー将軍に出会い
帝国の後継者争いの真相を知り、帝国の内乱の根深さを思い知り
シリュウ准将が実はカール皇帝の孫であることがわかったり
シリュウ准将とパオが共にリータ殿下に忠誠を誓ったり
そしてヴィルヘルムが大軍を率いて帝都に攻め入ったことで外交使節団がノースガルドに向かう軍とハンブルグに向かう軍で別れてしまったり
帝国では得た物は少なかったが、この帝国から生きて帰れたという事実は私達には大きな財産になるだろう。
今回の遠征は私が海軍に入ってから一番の大仕事になった。
それをパオと共に完遂できたことは今後もパオと一緒に二人三脚で仕事をしていくうえで大きな自信になりそうだった。
今回の遠征でもパオのかっこいところ、凄いところ、優しいところ、たくさん私に見せてくれて、やっぱりパオ・マルディーニという人間はリアナ・フォッサにとってはなくてはならない存在だと強く感じた。
そんなパオのことを考えていると、私の考えが通じたのか、公園で星を見上げる私に近づく人影が一つあった。
「にー。こんなところにいたんだぬ。心配したろんよ」
私の最愛の人、パオ・マルディーニだ。
「パオ…夜風に当たりたくて…ただの散歩よ?」
「それでも夜分に女性一人で出歩くもんじゃないろん」
そう言ってパオは私の隣に立って、同じように空を見上げた。
「…何を考えていたろん?」
「ふふ、パオのことに決まってるでしょ。今回の任務もたくさんかっこいいところ見せてくれたからますます好きになっちゃったって思ってたところ」
「……照れるねん…」
そう言ってパオは珍しく顔を赤くして、私から顔を逸らした。
「どうしたの?照れるなんて珍しい…!こっち向いて?」
私は、そう言ってパオの顔をこちらに向けようとしたら、パオが顔を向けた拍子に、自身の唇を私の唇に重ねた。
「!?」
私はパオからの唐突な接吻に驚いたが、しばらく甘い時間を共有した。
そしてどちらからともなく距離を取り、パオは私を抱きしめた。
「…どうしたの…?」
パオはしばらく無言で私を抱きしめ、そしてゆっくりと口を開く。
「…今回のこと…本当に危ないと思った。リアナの命が危険に晒されると…だからリアナが今ここにいることに…オイラは全てに感謝している」
「そう…ありがとう…守ってくれて…」
「オイラこそ…リアナが隣にいてくれることで何倍にも強くなれる気がした。なんていうか…今まではリアナのこと、親友…相棒…そんな言葉では言い表せないと思ってた。でも先月にシリュウっちとベアちゃんに気付かせてもらった。今回の遠征で、よりリアナ・フォッサという人間がオイラにとってはなくてはならない存在なんだと思ったんだ。もうリアナはオイラの半身のようなものだ」
パオのあまりにも情熱的な言葉に私は驚くことしかできない。
だってパオと出会ってから10年間 私は一方的にパオのことを片想いしていたのだ。
だから愛を与えることに慣れていても、愛を貰うことにはまだ慣れていなかった。
「…ふふふ、嬉しいけど、そこまで言われるなんて、少し恥ずかしいわね」
「何度だって言うさ。だってオイラはリアナのこと……愛しているから」
「…!//……ふふ、ありがとう!私もパオのこと愛しているわ」
そう言って私達はまた唇を重ねる。
そしてパオは言う。
「……オイラはリアナに生きて欲しい。いざとなったら命を賭してリアナを守る。でもやっぱりリアナと共に生きていきたいと強く思ったよ」
「そうね、私もそう。パオが死んじゃったら、私も寂しすぎて死んじゃうわ。」
「にー。そんなことはさせない。2人で生きていこう」
「うん…パオ…愛しているわ」
「オイラも」
「…ねぇパオ…お願いがあるわ」
「何だい?」
「…私…子供が欲しいわ」
「…お安い御用っさ…!」
「ふふふ、じゃあ皇都に帰ったら楽しみにしてる」
「そうだぬん。ではとりあえず皇国に帰ろうか」
そうして私達は手を繋いで宿に帰る。
明日からは皇国へ帰るためにまた海の上だ。
でもきっと天気は快晴だろう。
だってこんなに苦労したんだもの。
それくらい望んでも女神様は許してくれるわ。
ハンブルグ海戦~完~




