第43話 ハンブルグ海戦⑧〜迅雷は氷槍と貫く
烈歴98年6月17日(行軍3日目) シュバルツ帝国 港湾都市ハンブルグ西 アルトナ平原
「ヴィルヘルム軍 ロタ・マテウス、お前の首をもらう。ヴィルヘルムにつき返して皇国に手を出したことを後悔させてやる」
ヴィルヘルム軍の重鎮 十傑第7位『怪鳥』ロタ・マテウスを目で殺さんばかりに睨むパオ
「がっはっは!これが噂の『海の迅雷』か!その名に恥じぬ見事な雷魔術よ!」
今し方パオから雷魔術を喰らいながらも不敵に笑い、滾る様子のマテウス
常人なら立ち上がることは難しいほどの雷魔術を受けたはずだが、マテウスは少し腕を振るい何事もなかったかのように弓を構えた。
バシュッ!
そしてパオの顔面を狙い一直線に飛んでいく矢を放った。
ビュン!
それをパオは風魔術で矢が飛んで行く方向を横に逸らした。
「がっはっは!これほどの矢でも受け流すか…!ならばこれはどうじゃ?『三羽烏』!」
バシュ!
バシュ!
バシュ!
「!?」
マテウスは今度は素早く3つの矢を放つ。
1つは一直線へ
1つは右に湾曲しながら
1つは左に湾曲しながら
そしてその矢はパオの元に到達する際に一つに合流するような軌道を描いた。
「させない!」
ビュン!
パオを風魔術で小さな上昇気流を作り、飛び上がることで避けた。
しかしマテウスはそれを狙っていた。
「そうら見たことか!空中では避けれんぞ!『三羽烏』!」
そして同じように3つの矢を放ち、空中に浮かぶパオを狙う。
「甘い…!……『放雷』!」
バリバリリリィ!
しかしパオは自身を中心として雷を周囲には放ち、向かってくる矢を雷で焦がして防御した。
そして更に上空に浮かび上がり、マテウスから距離を取った。
「出鱈目じゃのう…距離を取り、こちらの射程外から一方的魔術を放つ…魔術師とは本当に理不尽な存在じゃ。それもお主が才能に恵まれたからこそ。日々鍛錬を欠かさず己を高める儂ら武術師にとっては、色々と不条理な存在じゃ」
マテウスは魔術師と武術師の違いを感じながらも愚痴のように言う。
それをパオは一蹴した。
「はん!魔術師が才能だけと思ってるなんて、相変わらず帝国は魔術後進国だろん。まぁそれも帝国の武術師の底の浅さのせいかにー?」
「なんじゃと?」
パオの帝国の武術師への中傷にマテウスは陽気な顔を崩して低い声色で問い返す。
「オイラが知ってる最強の武術師は、『魔術師は才能があって理不尽』なんてカケラも思ってないね。むしろ共に己を高める存在だと思ってくれている。間違っても『理不尽』なんて言葉で僻まないろん。そんな帝国の武術師の『向上心の低さ』が『底が浅い』ってわけさ」
パオは堂々と力強くマテウスに言い返す。
そのパオの頭には少年のように無垢だが、窮地の際には誰よりも雄雄しく槍を振るう友の姿が浮かんでいた。
「小僧…長生きのコツは人をあまり怒らせないことじゃ」
マテウスは静かな怒りを燃やしてパオに忠告する。
「ほう?貴様のように戦場で媚び続けたらそんなに長生きできるのかい?参考になるね」
パオは引き続きマテウスを挑発する。
そしてついにマテウスの堪忍袋の緒が切れた。
「………ぐ…がっはっはっは!…この儂にそのような生意気な口を聞いた奴は久しぶりじゃのう…!…褒美にたらふく矢を喰らわせてやるわい!あの世で咀嚼するんじゃなぁ!!『剛斉射』!」
そしてマテウスは、上空のパオに向かって矢を放つ。
ゴッ!!
「!?」
バリッ!
その矢は今までとは明らかに速度と重みが違う剛の矢で、風でいなせないと本能的に察知したパオは雷で燃やした。
「まだまだぁ!『剛翼斉射』!」
ゴッ!
ゴッ!
ゴッ!
先ほどのような剛の矢が、パオを連続で襲う。
パオとマテウスの距離は相当離れているが、それでも矢は勢いを落とすことなくパオの急所を捉える。
「…『放雷』!」
バリリリィイリリ!!
そして雷魔術で矢を防ぐのを繰り返すパオ
「がっはっは!儂の矢と貴様の魔力!どちらが先に尽きるかのう!!」
「ぐっ…!」
マテウスが矢を放つ度にパオは防御のために雷魔術を使用する。
マテウスはまだ腰に百の矢を装備している。
周りの部下に命令させれば補充も可能だろう。
しかしパオの魔力は急には補充できない。
そしていかに一流のパオと言えども空中に浮くための風魔術と矢を防ぐための雷魔術を併用しながら戦闘していると、魔力はそのうち尽きてしまう。
魔術師が魔力を失うと待ち受けるのは死の運命しかない。
(……ぶっつけ本番だけど…行くしかないにー!シリュウっち…オイラに力を!)
パオは意を決して、マテウス目掛けて突撃して、決戦を仕掛ける。
「はっ!近づいてくるとはな!的がデカくなって当てやすいわい!『剛翼五連槍』!」
マテウスはパオを突撃を無謀な策と受け取った。
そして直線上に突っ込んでくるパオ目掛けて5つの矢を同時に放った。
ゴッ!
ゴッ!
ゴッ!
ゴッ!
ゴッ!
「……見えた…!『水城不壊』!」
ザパァーーン!
「なんじゃあ!?」
唐突に現れた巨大な水の塊
そしてそれはまるで水でできた城塞
そしてそれはマテウスが放った五つの矢を飲み込んだ。
またマテウスからはパオの姿を捉えられない目眩しにもなった。
そしてパオからはとっておきの必殺の魔術が放たれた。
「………ここだ!『子龍氷槍』!」
ガキィィィイイン!
水の城塞を貫くようにして現れる氷の槍
それはどこかの槍使いが突くように真っ直ぐに力強くマテウス目掛けて空中を迸った。
ザシュッ!!!
「ぐはぁぁっ!!」
氷の槍はマテウスの胴を貫いた。
「こ…これが…ぐぶっ…パ、パオ・マルディーニ…!…見事…!」
大量の血を吐くマテウス
その命はもうどう足掻いても風前の灯だ。
そんなマテウスの前に、ふわりと着地するパオ
「敵ながら見事な武術師だったろん。言い遺すことはあるかい?」
パオはマテウスを見つめて言う。
「がっはっは…こんな負け犬に慈悲深いのう…戦場でお主のような若き猛者に討ち取られる…時代は変わる…!なんと戦乱の面白きこと!…我が命に一片の悔いなし!」
バターン!
マテウスはそう叫び、仰向けに倒れた。
その顔は清々しい顔で笑みに満ちていた。
「これも戦乱の習い…恨んでくれていいが、せめてあの世で頼むよ」
仰向けに倒れたマテウスの亡骸に羽織っていたローブを被せるパオ
そして拡声魔術で戦場に告げる。
『ロタ・マテウス、この皇国海軍少将 パオ・マルディーニが討ち取った。ヴィルヘルム軍は投降せよ』
マーガレット「こ、氷の魔術!覚醒していたのか!それに見事な形成術!汎用的な槍を模倣するにしてもあまりにも素晴らしい!最後の突きも風魔術の加速と相まって見事な突きだ!あれほどの突きを模倣するなど槍の達人が身近にいるのか!」
リアナ「まぁ…いるわね…今のパオの槍突きが霞むほどの化け物が…」
シリュウ「ヘックシュン!!」




