第42話 ハンブルグ海戦⑦〜アルトナ平原の戦い
烈歴98年6月17日(行軍3日目) 10時12分 シュバルツ帝国 港湾都市ハンブルグ西 アルトナ平原
ヴィルヘルムからハンブルグに向かう皇国の一行を襲撃し、パオ・マルディーニの首を取るようにヴィルヘルムから命令を受けた帝士十傑第7位『怪鳥』ロタ・マテウスは、1,000の兵士を率いて、ハンブルグに向かっていた。
ロタ・マテウスは、事前の情報ではハンブルグにはタレイランの援軍がおり、パオ・マルディーニの一行は80人だけと聞いており、こちら側に明らかに有利な状況で始まろうとしている戦に物足りなさを感じていた。
「ふむぅ…皇子の命とは言え、ちと歯ごたえのない任務じゃのう…パオ・マルディーニの首を取る際には、少しは楽しませてもらおうかのう。名高き『海の迅雷』の戦…お手並み拝見というこうかの」
そんなマテウスに副官が更に報告をする。
「事前の諜報ではハンブルグ軍も1,000から2,000とのこと。それにハンブルグ軍は紛争地域から縁のないところ。ハンブルグ軍も戦よりかは治安維持に長けている部隊と言う情報もあります。国内や皇国との紛争に明け暮れている我がヴィルヘルム軍の精強さとは比べものにもなりますまい」
「じゃろうな。それにハンブルグもまさか攻められるとは思いもせぬ。ハンブルグ軍を抑え、それをタレイランに割譲し、ハインリヒ勢力の反対側に楔を打つ…いやはやヴィルヘルム皇子の性格の悪さは間違いなく皇子の中で一番じゃろうて!がっはっは!」
マテウスの軽口に愛想笑いで対応する副官
ここで同調してしまうとヴィルヘルムへの不敬になるので、副官は苦笑いに留めておいた。
そうこうしているうちに、マテウスの部隊はハンブルグを目視で捉える。
ハンブルグの状況を確認するために、部隊は一旦進軍を停止した。
「…ハンブルグが見えたの…どれどれ…海上には10隻程度の船団同士が向かい合っておる。一方がタレイランで一方がハンブルグ軍じゃろうな。タレイランはうまくハンブルグ軍を海に引き付けておるようじゃ、感心感心!」
「であればハンブルグの街はもぬけの殻でしょうな。先に街を制圧し、その後にパオ・マルディーニの一行を捜索するとしましょう。おそらく街の中で潜伏しているでしょう」
「がっはっは!まぁ落ち着くんじゃ、何かあるぞ?」
急に陽気な老人から老獪な将軍の顔に変わったマテウス
「はぁ…なぜでしょう。戦況は我が方に有利で、何も憂うことはないとは思いますが…」
その様子を怪訝に思い副官はマテウスに質問した。
それに対してマテウスは答える。
「こちらに何もかもがうまくいきすぎておる気がするのう。こういう時は、大抵は罠を張られているか、こちらに有利か不利かはさておいて何か不測の事態が起きておる」
マテウスは数十年もの戦に明け暮れた経験からこの状況に潜む落とし穴の存在を感じていた。
「し、しかし…パオ・マルディーニの一行はたった80名です。罠を張るにしても、張ったところで我らに勝てる算段あるとでも?…マテウス将軍の経験の豊富さは良く知っておりますが、さすがに慎重すぎるかと…」
副官はマテウスに敬意を表しながらも諫言する。
「がっはっは!儂とて臆しておるわけではない!しかしこの戦場…普通ではないことは確かじゃ。それは胸に刻んでおくが良い」
「はぁ…では進軍を再開させます。全軍…進め!」
そしてマテウスの部隊は再び進軍を再開する。
ここアルトナ平原は周りには何も大きな障害物もなく、ハンブルグまで広く見通せる地形になっていた。
そして周りには何もなかったため、マテウスの軍は警戒心は薄かった。
進軍をしているが、マテウスから離れた配置の兵士は談笑しているほど余裕があった。
そうしてハンブルグまであと少しと言うところで、マテウスは兵士から報告を受ける。
「ご報告申し上げます!前方に鋼と思われる材質で建築された小屋を発見!あまりにも奇妙なため、マテウス将軍にご報告申し上げます!」
兵士の報告に眉をひそめる副官
「な、なんだそれは…」
それに対して愉快そうに報告を受けるマテウス
「…やはり…このような時は何か不測の事態があるものじゃな!どれ、案内せい。こういうものは現場で見るに限る」
「はっ!こちらへ!」
そしてマテウスは、街道外れにできた鋼の建物に兵士を連れてやってきた。
建物は庶民の一家族が暮らす程のものだったが、その材質は銀色に光り輝くものだ。
「た、確かにこれは鋼だ……しかし帝国に今、鋼の魔術師はいたか…?」
副官は周りの兵士に確認する。
「い、いえ…私が知る限り有名な鋼魔術師は王国のマーガレット・ポアンカレくらいかと……」
ある兵士が自信がなさそうに答えるが、周りの兵士達もおおむね同じ意見だった。
「マーガレット・ポアンカレが帝国のハンブルグにいようはずもない…であればこれはハンブルグが建築したのか…?それにしては見事な建物だが…?」
副官はその建物の造りに感心していたが、マテウスは眼光鋭くその建物を見ていた。
「……なるほどのう……いるんじゃろ?」
マテウスはその建物をドンドンと叩きながら、外に出てくるように促した。
そして建物からは1人の男性が出てきた。
「これはこれは名高き十傑の一人ロタ・マテウス殿とお見受けする。私はハンブルグの治安を預かるモーリッツ・ハンブルグと申す。そのような過分な装備で我が街に何用で?」
「がっはっは!帝都で不埒を働いた皇国の一行がこちらに逃亡しておるでのう。捕えに来たのじゃ。協力してくれるかのう?」
これは事前にマテウス軍がハンブルグ軍を騙すために考えていた嘘だ。
皇国の一行が帝都で不埒を働いて逃亡したのを捕縛するためにハンブルグに来たというシナリオのもとで動いている。
ハンブルグには帝都の状況はまだ伝わっていないはずなので、この嘘がある程度通ずる見込みであった。
嘘が通じてなくても、力で押しとおるつもりだが。
マテウスの言に対し、モーリッツは力強く答えた。
「これは異な事を言う。不埒を働いたのはあなた達ではないですか?」
「……!知っておったか…」
「……当然!…貴様らのような逆賊はここで死に果てるがいい!!」
そう言ってモーリッツは鋼の建物の内部へ入った。
「…は?どういうことでしょう……」
副官はモーリッツの言うこととしていることが一致せず理解に苦しんでいた。
しかしマテウスは危機を感じ取っていた。
「……まさかのう……!?……皆の者!伏せよ!」
「ンフフフ!遅いですよぅ?……爆驟雨!!」
ドガアアアン!ドガアアン!ドガアアン!
「うわあああああああ!」
「ぎゃあああああああ!」
「ぐえううおおあああ!」
鋼の建物を中心に一帯に降りしきる爆撃の雨
タキシードを着た男は上空に浮かび、自身が降り注ぐ爆撃の雨を満足そうに見つめていた。
その雨から逃れられないマテウス軍
兵士達は陣形を無視して己が命を守るために散り散りになった。
「逃しませんよ?……フレイムガーデン!」
兵士達が逃げようとした先の地面が一面に火の庭と化す。
その火の庭の上空に、虹色の髪をしたシスター服の女性が祈りのポーズを取っていた。
「哀れなこの者達に裁きを……」
また別の方向に逃げようとするも、そちらには人の手ではどうあがいても超えられない火の壁が出来ていた。
「はいはい、通行止めね?命が欲しけりゃ武装解除して投降してね。じゃないと骨まで燃やし尽くすから、ははは!」
轟々と燃え盛る炎の壁の前に、飄々として立つ赤と黒の髪の男は、兵士達には悪魔にしか思えなかった。
散り散りになる兵士達が、見たこともない魔術で討ち取られていく様子を見たマテウスは、完全に嵌められたと感じた。
「くぅ…!あのような罠は初めてじゃのう!この年になってまだ未知の嵌められ方をするとは…これだから戦はやめられんのよ!がっはっは!」
「わ、笑いごとではありませぬ!このままではたった数人を相手に全滅してしまいますぞ!」
「がっはっは!全滅はなかろうて。儂は逃げれるからのう」
「な……!?…我らを見捨てるので!?」
「戦場で何を言っておる?己が身は己で守れ。それができぬなら最初から戦場に立つな」
「!?」
「…しっかし…ただ逃げるにしても何人かは将は討つか…でないと皇子にまたどやされてしまうわい!がっはっは!」
そう言ってマテウスは背負っていた弓を構える。
(敵は強大な魔術師が3人……あの紳士服の男と、シスター服の女…そしてあの赤黒の男…厄介なのはあの紳士服の男の爆魔術じゃな…あやつから討つか…)
そしてマテウスは紳士服の男…ダイヤ・ミュラトールに向かって駆ける。
そして弓を走りながら構えた。
ダイヤとマテウスは200歩ほど離れた位置にあるが、マテウスの弓の腕では射程範囲内だ。
(……捕えた!)
そしてマテウスがダイヤに弓を放つ。
バリィ!!
「ぐわあ…!!」
その瞬間にマテウスの腕に迅雷が迸った。
マテウスは雷を受けた衝撃で、転倒し、弓を落としてしまう。
そしてすぐさま起き上がり、雷を放った元へ目を向ける。
そこには、少年ほどの身長をした青と緑と黄色の特徴的な配色のウェーブがかった髪をした軍服にローブを羽織った青年がいた。
「……そうか……其方が……パオ・マルディーニじゃな…?」
「そうだ。ヴィルヘルム軍 ロタ・マテウス、お前の首をもらう。ヴィルヘルムにつき返して皇国に手を出したことを後悔させてやる」
リアナ「…めったにないパオの本気モードね…」
マーガレット「戦闘に参加はできなかったが、ここはパオ少将の本気の戦闘魔術を見せてもらおう」




