第36話 ノースガルドに至る道⑫~鬼謀の終着点
烈歴98年 6月18日(行軍4日目)シュバルツ帝国 ラインハルツ大橋
レオンハルトさん率いるラインハルト軍が救援に来て、助かったと思った束の間、背後よりヴィルヘルム自らが率いる軍が現れ、一転してこちらが窮地に立たされた。
ヴィルヘルム率いる部隊はレオンハルトさん率いるラインハルト軍とほぼ同数…
ロロ・ホウセン隊500-ラインハルト軍2000-ヴィルヘルム隊2000 という形で布陣している。
ラインハルト軍はロロ・ホウセン隊を包囲するもその背後を突かれ、ヴィルヘルム軍に挟撃される形となってしまった。
「……まさか……あなた自ら追撃に来るなんてね……ヴィルヘルム…」
ヒルデガルドはヴィルヘルムを睨みつけるようにして言う。
「ほう…貴様…ヒルデガルドか……王国で消息不明になったと聞いて、皇国の娼婦にでもなったと思ったがその通りであったか……これだから女は信用ならぬ」
「…誰が娼婦よ!……私は自分の意志で皇国の兵士になったの……あなたの元では感じたこともないやりがいを感じているわ…」
「ふん、貴様程度の武術師が消えても我にはとっては些事よ」
えぇ……ヒルデガルド程の武術師がいなくなったら大打撃でしょ…
「……あなたがどう思おうが…私にはどうでもいい……振られたからって強がるなんてダサいのね…」
これまた強気に返すヒルデガルド
今かなり劣勢なんですよ?
相手を挑発するようなことはやめましょうよ…
「好きに言うがいい。貴様らなどとっとと蹴散らして、皇国軍を追わねばな。まぁ貴様らがここに残っているということは、皇国軍はそこまで遠くはないな……しかし橋はどうした?」
流石のヴィルヘルムもラインハルツ大橋がなくなっていることは計算外だったのか、訝しげに問う。
「貴様に仕える不届き者が渡った瞬間に崩れ落ちたわ!女神様は貴様らの悪行を見逃さなかったようだな!」
レオンハルトさんが声高にヴィルヘルムへ回答する。
「………ほう……貴様ら…いや…そこのシリュウ・ドラゴスピアだな?橋を壊したのは…」
ぎくっ!
なんでわかるんですか…
「な!?」
そして驚くレオンハルトさん
いや僕は壊していない。
壊れやすいように橋の至る所で亀裂を入れていただけだ。
「いやぁそちらの不手際を、都合がいいからって他国の人間である僕に罪を擦り付けるなんてやめてくださいよ~」
僕はすっとぼけたように言う。
「抜かせ。あの大橋はラインハルトの爺が念入りに整備しておる。その歴史は古く文化遺産にも認定されているほどだ。そんな大橋が経年劣化で崩れるわけがなかろう。あの大橋を崩せる細工をできる膂力がある者など、ここではホウセンと貴様くらいだろう」
ぎょえ~!!
あの大橋そんな大事なものだったの!?
僕は自分が犯した罪の重さに踏みつぶされそうになるが、救いの手はあった。
「貴様こそふざけたことを抜かすな!貴様の手の者が渡った際に橋が崩れたのは事実!多数の者がそれを目撃している!あの橋の賠償費用は貴様に請求してくれるわ!!」
ひゅ~!いいぞ!その通りだ!
やっちゃえ!レオンハルト!
僕は心の中でレオンハルトさんを応援するが、戦況が不利なことは変わらない。
「ふん。ここで死にゆく貴様らに賠償も何もあるまい。このまま磨り潰すぞ?」
「ぐっ!」
確かに戦況は圧倒的不利な状況だ。
そんな中、ずっと黙していたホウセンが声を上げた。
「……待て……俺とそいつの一騎討ちの決着はついていない…」
そう言ってホウセンはたった一人でゆっくりとこちらに近づいてきた。
それをヴィルヘルムが制する。
「貴様、ふざけるなよ。貴様がこいつと遊んでいたせいで貴重な時間を浪費しているのだ。チャンバラごっこは帰ってからミロと好きなだけしていろ」
ヴィルヘルムが辛辣な言葉をホウセンに投げかけるが、ホウセンも引かない。
「これは武人の誇りを掛けた由緒正しき決闘……誰にも邪魔させぬ…!」
僕らを挟んで口論になるヴィルヘルムとホウセン
この2人…実は仲が良くないのか…?
なのになんでホウセンはヴィルヘルムに仕えているんだ?
そう疑問に思っていると、ヴィルヘルムの言葉からその理由の一端が垣間見えた。
「ほう…俺に逆らうのか?貴様の妻と娘がどうなってもいいのか?」
「…………ぐっ…!?」
え?
ホウセンって結婚してるの?
それに娘もいる?
人質にでも取られているのか?
「貴様の武人としての誇りは尊重してやろう。だが武人の矜持を戦場で優先させることは許さぬ。矜持に反して武を振るうことが嫌なら、そこで座しておれ、この獣め」
「…………あい、わかった…」
ヴィルヘルムの言葉に、ホウセンはゆっくりと頷き、方天戟を構えた。
「さて…獣の躾に時間を取られたが、遺言だけは聞いてやろう」
ヴィルヘルムは腰に刺していた剣をゆっくりと抜き、僕達に向けた。
ここが正念場か…
数は不利、相手にはロロ・ホウセンがいて、僕の状態は満身創痍
戦況は著しく不利だ。
まさに絶体絶命
この状況で生き残るにはあのロロ・ホウセンを抑えなければならない。
しかしロロ・ホウセンに注力しても、ヴィルヘルム率いる部隊が僕らの背後を突く。
しかし、やらなければここで死ぬ。
「レオンハルトさん…ヒルデガルド……ここは3人で一気にロロ・ホウセンを討とう」
僕はレオンハルトとヒルデガルドに提案する。
「ああ。この状況を打開するにはそれしかない」
「…やるしかないわね……それまでラインハルト軍でヴィルヘルム軍を抑えてもらうしかないわ…」
「…やらねばならぬ…!聞け!我が兵よ!死に物狂いでヴィルヘルム軍を討ち取れ!私達が必ずロロ・ホウセンを討つ!」
「「「「「おおお!!!」」」」
ラインハルト軍から上がる鬨の声
さぁ…覚悟を決めよう…
「遺言は終わりか?…ならばここで死ね。全軍突撃だ」
「「「はっ」」」
ヴィルヘルムの合図と共に、前から後ろからヴィルヘルム軍が迫って来た。
さぁ、始めようか。
ここが死線だ。
僕が覚悟を持って槍を構えて、ロロ・ホウセンに突撃した。
ガキィイイイイイン!!
しかしその突撃の前に川から大きな音がした。
そして全員が川の方を振り返るとそこには、川に架かる大きな氷の橋が出来ていた。
そしてその氷の橋を渡る多くの騎馬……
そして騎馬隊が掲げる旗には紫色の翼が生えた馬……!
「あれは……リアビティ皇国の紋章!」
「…なんで……ここに皇国軍がいるの…!?」
「いや…しかもあの先頭にいるのは……」
空色の髪に、大きな魔杖を掲げる知的そうな女性将校……
「リアビティ皇国 皇軍少将 レア・ピンロです!帝国軍は退きなさい!」
レアさん!助けに来てくれたのか!
あの氷の橋はレアさんの魔術によるものか。
そしてレアさんの隣にいる一際大きな馬に乗って、大錘を担いでいる大柄な男性
「どかないとおいらがぶっ飛ばすぞぉお!!」
あれは…マリオ・バロテイ少将!
皇国軍の援軍が今ここに…
帝国の地まで来てくれたのだ!!!
その数はこちらから見ても明らかにヴィルヘルム軍より多い!
「なぜだ……なぜここに皇国軍がいるのだ!?」
ヴィルヘルムは、顔を歪めながら怒り狂うようにして叫ぶ。
「まずい…背後を突かれる……全軍左翼から一点突破せよ…!」
皇国軍に背後を突かれる形となったホウセンは部隊に指示して、左側から一点突破でラインハルト軍からの包囲を突破しようとした。
しかしレオンハルトさんがそれを見逃さない
「させるか!全軍ホウセンの向かった方へ囲い込め!背後のヴィルヘルム軍は、皇国軍に任せよ!皇国軍の道を開けろ!」
レオンハルトさんが瞬時に指示を出す。
それを聞いたヴィルヘルムの顔がさらに歪む。
「ぐっ!…ホウセンの突破を援護しろ!奴にはまだ働いてもらわねばならぬ!」
そしてヴィルヘルム軍もホウセンが向かった先に兵を寄せる。
全体的に軍勢が左翼の方に寄り、氷の橋からやってきた皇国軍がラインハルト軍と合流し、ヴィルヘルム軍の正面に相対した。
そしてレアさんが僕に気付き、下馬して駆け寄ってくれた。
「シリュウ君…!だ、大丈夫ですか…!こ、この傷は…!?」
「お久しぶりです…レアさん…これはホウセンにボコボコにされちゃいました…ははは」
「…あのロロ・ホウセンと打ち合って生き残っているだけでも凄いです…!」
「…ありがとうございます…それにしても…こんなところまで…援軍が来るなんて…」
「私も驚いています……でも全てあの人の策ですよ…」
そう言ってレアさんが、こちらに駆け寄ってくる人物の方を向く。
明るい茶髪で、頭を掻きながら、この戦場に身を置きながらただ一人緊張感がない。
この陸軍の軍服を着ている男性…
そうか…この人が……
「こうして話すのは初めてだな~よくやってくれたぜ。後は俺達に任せな」
「ありがとう…ございます…サンディ・ネスターロ中将…!」




