第34話 ノースガルドに至る道⑨〜シリュウの策
烈歴98年6月18日(行軍4日目) 9時1分 シュバルツ帝国 ラインハルツ大橋
ビーチェ達凱旋軍と別れてから、僕はラインハルツ大橋でヴィルヘルム軍から凱旋軍を防衛するための仕込みを行っていた。
1人でやっているからとても時間がかかりそうだ。
何とか追手が来るまでに完了させておきたい。
そんな風に、仕込み作業をしていると、凱旋軍が進軍した方向からヒルデガルドがやってきた。
ありゃ、戻ってきたのね。
そんなヒルデガルドは、僕がしている仕込み作業の様子を見て、もう何回も見たであろう呆れた顔をしながら僕の方は近づいてきた。
「…あんたって…これが策?…こんなもの策と呼べるのかしら…」
「え〜!いい策だとは思うんだけどなぁ」
「有効であることは認めるけど…ラインハルト公に殺されても知らないわよ?」
「その時は皇帝の孫権限を使わせて回避するさ」
「…そう…あんたならなんか許されそうね……あとそこじゃないわ…私が言う箇所にしなさい」
「お!どこかわかる?僕も勘でやってるからあんまよく分かってなかったから助かるよ!」
「はぁ…でもこれでリータ殿下達は大丈夫そうね…」
「それは違いない」
ヒルデガルドの指示に従いながら、仕込み作業を無事に終えた僕は、ラインハルツ大橋の北側(入口側)で座して、追手を待つ。
この橋を渡らせないようにするため
「一応聞くけど、ここから向こうまで泳げる?」
「問題ないわ。なんなら潜水したままで対岸まで辿り着けるわ」
「流石十傑!身体能力はピカイチだね」
「………バカにしてる?」
「してるわけないよ…」
そんな風にヒルデガルドと緊張感のないやり取りをしていると、平野の向こうに土煙が舞っているのが見えた。
さてご到着かな。
土煙を発生させていた騎馬隊が、僕たちの眼前に現れた。
一人一人が黒色の重鎧を備えていて、馬の毛色も真っ黒だ、
まさに『黒備え』の集団かな。
その中で取り分け先頭にて一際大きな馬に乗り、そして自身も一際大きな体躯の黒の鬼神とでも表現すべき大男がいた。
初対面でもわかる。
あれが帝国最強の男
『黒獅子』ロロ・ホウセン
騎馬隊は僕らの姿を見つけ、その速度を落とし、やがて完全に止まった。
この橋を守護しているのがたった2人なのだ。
罠かと警戒して当然だな。
騎馬隊のロロ・ホウセンの隣にいた副官と思われる軍人が僕達に叫んだ。
「こちらはロロ・ホウセン将軍率いるツヴァイ州軍第一部隊である!そちらは皇国の将軍とお見受けする!ここは我らが領土!其方らは不法に我が国の領土を侵犯している!大人しく投降せよ!」
こちらが外交のために滞在してた時期を見計らって、軍勢を寄越しておいてよく言ったもんだよ。
厚顔無恥も甚だしい。
「ああ言われてるけどどうする?皇国の将軍さん」
「はあ…投降するわけないじゃん…」
「帝国の礼儀作法みたいなものよ…それで本当にどうするの?」
「決まっているさ。こうするのさ」
そして僕は大きく息を吸い込み、力の限り叫ぶようにして軍勢に言う。
「我が名はシリュウ・ドラゴスピア!リアビティ皇国海軍准将にして、この橋を守護する者だ!」
僕の名乗りに騎馬隊からは騒めきが聞こえる。
「あれが噂のシリュウ・ドラゴスピア…」
「本当にまだ少年じゃないか…」
「あいつがインペリオバレーナの討伐者…」
お?僕ってそんなに有名人になったの?
少しくすぐったい気持ちになるけど今は置いておこう。
さて行くか。
さらに息を吸い込んで、叫ぶ。
「ロロ・ホウセン将軍に告ぐ!貴殿に一騎討ちを申し込む!この槍に恐れをなさぬなら我が挑戦を受けよ!!」
そう言いながら僕は槍の切先をロロ・ホウセンに向けた。
僕の一騎討ちの宣言に、騎馬隊の喧騒はさらに大きくなる。
「な!?あいつ死にたいのか…」
「ホ、ホウセン将軍を知らないのか…!?」
「……ひぇえ…聞いてるこっちも怖えぇって…」
兵士達は一様に僕を命知らずだと断じている。
でもこれは僕の策だ。
この圧倒的有利な状況で一騎討ちを申し込まれるなんて、武人冥利に尽きるだろう?
それにお前は十傑第1位だ。
お前の武人としての好奇心は止まらないはずだ。
「………ほう…この俺に挑むか…」
案の定、食いついてきたロロ・ホウセン
さらに追い討ちをかける。
「エゴンじゃ肩慣らしにもならなかったよ。首を取る気にもなれないほどにね。お前は楽しませてくれるのか?」
僕は挑発するように槍をロロ・ホウセンに向けて言う。
するとロロ・ホウセンは肩を震わせながら言う。
「………くっくっく…くははは!…この俺にそこまで言う奴は…いつ振りか……そのわかりやすい挑発…乗ってやろう…!」
そうしてロロ・ホウセンは馬を降りて、僕の前に歩きながら近づいてくる。
近くで見ると更に大きいな…
じいちゃんよりもアレス・デルピエロ将軍…マリオ・バロテイ将軍よりも大きいな
そしてロロ・ホウセンが僕の10歩先まで来たところで、ロロ・ホウセンの副官が止めに入った。
「お、お待ちくだされ!ロロ将軍!ヴィルヘルム閣下よりリータ・ブラン・リアビティの身柄を最優先にするよう命を受けております!騎馬隊全軍であの者達を飲み込んでしまいましょう!」
ちっ
ど正論を言いやがって
今あの副官が言った事が僕達がやられて1番嫌な事だ。
普通にやれば1000vs2で、向こうにはロロ・ホウセンがいる。
僕たちにはまず勝ち目はない。
そうなると2つ目の策を発動させて逃走に専念しないといけない。
そう心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
ロロ・ホウセンは進言した副官に近づき
ドガッ!!!
「グハァっ!!!」
その顔面を殴り飛ばした。
「貴様…この俺に…そのような無粋な戦をしろというのか…!それにこの俺があの者に敗れるとでも…?」
ロロ・ホウセンは怒り、その副官へ怒号を飛ばした。
「ひ、ひぃ…!け、けっしてそのような…ことは…!」
「ならそこで黙ってみていろ……他の者もこの死合を邪魔するものは斬る……!」
「「「「はっ!!」」」」
他の兵士は、下馬して、膝をつきロロ・ホウセンに敬礼をした。
「……待たせたな……見苦しいものを見せた…」
「いんや?帝国の人達の醜いところなんて、ここ数日で見慣れたからね」
僕は皮肉で返す。
「……くくく…貴様本当に16か?…」
「正真正銘の16歳さ。まぁ年齢なんてどうだっていいだろ?」
僕はそう言って槍を半身で構え、腰を落とした。
「違いない…」
そしてロロ・ホウセンは、方天戟を大上段に構えた。
そして睨み合う僕ら
僕にとっては、これまでで間違いなく最強の相手
もしかしたらこれからもこれ以上の相手には出会わないかもしれない。
しかし、皇国に生きて帰るために絶対に負けられない戦いだ。
ビーチェ
必ず迎えにいくから
最愛の人の顔を思い浮かべて、僕は地面が砕けるくらいに足を踏み込んで駆け出した。
さぁ行くぞ、最強よ




