【閑話】あなたの夢を紡ぐ
烈歴98年6月18日(行軍4日目) 8時31分 シュバルツ帝国 四国山道近郊
シリュウ准将たった1人をラインハルツ大橋に残して、凱旋軍は四国山道を目指して進んでいた。
先導は皇軍の中に元陸軍でノースガルド出身の兵士がいて、私よりもこの辺の土地勘があることから、先導はその兵士がしており、私は軍に追いついた時にリオ様と共に最優先護衛対象のリータ殿下の護衛につくようにとの伝言を最後尾の兵士から受けてリータ殿下達がいる中央軍へ移動していた。
移動にはベアトリーチェもついてきた。
旦那を1人置いてきぼりにしてから表情は優れない。
中央軍の中心でリータ殿下とリオ様を見つけたので、私は駆け寄った。
「ヒルデガルド、参上しました」
「ベアトリーチェ・ドラゴスピアも同じく…」
私達の姿を見たリータ殿下は少し表情を明るくして迎え入れてくれた。
「ありがとう…それに…ベアちゃん…ごめんなさいね…必ず帰ったら褒美は弾むから!」
「いえ…我が夫が決めたこと…それにシリュウが負けるわけがありんせん。妾は夫を信じてこの道を進むのみでございます」
「あなた…強いのね…」
「ふふ、そんなことありんせん。今も震えるほど心配しております。しかしこんな窮地でもいつもシリュウは恐れることなく乗り越えてまいりました」
「…ベアちゃん…」
リータ殿下は無言でベアトリーチェを抱き寄せる。
ベアトリーチェは声なく涙しているようだった。
「ヒルデガルド…このような状況だが、そなたの存在をありがたく思う。これほど心強い味方はそうはいない」
リオ様がそう感謝してくれるが、私はそれを無碍にしなければならないことを残念に思った。
「……いえ…私はここに報告に戻ったまで…」
「報告に戻る…?」
「はい…私もラインハルツ大橋に戻り、シリュウ准将と共に防衛してまいります」
「「「!?」」」
私の発言にリータ殿下、リオ様、ベアトリーチェは一斉に驚く。
「な、何を言ってるの!?戻らなくて良いのよ!?」
「いえ…リータ殿下…私が戻らねばなりません…皇軍の私が…」
「………そうか…そういうことか…」
私の真意にいち早く気付くリオ様
流石ね
「どういうこと…?」
リータ殿下が泣きそうな顔で問う。
「……もしこのまま私達が逃げ切って、シリュウ准将にもしものことがあれば、私達は海軍准将を犠牲に生き残ったことになる。そうなれば海軍と皇軍に埋まることがない溝ができてしまう…そうなればリータの提唱する『一つの軍』は未来永劫実現しないだろう…」
その通り
この行軍の犠牲は皇軍からも出ないと筋が通らない。
「そ、そんなこと!私がもしもそうなったら私が海軍に弁明するわ!この首を掛けても!」
「いいえ、それはそれであなたの『覇道』が途絶えてしまう…この窮地に『リータ殿下が抜擢した』ヒルデガルドが皇軍として殿を立派に務めた…これもあなたの功績になるわ…」
「そ、そんなの…いらない…!」
子どものように駄々を捏ねる。
リータ殿下
この人は本当に優しいお方ね。
だからこそ私もこの命を捧げられるの。
「…止めても無駄…私は戻る…これが空っぽだった私にできるあなた達への恩返しなの…あなた達の夢をここで途絶えさせはしない」
「…ヒルデガルド…」
覚悟を決めた私を止められないと悟ったのか、諦めたような顔で私を見つめるリオ様
このまま行っても良いのだけど…せっかくだし、意地悪しておこうかしら
そう思って私はリオ様の逞しい身体に正面から抱きつき、胸に顔を預けた。
「……優しいリオ様…出会って間もないけれど…私はあなたを愛していた…いつかまた…私のことを思い出して欲しい…」
「…!」
ふふ、これで私はリオ様の中で生きることができる。
自分のために犠牲になった女なんて一生忘れられないでしょう?
「…ヒルデガルド…!私は…!」
何かを言おうとしたリオ様の口を私は指で塞いだ。
これ以上、何か言葉を貰うのは贅沢だ。
「……では…また…会いましょう…」
そう言って私はラインハルツ大橋を目掛けて、全速力で駆け始めた。
この覚悟が揺らぐ前に、足が戻りそうなのを堪えるように、無我夢中で橋を目指した。
恩に報いて、あの言葉の続きを聞けたらいいなと乙女のように思いながら




