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【閑話】帝都攻防戦〜ヴィルヘルムの誤算

烈歴98年6月16日(行軍2日目)  14時43分 シュバルツ帝国 帝都シュバルツシュタット郊外 ヴィルヘルム軍本陣


シリュウ達凱旋軍の一行がラインハルトの森で王猿の群れを撃退し、ラインハルトの森を行軍していた頃、ヴィルヘルムは先導隊6万と共に帝都近郊まで進軍しており、後続の軍をホウセンら幹部と共に待ち続けていた。


ヴィルヘルム軍の全軍である20万もの兵がこの帝都に到着するのは3日後で、その際に全兵力で一気呵成に帝都を攻めるとヴィルヘルムは内部に通達していた。


籠城戦とはいえ20万対3万の戦いだ。


戦の勝敗の行方は子供にだってわかる。


戦いの争点はどう勝つかというところに移っていた。


ヴィルヘルムは本陣の小高い丘から、帝都を眺めていた。


帝都とこの丘の間には、なけなしの帝都の軍が帝都を守るように布陣している。


ざっと1万から2万程度だろう。


このまま始めても勝てなくはないが、向こうには十傑第2位『白虎』ゲルト・ミュラーと第5位『紅虎』カチヤ・シュバインシュタイガーがいる。


万全を期して臨まねばこちらの兵も大打撃を被ることになるだろう。


相手の援軍が揃うにはどう足掻いても5日はかかるとヴィルヘルムは読んでおり、2日間は20万対3万の戦いになる。


この戦いはその時まで座して待てば良いとヴィルヘルムは思っていた。


問題は帝都から逃げ出した皇国一行の行方だ。


今は帝都に潜り込ませた密偵から皇国一行の行方の情報を待っている。


その情報が届き次第、ヴィルヘルムは追手を差し向け、皇国の要人を一網打尽にするつもりでいた。


(まぁ十中八九ハンブルグへ逃げるか、サタイディガン経由でヘスティア神国への亡命だろう。いずれにしても馬の脚が活きる地形の経路だ。すぐ追いつく)


ヴィルヘルムは楽観的にそう考えていた。


ヴィルヘルムにとってこの戦はもう事後処理の段階に入っていたのだ。


もう戦いは決着している。


そう考えていたところに、ヴィルヘルムの元へ伝令の兵士がやってきた。


「で、伝令!ヴィルヘルム閣下に城内の同志から伝令!」


「来たか。よし奴らも呼べ。天幕で聞く」


「はっ!」


そう言ってヴィルヘルムは、軍議を行うための天幕へ向かう。


その顔には余裕があった。


まだこの時までは



軍議用の天幕にはヴィルヘルム軍の幹部が揃っている。


十傑第1位 『黒獅子』ロロ・ホウセン


十傑第4位 『金狼』フィリップ・ラーム


十傑第6位 『白龍』ミロ・クローゼ


十傑第7位 『怪鳥』ロタ・マテウス


この4人がヴィルヘルム軍の最高幹部だ。


いずれも剛の者だが、ヴィルヘルムと軍略を語り合えるほどの頭脳を持つものはフィリップ・ラームしかいない。


ヴィルヘルムの方針で、軍師…知力しかない者は幹部には登用しないことにしていた。


ヴィルヘルムは知者は己のみで充分と考えていたからだ。


「相変わらず馬鹿そうな面を並べているな。さっそく帝都の密偵からの報せを聞くぞ。話についていけない者はその場で寝ていろ。許す」


「いや…そんな頭の悪い奴らをここに並べてるのは皇子でしょうに…それに俺まで一緒にしないでくださいよ」


フィリップ・ラームが苦笑いしながら言う。


「がっはっは!登場早々辛辣ですのう!しかし戦のことで寝る奴はこの中におらぬじゃろうて!戦馬鹿じゃからのう!がっはっは!」


豪快に笑うロタ・マテウス


辛辣な物言いにも全く動じないある意味で大物な好々爺だ。


「…戦馬鹿には賛同しかねるが、皇子が同席する場で寝るような不届者は私が斬る!」


超がつくほどの真面目な武人、ミロ・クローゼは人一倍背筋を伸ばして、会議に臨んでいた。


「…………」


そして相変わらず何も話さずただ鎮座するロロ・ホウセン


「まぁ良い。とりあえずフィリップ以外は口を閉じていろ。伝令よ、帝都の様子を報告せよ」


「はっ!ヴィルヘルム閣下の軍勢を目の当たりにした帝都は混乱しており、特に上層部は抗戦派と撤退派で割れております」


ドガッ!


その伝令の報告を聞いた瞬間にヴィルヘルムは伝令の兵士の顔を蹴り飛ばした。


兵士は鼻血を出すが、幹部の誰もが気にも留めない。


帝国の軍の中では鉄拳制裁などまだ優しい方だからだ。


「貴様殺されたいのか?この状況での帝都…帝城内での情報は非常に貴重で、些事でも戦況を左右する。最初から詳細に報告しろ」


「し、失礼しました!撤退を主張しているのはハインリヒ皇子のみ!その他ビスマルク宰相、バルター将軍は抗戦を強硬に主張!シュバインシュタイガー将軍とミュラー将軍は上層部を無視して、帝都郊外に布陣しております!メスティ・エジル将軍は静観している模様!なおカール皇帝は未だ公には顔を出しておりません!」


顔を腫らしながらも、報告し直す兵士


「最初からそう報告しろ。帝城内は予想通りだな。して皇国軍の行方は?」


ヴィルヘルムが兵士に尋ねると兵士は辿々しく答えた。


「そ、そのう…報告では南西の方に行軍したと…その先にあるのはラインハルトの森なのですが…複数の者から報告が上がっておりますので間違いはないかと…」


その報告を聞いてヴィルヘルムは目を見開く。


「確かか?」


「はっ!私も最初は疑念を抱き、再三確認しました!」


ドガッ!!!


「ひっ!」


兵士の答えを聞き、ヴィルヘルムは自身が座っていた椅子を兵士を蹴った時より大きな力で蹴り飛ばした。


「クソッ!インバジオンから全兵が出たことを知られている!それにラインハルト領を突っ切ってノースガルドに帰るつもりか!この状況で我が唯一嫌がる経路を選択しおって!」


ヴィルヘルムは皇国に自身の手を完全に読まれたと感じ、憤慨した。


「そんなに怒ることですかのう?」


ロタ・マテウスが素っ頓狂な声でヴィルヘルムに尋ねると、ヴィルヘルムの表情は怒髪天を衝く。


あまりにもロタ・マテウスの頭が回っていないことに怒りを感じていた。


流石にこれはまずいを感じたフィリップ・ラームがヴィルヘルムとロタ・マテウスの間に入り、ヴィルヘルムの怒りの理由を解説した。


「じょ、冗談きついぜぇ〜マテウスの爺さん…皇国がラインハルトの森に向かったことで、まずハンブルグをタレイランの船団で包囲する作戦が筒抜けになっていることがわかるだろう?それにラインハルトの森路は狭くて、大軍が行軍するには向かないし、魔獣が多いから馬で駆けることも難しい。しかもその先はあのラインハルト領だ。大軍を向けるとラインハルト公が般若の形相で飛んで来るぜ?皇国の奴らにこの状況で最適な逃走経路を選択されたってわけさぁ!」


フィリップ・ラームの解説に、ヴィルヘルムは満足したのか、ミロ・クローゼが置き直した椅子に冷静さを取り戻して再び座った。


「やはりフィリップだけに発言を許可して正解だったようだ。忌々しいが皇国に一手上回ることを許してしまった」


「にしても…皇国側に情報が行き過ぎな気もしますがねぇ…インバジオンの全兵出陣やタレイランの包囲網など…」


「バルターの情報部だろう。クソッ!」


帝都にヴィルヘルム軍来襲の報せがあったのは昨日のことだが、ほぼ同じタイミングでバルターはインバジオンの全兵出陣とタライランの船団の出現を掴んでいた。


それはバルターがヴィルヘルム側の動きとハンブルグ近海について警戒していたからだ。


バルターは皇軍には恩着せがましくそのことを伝えていなかったが、これは皇国軍を救うバルターの妙手だったのである。


「しかし嘆いていてもどうにもなるまい。いずれ落ちる帝都よりも皇国の奴らの方が問題だ。リータ・ブラン・リアビティにパオ・マルディーニ、シリュウ・ドラゴスピア…奴らを討ち取る千載一遇の好機なのだ。そう易々と見逃してたまるものか」



ヴィルヘルムは皇国にしてやられてもその追撃を諦めない。


そこでフィリップが提案を出した。


「俺に考えがありますよ」


普段は誰の意見も聞かないヴィルヘルムだが、ここでは耳を傾けた。


「言ってみろ」


「大軍を差し向けるのが無理なら、しなければいい…つまり…」


そこまで言ってヴィルヘルムはフィリップの言いたいことを理解した。


「なるほど、少数精鋭の軍を追撃に出すのだな。それも騎馬隊の」


「ありゃりゃ…気付いてたんですかい?」


あくまでヴィルヘルムが思いついたかのように言い、主人を立てるフィリップ


この世渡りの上手さは名家ラーム家の次期当主たるゆえんだ。


「……選択肢にはあった…しかし誰を差し向けるか…」


ヴィルヘルムが考える仕草をしたところで、伝令の兵士が声を上げる。


「お考えのところ失礼します!伝令の続きをよろしいでしょうか!?」


「許す。関係ないことならまた蹴るぞ」


「はっ!皇国軍は二手に分かれた模様!80名程度はパオ・マルディーニと共にハンブルグへ!残り500名程度が南西方面へ進軍した模様!なおリータ・ブラン・ベラルディ及びシリュウ・ドラゴスピアは500名の軍にいることが確認されております!」


「なるほど…奴ら船を諦めなかったか…ならあの軍にまともに戦えるのはシリュウ・ドラゴスピアのみか…」


「で、伝令は以上でございます!」


伝令の兵士は恐れながらも報告を完了させた。


「良い。下がれ。この者に褒美を」


顔を蹴飛ばしたが、伝令の報告に満足したヴィルヘルムは伝令の兵士に褒美を取らせるよう従者に指示を出した。


「ありがたき幸せ!」


兵士は満面の笑みで答えている。


信賞必罰


これが徹底されているのがヴィルヘルム陣営の特徴だった。


「さて…この中でシリュウ・ドラゴスピアを討つありがたい仕事をこなしたい奴はいるか?」


ヴィルヘルムは4人の幹部に問うた。


「某にお任せあれ!必ずやその首を届けて見せましょう!」


いち早く立候補したのはミロ・クローゼ


真面目な彼はこのような時は必ず声を上げる。


「がっはっは!ドラゴスピアの一族!この儂こそ討伐者に相応しい!」


長年コウロンと戦場で戦い、ドラゴスピアに因縁のあるロタ・マテウスも名乗りを上げた。


「俺はここで帝都を落とすことに専念しますよ〜。でないとまた皇子がイライラしちゃうでしょ…俺以外に会話が通じる奴いないんだし…」


フィリップは状況を考えて辞退した。


ここで唯一軍略に明るいフィリップが抜けるとヴィルヘルムの心労が酷いことになると予想されたからだ。


そしていつもは黙っているロロ・ホウセンだが…


「…………俺が行く…」


「「「「!?」」」」


ホウセンが自ら行くと立候補したことにこの場の全員が驚いた。


「…珍しいな。木偶人形のように意志を示さぬ貴様が自ら手を挙げるとは。変なものでも食べたか?」


ヴィルヘルムは冗談混じりにホウセンに問う。


そしてホウセンの答えは簡潔明瞭だった。


「………俺以外…シリュウ・ドラゴスピアを討てる者はいまい……」


「「「「!?」」」」


またしてもこの場の全員が驚くようなことを言うホウセン


「おいおい、ホウセンのおっさんよぉ、それは聞き捨てならねぇぜ?俺にもプライドってもんはあるのよ」


ホウセンにシリュウよりも下の武人と格付けされたフィリップは黙ってはいられない。


「そ、某も!いくらホウセン殿の言うこととはいえ…!」


いつもはホウセンを敬愛するミロも立ち上がって抗議する。


「がっはっは!この老体もまだまだ動けますぞ?その身で試してみますかな?」


暗に決闘をけしかけるロタ


ホウセンの発言にこの場は一気に緊張感が漂った。


それを制したのはヴィルヘルムだ。


「落ち着け、犬ども。キャンキャン吠えるな。貴様…根拠はあろうな?」


ヴィルヘルムが鋭い眼光でホウセンに問うた。


するとホウセンは重い口を開いてその理由を言う。


「…………貴様らは…過小評価している……皇帝鯨を…」


「皇帝鯨……インペリオバレーナか…シリュウ・ドラゴスピアが討伐したと言う…」


ヴィルヘルムは思い出したかのように言う。


「………あれは人の身で倒せるような存在ではない……我が故郷にも来襲し……数多の街が業火に消えた…」


ホウセンが険しい顔をさらに険しくさせて話す。


その空気の重さに誰も言葉を紡げずにいた。


「……あれを討伐せしめるシリュウ・ドラゴスピア……それもまだ16の少年が……末恐ろしい武術師だ……万全を期して討伐することを勧める……」


あまりにも珍しいホウセンの進言に場は鎮まりかえる。


「………貴様も臆する程か。これは珍しいものを見た。褒美に貴様の言を採用してやろう」


ヴィルヘルムは妖しく笑い、これからの策を考える。


「…つまり?」


フィリップがヴィルヘルムに確認する。


「マテウスの爺は一軍を率いてハンブルグを目指し、パオ・マルディーニの首を取れ。兵の数は任せる」


「承知!がっはっは!80名相手なら1000もおれば充分じゃろう!」


ロタ・マテウスは豪快に笑い、任を受けた。


「フィリップはここに留まり、帝都を包囲しろ。ここに集まる全軍の指揮権を貴様に委ねる。ミロは副将として支えろ」


「ぎょえっ!!い、いくらなんでも大任すぎるって!」


「お任せあれ!」


唐突に降ってきた大任に驚くフィリップ


副将の任をすぐさま受けるミロ


反応は対照的だった。


「何、この状況を作ったところで、目的は達している。好きにせよ。帝都を落とすも援軍を蹴散らすもな。ただ…わかっているな?」


「もちろんですよ…真の目的はハインリヒ皇子に皇帝失格の烙印を押されるようにするんでしょ?」


「ふん。やはり貴様だけは会話が通じる」


「はぁ〜わかりましたよ。成功したら報酬は弾んでくださいよ…んで皇子は?」






「決まっている。ホウセンを連れ、我が直々に皇国の連中を帝国の土に還してやる」




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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ん?ん~?ん~……。以前の感想で「曹操みたいな人かも?」とヴィルヘルムを評価した気がしますが、今回の閑話でその評価は下方修正する必要があるみたいですな。 同じ野心家でもこいつは項…
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