第27話 ノースガルドに至る道②〜サンディの慧眼
烈歴98年6月15日 正午 帝都シュバルツシュタット シュバルツ城 広場
ラインハルト領を突っ切るルートで皇国へ帰国することを決めた僕達は、使節団の兵士と文官達が集合している広場へ帰り支度をして降り立った。
緊急の集合命令に文官達は驚き戸惑っているが、兵士は特に混乱もなく整列している。
整列している兵士と文官達の前にリタさんが現れ、全員が敬礼の礼をした。
ただリタさんはいつものドレス姿ではなく、皇軍の軍服に皇族のみ着用が許された紫のマントを羽織っている。
その風貌は女性将校と言われても違和感はなかった。
リタさんの格好が普段と違うことで、戸惑っている人もいたが、登場間もなくリタさんが演説を始めた。
「皆聞きなさい!この帝都にシュバルツ帝国第二皇子ヴィルヘルムの軍勢が迫っています!課せられた使命を十分に果たすことはできていませんが、私達はこの帝都を至急去らなければなりません!」
「な、なんだって!?」
「せ、戦争だと…!」
「我々はどうなるのだ…!?」
リタさんから聞かされた衝撃の事実に文官を中心に使節団に動揺が走る。
「静粛に!!」
そこで話を続けさせるため、アウレリオ准将が使節団を一喝した。
「ここからハンブルグへ戻ろうにも、ハンブルグには王国のタレイラン公爵家の船団が迫っています。私達は船では皇国へ戻れません!なのでここから陸路でノースガルドまで帰還します!」
「ノ、ノースガルドまで…!一体どれだけの距離が…!」
「それに…軍勢が迫っているんだろう?…追いつかれるやも…!」
「見知らぬ帝国の地を歩くとは……生きて帰れるのか…」
兵士達は黙ってリタさんの話を聞いているが、やはり文官達は陸路でノースガルドへ帰還することに否定的なようだ。
しかしここからノースガルドまで行軍するには自らの意志で歩いてもらわなければ、気持ちが持たない。
文官達の心を前向きにしなければならないのだ。
「あなた達の驚きと不安はよくわかります。しかしこの事態をサンディ・ネスターロ中将とフランシス・トティ中将は見越していました。私達はノースガルドまで帰還するだけの必要な物資と情報をしっかりと持っています。私はあなた達全員の命を諦めたりしません。たとえ皇王派であっても。大事な皇国民なのだから!」
「「「!?」」」
「私を良く思わない人もいるでしょう。私のことを皇族に相応しくないと思う人も多くいることを知っています。それでも私はここにいる全員を皇国に帰すことを誓いましょう!生きて祖国へ帰りましょう!だから今は…私を信じて付いてきて!!」
リタさんの叫びのような演説
使節団に緊張が走っている。
すると一人の文官が声を上げた。
「わ、私は…リータ殿下を信じます!この足が千切れるまで歩きましょう…!」
その一人を皮切りに文官達の空気が変わった。
「どうせここにいても戦に巻き込まれるだけだ!リータ殿下を信じるしかない…!」
「俺も…生きて嫁さんと子供に会いたい…!」
「歩こう…!」
よし!
文官達の心に火が付いた。
これでまず行軍の第一段階はクリアだ。
「では参りましょう!ノースガルドに向けて……出陣!!」
「「「うおおおおおおおおお!!」」」
外交使節団総勢500名の鬨の声が帝都に響いた。
これは僕達とヴィルヘルム軍の追いかけっこの始まりの号砲だ。
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僕達は早々にシュバルツスタットを後にし、今はラインハルトの森を目指して、街道を行軍している。
僕は行軍の最後尾にて徒歩で行軍している。
ビーチェも一緒だ。
行軍の陣形は、先頭はヒルデガルド
帝国の土地勘が唯一あるヒルデガルドの先導でこの軍は進む。
そして先頭から中央に掛けてはパオっちの部隊である第一特務部隊 50名
この軍の中では最高の戦力である。
パオっちの部隊だけあって魔術師が多く配置されている。
この部隊は現在隊長代理のジーノ・フェスタ大尉にて指揮されている。
少ししか話をしたことはないが、非常に落ち着きのある温和な男性という印象だ。
背中で引っ張るというより和を成して隊を引率するリーダーだ。
軍の前半部分はこの第一特務部隊50名と第一艦隊の160名で構成されており、指揮権はジーノ大尉に委ねている。
中央にリタさんとアウレリオ准将率いる皇軍50名
そして文官達100名だ。前と後ろで文官達を挟むように陣形を組んでいる。
後半部分は、僕の第二特務部隊30名と第一艦隊の160名で構成されている。
後半部分の先頭は、僕の隊の隊長代理であるダニエル・ロッシ中尉率いる第二特務部隊30名を配置し、その後ろに第一艦隊の160名、そして最後尾の殿が僕とビーチェという陣形を組んでいる。
この軍の最高戦力は僕とヒルデガルドだから、先頭にヒルデガルド、最後尾に僕という形でバランスを取っていた。
馬車と20頭の馬は、文官達で交互に利用する。
リタさんが使用するようにアウレリオ准将が進言していたが、「皆が歩くのに私だけのうのうと馬車に乗れるわけないでしょ。歩くわ」と強硬に主張したため、足が弱い人を中心に交互に利用することにしたようだ。
そのやり取りも文官達の心に響いたようだったけどね
「さ~て…今日はどこまでいけるかな…?」
僕がそう独り言のように言うとビーチェが応えてくれる。
「ラインハルトの森の手前までじゃろうな。ラインハルトの森は凶暴な魔獣が出没する領域じゃからこの時間から入ると、夜を森の中で明かさねばならんようになるからの。ヒルデガルドにも聞いたが、1日目はラインハルトの森の手前まで、2日目でラインハルトの森を抜け、『カルフ』で1泊、3日目でラインハルト領を突っ切ってラインハルツ大橋まで、4日目で四国山道を渡り、5日目で皇国前線を抜けノースガルドに到着する計算であると」
「け、結構かかるね…糧食もギリギリかなぁ…」
「そこは大丈夫のようじゃ。出発間際にカール陛下からリータ殿下へ書状が送られてのう」
「書状?」
「うむ。簡単に言うと今回の件で迷惑をかけたから、この行軍に係る費用は全て帝国で持つそうじゃ。この軍の『カルフ』や『ラインハルツハーゲン』などの寄る街での宿泊料や食料は全て皇帝へ請求を回すようにと領主へ伝える内容の書状じゃよ」
「おー!流石カール陛下だね。ならそこまで糧食を切り詰めなくてもいいし、街で宿泊できるなら文官達も安心だね。野営とか慣れてないだろうし」
「そうじゃのう。追手さえなければ確実に逃げ切れるのう。流石はサンディ中将じゃよ…」
「ん?なんで?そこでサンディ中将が出てくるの?」
「地図とヒルデガルドの経路選択の理由を聞いて、なぜサンディ中将がノースガルドへの経路を示したのかがわかったのじゃ」
「え?なになに?なんでなの?」
僕がそう疑問を呈すると、ビーチェは持っていた地図を広げて解説してくれる。
「まず第一にノースガルドまで険しい道が続く点じゃ。これは一見行軍には不向きじゃろうが、それは追手からしてもそうじゃ。寡兵の妾達が大軍に勝る点は、行軍の小回りが利くところじゃ。その点が存分に活かされているのがこの経路じゃな」
「なるほど…」
「そしてもう1つ、経路のほとんどが『ラインハルト領』というところじゃな。」
「……ほぅ?」
なんでだ。僕の頭の中では繋がらない…
「『ラインハルト家』は、ハインリヒ皇子を擁立していることから、ヴィルヘルム皇子と対立する勢力のようじゃ。つまり『ラインハルト領』にヴィルヘルム軍が侵入してくることに、政治的な障壁が存在しておる。万が一侵入してこようものなら、妾達が頼まなくても『ラインハルト軍』がヴィルヘルム軍を迎え撃ってくれるやもしれん」
「な、なるほど…」
「そして最後は、『インバジオン』から出兵されておることじゃ」
「…………」
もう僕は何もピンとこないので無言になってビーチェの解説を待つ。
「インバジオンからもしも出兵されておらなんだら、インバジオンから皇国前線へ兵を向けられるだけで、妾達は袋小路じゃよ。しかしインバジオンからローデンベルクへ兵が8万も出兵されておるそうじゃ。この8万はインバジオンの全兵力のほぼ全数…最低限度の兵しか置いておらぬじゃろうなぁ…だから皇国前線に兵を向けられる心配もないということじゃ」
それは確かにそうだけども…その前提がとんでもない。
「……それってさぁ…サンディ中将がヴィルヘルムがどの街からどうやって、どこの街へ兵を差し向けるかまで完全に読み切ってないと無理じゃない…?」
「そうとしか思えぬほど、この『門に帰れ』という伝言は当てはまっておるのう…いやはや…末恐ろしいお方よ…」
「…いやいやいや…そもそもその伝言って1月も前にもらったんだよね?…それに皇都にいたサンディ中将がなんでこんなに帝国の事情に詳しいのさ…?」
「まぁ陸軍の参謀じゃから…帝国の諜報くらいしておるとは思うが……ハインリヒ皇子も裏をかかれておるからのう…そのカラクリは一度聞いてみたいものじゃ」
「まぁ…皇都に帰ってお礼言うついでに聞いてみようかな」
「うむ。皇国に帰ってしたいことが増えたのう」
「本当に。来月にはビーチェとの結婚式だっていうのに…これが終わったらゾエ大将にたっぷり休暇を要求してやる」
「ふふふ、楽しみにしておるよ。旦那様」
サンディ「ん?兵の流れを読むなんて簡単さ。人が動こうとすると、隠せないものがあるだろう?神の見えざる手ってやつさ」




