第22話 帝国の真実/皇帝の真意
「朕も孫に会えて嬉しいぞ、ほっほ」
そう柔らかく微笑むカール皇帝
この人が僕のもう1人の祖父なのか
「それにしても…よく帝都まで来た…皇国の将軍になって日が浅いとは聞いたが、これほどまでに早くシリュウに会えた奇跡を女神に感謝せねばなるまい…」
「ぼ、僕も初任務でまさか帝国の皇帝とお会いするとは…王国でも王様とお会いできて得難き経験をさせてもらっています」
「ほっほ、良い経験をしておる。今はただ世界の広さを楽しむが良い」
「はい、ありがとうございます」
こうして会話すると普通の優しいお爺ちゃんだ。
まさか大陸最大の国を一手に支配する大指導者とは思うまい。
「それと…そなたがシリュウの妻か…」
「は、はい!」
「お主らの馴れ初めは聞いておる。好いた女子に盲目なところは父親そっくりじゃのう、ほっほ」
ぐ、ぐう…返す言葉もない
「ふふふ、妾には願ったり叶ったりでございます。夫が他の女性に現を抜かすことがありませんので」
「ほっほっほ!仲が良いようでなによりじゃ」
楽しそうに笑うカール皇帝
「さて…楽しい身の上話をいつまでもしたいところじゃが、あまり若人の時間を老人が取らすものではないな。お主らを呼んだ本題に入ろうかの」
本題……つまりただ僕の顔を見たかったわけではないと…
カール皇帝は祖父の顔から皇帝の顔へと変えた。
「お主らから見て、ハインリヒはどう見えたか?次期皇帝にふさわしい人物だと思うたか?」
カール皇帝は鋭い視線で僕らに、いや僕に問うている。
ここはお世辞抜きの本音で語ろうか。
「正直に言いますと、皇帝…いや人の上に立つ器ではないように思いました。少し肝が小さすぎるというか…会談の時も経験豊富な宰相に十傑を2人付き従えていたにもかかわらず、余裕がなさすぎるんじゃないかと…上の人が余裕がない様を見せるとついていく下の者たちは不安になりますからね」
「ほっほ、お主からみてもそう思うか……変わらぬのう…彼奴も…」
遠い目をして、少し寂しそうな顔をするカール皇帝
ここでビーチェが切り込んだ。
「お言葉ながら…カール皇帝がハインリヒ皇子を後継者に指名したと聞きました…その本意は…?」
ビーチェがカール皇帝を真っ直ぐに見つめ問う。
この国に来てからの一番の違和感がそれだ。
てっきりハインリヒ皇子が優秀だから後継者に指名されて、それを不服に思った第二皇子が癇癪のように反乱を起こしていると思っていた。
だが実際会ったハインリヒ皇子は小物と形容してもさしつかえない人物だった。
第二皇子がどのような人物が知らないが、あの人を皇帝にしてはいけないと立ち上がる第二皇子の気持ちも少しわかる気がした。
その違和感を作り出した張本人が目の前にいる。
ビーチェが聞かなくとも、僕が聞いていただろう。
「ふむ…朕に真っ向からその質問をぶつけてくるのはお主が初めてじゃよ。ベアトリーチェ嬢」
「えっ!わ、妾が初めて?」
「ほっほ、朕は腐っても皇帝じゃからのう。朕の判断したことに疑義を持つだけで不敬と感じる臣下が多いのじゃ。朕としてはそんなことは思ってはおらぬがのう」
「ご、ご無礼を…」
「よいよい。朕に物申す者はもうカチヤぐらいしかおらぬゆえ、朕も嬉しいのだ」
カチヤ将軍は皇帝陛下にもあの物言いなのか…
大物すぎる…
そんな嬉しそうな顔から再び真剣な顔に戻るカール皇帝
「話が逸れたのう…ハインリヒを後継に指名した理由じゃったの…それは…」
カール皇帝が僕らをこれまで以上に凄みのある顔で見つめて言う。
「第二皇子…ヴィルヘルムを…決して皇帝にしないためじゃ」
「えっ!」
「第二皇子を…皇帝にしない?」
予想していなかった答えに驚く僕ら
「そうじゃ。シリュウはまだ会うたことはなかろうが、彼奴をこの国の皇帝にしては、この大陸全土が戦乱に塗れるじゃろう。それは決してこの大陸にとって避けねばならぬ未来じゃ」
カール皇帝の言い様からはカール皇帝の危機感が伝わってきた。
「だ、第二皇子とはどのようなお方なのですか?」
僕はその危機感に押されながらもカール皇帝に問う。
「ヴィルヘルムはのう…とても優秀な奴じゃ…武術にも魔術にも学術にも秀でておる。しかし何かに秀でていない者に対しては人とは思わぬ態度を取る奴じゃ。そして何より争いを好む」
「争いを好む…?」
「そうじゃ。小さき頃より大会や試験などで優秀な成績を収めることに喜びを感じていたが、成長するにつれ政争や戦争に喜びを見出すようになってしもうた。まるで盤上の遊戯で遊ぶかのように人を操ってな。ヴィルヘルムの領地では実力主義で登用するとは良いように言うが、実際はヴィルヘルムの用意した椅子を奪い合う様子に愉悦を感じているのじゃ」
な、なんという人物…
歪んだ癖を持っているなぁ…
「今はこの後継者争いの内乱でさえ楽しんでいる節もある。そしてヴィルヘルムの盤上の遊戯は帝国の枠を越えようとしておる…」
なるほど
それがタライランとヴィルヘルムの協定か
帝国内の内乱に飽き足らず、大陸中も巻き込んで自身の盤上の遊戯にしようとしているということか
「実際ヴィルヘルムに会うたこともないお主にこのように刷り込むように言うのは不公平だろうが、朕もそれほど危機感を持っておる。ハインリヒにはオットーにフリッツ、カチヤにゲルトまでつけてあるが…それ以上にヴィルヘルムの元に傑物が集まりつつある…」
オットーはビスマルク宰相で、フリッツはバルター将軍、
ゲルトはミュラー将軍のことだな。
あの4人はカール皇帝の名でハインリヒ皇子に付き従っているのか。
カチヤ将軍がハインリヒ皇子を全く敬っていなかったのはこういうことか。
「しかし、なぜそれを今シリュウにお伝えしているのでしょうか?」
ビーチェがカール皇帝に聞く。
孫とはいえ、僕は皇国の将軍
この情報は帝国の最高機密でもあると思うが…
「お主には…ヴィルヘルムを止めるため、レギウスの力になって欲しい」
「レ、レギウス…?」
それは…第三皇子…レギウス・シュバルツ・ベッケンバウアーのことか?
「うむ。レギウスはそなたの父のタランの双子の兄じゃ」
「ふ、双子の兄!?」
同じ姓だから親類とは思ったが、まさか双子の兄とは…
「レギウスの才覚はヴィルヘルムに劣るが、彼奴は人を惹きつける魅力がある。次代の皇帝はレギウスこそ相応しいと朕は思うておる」
会ったこともない伯父のレギウス皇子…どういう人なんだ…
でも皇帝に相応しいって…
「それならレギウス皇子を後継に指名して、ビスマルク宰相やカチヤ将軍達をレギウス皇子に付ければよかったのでは?」
僕は率直にそう思う。
「ほっほ。表面だけを見ればそうじゃのう。でもそう簡単ではないのじゃ」
「そうなのですか?」
「そうじゃ。レギウスにはゾラという娘がおるが、男子の子がおらぬ」
「はぁ…」
カール皇帝の説明でもまだ理解ができていない僕
しかしビーチェは得心している。
「なるほど…継承者問題ですね…」
「そうじゃ。帝国の皇帝は男子継承が絶対の掟である。男子の子がおらぬレギウスを、帝国の名家は支援したがらないのじゃ」
「ハインリヒ皇子にはラインハルト家…ヴィルヘルム皇子にはミュラー家という帝国の名家が後援しているようですね…」
「ベアトリーチェ嬢は、よく勉強しておるのう。てっきり武の者かと思えば、知恵者であったか」
「こう見えても華族の令嬢ゆえ、施された教育はそれはもう涙が出るほど素晴らしいものでしたので」
「ほっほ!どこの国の子も親の期待を重く受け止めるものじゃ。しかし其方の言うようにハインリヒとヴィルヘルムには地盤がある名家がついておる。レギウスの母の実家のベッケンバウアーはそこまで大きい家ではないからの」
レギウス皇子は皇帝に認められながらも家柄と男の子供を持たない理由で帝国の有力者からそっぽを向かれているのか。
帝国は貴族制度を撤廃したと聞いたが、その名残はまだまだ強く残っている。
「レギウスには皇帝たる器はある。しかし周りが認めぬ。だから朕は5年前にレギウスにアハト州を治めるよう差配した。統治の実績を積ませるために、表向きは不毛の大地に左遷したかのように見せかけてな。それも名目上の長である知事ではなく、名ばかりの総督として」
カール皇帝がレギウス皇子のことを語る。
その顔は皇帝の顔から父親の顔に変わっていた。
「朕の目論見以上の成果をレギウスは示した。不毛の大地と言われたアハトは今帝国で最も勢いのある州になり、新たな産業が生まれ、人の流れができる州になった。そしてレギウスの元に人が集まり、一端の軍も組織できるようにまで成長した。以前のアハトを知る者なら信じられないような話なのじゃ」
それを聞くと、レギウス皇子は為政者としてはかなり有能な人ではないか?
その実績を見れば、帝国の名家も後援しそうなものだけど…
「なるほど…優秀すぎるのが…仇となったのですね…」
ビーチェがそう発言し、カール皇帝は小さく驚いた。
「ほう…聡いのう。その通り、レギウスが為政者として優秀すぎるがあまり、帝国の名家はよりレギウスを敬遠するようになったのじゃ。既得権益を持つ彼らには扱い易い王の方がありがたいからのう。そういう勢力はハインリヒについておる。そしてヴィルヘルムはそのカリスマと恐怖で帝国の名家を支配しておるのじゃよ。そしてその2人が覇を争っておる。これが今の帝国の内情じゃ」
カール皇帝は一旦息をついて、ベッドの脇あった杯で水を飲んだ。
うーむ
これが帝国の内情とカール皇帝の真意か
思っていた以上に複雑な事情が入り組んでいて、皇国としても何ができるのか僕はわからないでいた。
「朕が後継者にハインリヒを指名したのも苦肉の策じゃ。一つはハインリヒの成長することを期待した。もう一つはハインリヒを後継に指名することで、ヴィルヘルムの反乱を誘発したのじゃ」
「えっ!?は、反乱を誘発!?そ、そんなことしても帝国が荒れるだけでは?」
僕はカール皇帝の発言が理解できずただただ困惑した。
しかしビーチェは皇帝の真意を瞬時に理解したようだ。
「なるほど、それこそがレギウス皇子が皇帝になる唯一の道だと…」
「ほっほ!本当に聡い娘じゃ。何もかもお見通しじゃのう」
皇帝に褒められている僕の奥さん
「なんで帝国が荒れることが、レギウス皇子が皇帝になる唯一の道なの?」
「レギウス皇子が皇帝になるには、己が力で掴み取るしかない。であれば、国が割れている方が地盤のないレギウス皇子にも可能性があるじゃろう?」
「その通り。この内乱こそ家柄や権力闘争ではなく、武力による闘争になるであろう。それこそ第三皇子であり、後ろ盾がないものの民からは絶大な人気を誇るレギウスがヴィルヘルムを打倒する唯一の好機なのじゃ。ハインリヒにビスマルクやカチヤにゲルト、フリッツを付けているのはハインリヒがヴィルヘルムと競るための措置じゃよ」
正攻法では皇帝の座を戴くことができないレギウス皇子に残された道
それをカール皇帝の策で、か細いながらも作り出したのか
さすがは帝国の皇帝か…
こんなこと思いついてもやり遂げるなんて尋常ではない手腕だ。
「ハインリヒについておるビスマルクには、『お主がハインリヒを皇帝の器ではないと断じ、機が熟せば、ハインリヒを説得し、レギウスに帰順するよう』にと申しつけておる。カチヤからの報告ではもう見限るのも時間の問題のようじゃ」
第一皇子にはビスマルク宰相という選定者もつけているのか。
というかカチヤ将軍は皇帝のスパイみたいな人だな。
あの感じで諜報とかできるのかよ。
「しかしレギウスの勢力が成長する以上にヴィルヘルムの勢力が大きくなりすぎておる。そろそろレギウスも立ち上がらなければならぬが、人材不足から踏ん切りがつかぬようじゃ」
「踏ん切りがつかない?」
「レギウスの元には十傑は1人もおらぬ。優秀な参謀、魔術師、宗教家は揃っておるが、秀でた武術師がおらぬ。この武術大国の帝国における戦争で武術師の存在はお主らが思う以上に重要なのじゃ」
なるほどなるほど…
レギウス皇子が立ち上がるには優秀な武術師が必要と…
だんだんと嫌な予感がしてまいりましたなぁ…
「そ、そうなんですね…じゃあ夜も遅いので僕達はここで…」
そう言って後退りしながら退室しようとすると……
「……だめ………」
扉の前にはミュラー将軍が立っていた。
いつのまに部屋の中にいたんだよ…寝たんじゃなかったのか…
「ほっほ、そう焦るでない。祖父から孫へのたった一つのお願いを聞くだけ聞いておくれ」
「き、聞くだけなら…?」
そう恐る恐る尋ねると想像通りの答えが返ってきた。
「レギウスの後継者として、その力を貸してやって欲しい。シリュウ・シュバルツ・ベッケンバウアーよ」
シリュウ「とんでもないおはなしになってまいりました。ぼくはもうかえりたいです」
ビーチェ「あまりのスケールの大きい話にシリュウが幼児退行してしもうた…」




