第18話 帝都シュバルツ・スタットの暗雲
烈歴98年 6月12日 帝都シュバルツスタット郊外
僕達外交使節団一行は、カチヤ・シュバインシュタイガー将軍の隊と丸2日行軍し、何の問題もなくハンブルグから帝都シュバルツスタットまで到着していた。
行軍はびっくりするぐらい何もなく、行軍中は僕とビーチェはカチヤ将軍とずっと武術談義をしていた。
カチヤ将軍は十傑の名に恥じる事無く、武術の知識も豊富で、ビーチェもカチヤ将軍の武術談義を食い入るように聞いていた。
カチヤ将軍も自分と同じく女性の武術師のビーチェのこともえらく気に入ったらしく、皇軍が終わるころには『ベアト!シリュウ!』と呼ばれるくらいまでの仲になっていた。
唯一心配な点は、変装していた元十傑ヒルデガルドの存在がバレるかどうかだったが、ヒルデガルドがカチヤ将軍と離れた位置にて行軍していたため、問題はなかった。
「いやあ~もう着いちゃったか!シリュウとベアトともっとお喋りしたかったな!」
「こちらこそ楽しい時間でしたよ。丸2日があっという間でした。カチヤ将軍の武術のこだわりや信念を聞けて勉強になりました」
「ふふーん!うちは凄い武術師だからな!でもシリュウもなかなかやるじゃないか!道中の魔獣を一蹴する様は天晴だったぞ!シリュウが帝国にいたら十傑に入れるぞ!」
「いやいや持ち上げすぎですよ…!僕はまだまだ修行中の身ですからね。それに武術だけじゃなくて軍略とか組織運営とかもっと学ばないといけないこともたくさんあるし…」
「その年で准将の地位は凄いな!でもそんなことは他の人に任せておけばいいのさ!」
「そんなことって…僕は将軍ですから…やはりそういうこともしておかないと…」
「ん?何言っているのさ?…そんな他の人でもできることできるようになっても仕方ないじゃないか?」
「…!?」
「シリュウだけにしかできないことを伸ばそうぜ?その方がきっと周りの人のためになるよ!」
……確かに…他の人ができることを自分がやっても、自分ができるようになったという満足感はあるが、周りがそれを求めているとは限らないか…
「シリュウ、カチヤ将軍の言う通りじゃよ。そういうことは妾に任せるが良い。それよりシリュウはその武を伸ばす方が、より良い未来に繋がると妾も思うのじゃ」
「…ビーチェ…」
ビーチェも同意している。
それにしても急に核心を突くようなことを言うカチヤ将軍…
やはり武の頂にいる人物は見えている景色が常人とは違うのだろうか
僕もその領域に早く上りたいと感じた。
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カチヤ将軍の軍の案内で、僕らはシュバルツスタットの中を目指す。。
シュバルツスタットは、その街の中心地が大きな外壁に囲われている城壁都市だった。
城壁の外にも街並みが続いていて、街の外郭は平野に連なっていた。
街の中を進む軍と僕達外交使節団一行を街の人々は物珍しそうに見ていたが、その目の色には歓迎の色はなかった。
どうやらかなり警戒されているらしい。
街の大通りをカチヤ将軍の先導に従って進んでいく僕らはやがて城壁の門に辿り着いた。
門は横は馬車が10台、高さは建物が7,8階程で、とても巨大な門だ。
そしてその門が轟音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
そしてついにシュバルツスタットの内部へと入ったのであった。
シュバルツスタットの外は、畑や牧畜が多く見られる一般的な田園都市のような風景が続いていたが、中は建物から道まですべて石造りの要塞のような造りになっていた。
壁の外はのんびりとしていた雰囲気であったが、中は一転して大勢の人で溢れていて人の活気に溢れている。
しかしそれは朗らかな活気ではなく、殺伐とした緊張感のようなものが強かった。
行軍中に周りの会話に耳を澄まして見ると、どうやら『物の値段が高い』ことで店主と客が口論になっているところが多くあった。
中には殴り合いの喧嘩をしているところもあって、より一層殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
流石に喧嘩までいくと行軍中の兵士が止めに入るが、兵士に対しても『うるせぇ!てめぇらはたらふく飯食ってんだろうが!』と悪態をつく市民もいる程だ。
どうやら街の景気がすこぶる悪いような気がする。
これが内乱中の街の雰囲気か…
人が多く活気に溢れているが、どこか暗く、そして街を囲む壁の高さと相まってどこか閉塞感のようなものを僕は感じた。
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シュバルツスタットの中を行軍してしばらく
僕達は今回の目的地である漆黒のシュバルツ帝城へ到着した。
帝城の広場のように案内されると、そこには多数の近衛兵士と見られる兵士と、一際豪奢な身なりをしている男性、そして明らかに達人の匂いを醸し出している武将が3人、脇に控えていた。
リタさんが馬車から下車して、身なりのいい男性に向き合って挨拶する。
「あらあら、わざわざ帝城の外にまで迎えに来てくださるなんて、帝国も礼儀を学ぶようになったのかしら?」
いきなりぶっこんでいく我らが皇妹殿下
今回の皇妹派の目標は『内情を探り、安全に帰る』んじゃないの?
いきなり喧嘩ふっかけてどうするんですか……
「曲がりなりにも我と其方は同じ継承権第1位…身分は同格であろう。それに礼を知らぬは我が弟のみ。誤解召されるな」
意外にも大人の対応で返してくれる身なりのいい男性
「ふぅん?…まぁいいわ。争いを起こしに来たわけじゃないし、穏便にやりましょう」
「そうしてくれると助かる。急な来訪でこちらも困惑しているのでな。帝都の名物を一通り堪能した後にさっさと帰って欲しいものだ」
おっと…あまりにも直接的なさっさと帰れ発言…この人も言うねぇ…
「帝都名物って何?兄弟喧嘩かしら?」
皮肉で返すリタさん
もうやめましょうよ…
「ふっ…それはどの国でも名物だろう?皇国でも例外ではあるまい」
これは見事なカウンター
皇国内の勢力争いを知っていると言外に示唆された。
「………ふぅん?…国内で手一杯ってわけでもないのね…」
「当然だ。別に我が国内に争いなどないのだからな」
「………!?……まぁ立ち話もなんだし、じっくりお話しましょう。時間も限られているしね」
「構わぬ。願わくば其方の来訪が光であることを望む」
光…?
どういうことだろう…
それに争いがないって、ヒルデガルドは内乱の真っ最中だと言っていたが…
というかあの人誰なんだ。
皇帝なのかな…それにしては若い。
歳は40歳中盤くらいに見えるけど…
「あの人はハインリヒ・シュバルツ・ラインハルト…帝国の第一皇子だよ…そしてヒルデガルドによると次期皇帝に内定した人だね」
リックが耳打ちで教えてくれる。
そうかあの人が第一皇子…いまこの帝国の中心となっている人物か…
「……その脇にいるのが第一皇子子飼いの十傑だね。第10位『金鷲』メスティ・エジル、第3位『黒狼』フリッツ・バルター、第2位『白虎』ゲルト・ミュラー…いずれも一騎当千の化け物だよ…」
あれが第一皇子に付いている十傑…
1人は金髪の若者だ。
今も手を頭の後ろに組んで軽薄そうな雰囲気を出しているが、その後ろに背負っている大きな弓が特徴的だ。
「あれが『金鷲』メスティ・エジルだね。今の十傑で最年少だ。弓の名手と聞くよ」
その隣には黒髪の方までかかる長髪で、綺麗に整えられた髭を持つ男性だ。
こちらはメスティ・エジルと違って、非常に厳格で重厚そうな雰囲気を醸し出している。
「その隣は、『黒狼』フリッツ・バルター。現帝国軍の総司令官で、帝国軍の頭脳だ。武だけじゃなく知も超一流の厄介な男さ」
そして何より僕が目を離せないのは、第一皇子のすぐ脇に控える白髪で肌も白く、儚い雰囲気を醸し出しているあの男性
今も目線は空に向かっており、上の空であるが、隙が全く見当たらず、異様な雰囲気を漂わせている。
「最後に…あの白い奴は『白虎』ゲルト・ミュラー…大陸最強の両術師さ…」
「えっ」
リックがそう紹介すると、僕は小さく驚く。
「リ、リックよりも…?リックも相当な魔術師で武術師だと思うけど…」
「ノンノン…アイツは次元が違うよ…魔術の腕では負けやしないと思うけど、武術の腕がもう子供と大人ぐらい違うのさ。まぁアイツとやりあったらすぐわかるよ。そんな機会はないに越したことはないけどね」
リックも相当な達人の域の武術師だ。
それよりも次元が違うと言わしめる帝国十傑の第2位…
どんな戦闘をするんだろう…
気にはなるが、リックの言うようにあのゲルト・ミュラーの戦闘は見る機会がないに越したことがない。
僕はその機会がないように祈りつつ、帝城の中へ入っていった。
シリュウ「ゲルト・ミュラーばっかり気になったけど、隣の黒髪のおじさんもやばそうだよ…」
ビーチェ「フリッツ・バルター…帝国軍の総司令官にして十傑の第3位…帝国への忠誠心から帝国軍の心臓とまで言われるお方じゃ。第3次烈国大戦から参戦しておるまさに戦の生き字引のような存在じゃな」
シリュウ「ふ~ん、じゃあじいちゃんのことも知っているのかな。話す機会があれば聞いてみようっと」




