第17話 カチヤ・シュバインシュタイガー
烈歴98年 6月10日 リアリ・バルカ号 甲板
王国の港湾都市『ルセイユ』を出発して、丸5日が経った頃、僕ら外交使節団一行は帝国の港湾都市『ハンブルグ』を肉眼で捉えていた。
いよいよシュバルツ帝国の地に足を踏み入れる時が来た。
ただでさえ烈国大陸最大の国であるのに、ヒルデガルド曰く内乱の真っ最中という帝国に入国するとあって、僕ら皇妹派は緊張に包まれていた。
以前の交渉方針では、表向きの皇国としての外交方針は『侵攻する準備が整う期間(おおよそ1年)を目途とした不戦条約の更新』であり、裏向きの皇妹派としての外交方針は『穏健派の皇帝、第一皇子もしくは第三皇子との勢力協定の締結』であったが、内乱真っ最中と聞いてからは皇妹派はその方針の変更を余儀なくされていた。
しかし皇国としての外交方針は王国での成功を経て上方修正していた。
表向きの皇国としての外交方針は、『王国との同盟締結を盾としたノースガルド方面の領土割譲』とかなり強気に変更されていた。
しかし裏向きの皇妹派としての外交方針は『とにかく勢力争いの内情を探る』に留まっていた。
内乱真っ最中の各勢力が、皇国の反体制派である皇妹派に与することは可能性としてはかなり低いとリタさんは感じていた。
皇妹派としての勢力拡大に関しては、王国においてかなりの成果を挙げたため、リタさんは当面は王国の支援を元に、皇王派に対する勢力争いを仕掛けるつもりらしい。
とにかく皇妹派としての帝国での目標は『安全に帰国する』レベルまでハードルを下げていた。
その目標を達成するには、僕ら海軍の働きがとても重要なため、僕は帝国入国前に気持ちを一掃引き締めていた。
そして僕らの船は帝国に到着する。
僕らにとって短いようでとても長い帝国での戦いが始まったのだ。
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烈歴98年 6月10日 シュバルツ帝国 ドライ州 港湾都市『ハンブルグ』
僕達外交使節団一行は帝国の港湾都市『ハンブルグ』に到着した。
この『ハンブルグ』という都市の率直な感想は…無骨だ。
王国のルセイユのような人々の活気や皇国のセイトのような華やかさはなく、同じような形の建物がどこまでも続いていて、街を彩るような飾りや人々の姿がなく、大きい街ではあるもののどこか元気がないような不自然さを醸し出していた。
「……これが帝国の都市…?にしても人が少なくない…?」
僕がそう呟くと、ビーチェも同じようなことを思ったのか共感する。
「そうじゃのう…帝国のハンブルグと言えば、帝国三大港湾都市じゃが…この区画だけなのかや?」
僕ら2人が疑問に思っているとリック(ベタンクール都督)も会話に入ってきた。
「確かに不自然だね。僕も数年前にハンブルグに来たけど、もっと人がいてルセイユに負けず劣らず活気に溢れた街だったよ。にしてもこれは…港湾機能を維持する最低人数しかいないようにも感じるね…」
リックが同様に疑問を呈するが、答えは出ない。
とりあえず僕たちは下船の準備を進める。
下船の準備をしていると、船に帝国の兵士と見られる隊が近づいてきた。
先頭には馬に乗っている騎士甲冑を着た大剣を携えている女性将校が堂々した佇まいでこちらを見据えていた。
女性将校は肩までかからないボブで紅色の髪色をしている。
背丈は僕と同じくらいで、女性としては平均くらいだと思われる。
そして何より特徴的なので背負っている大剣だ。
その女性将校の2倍程の大きさをしている鞘が紅色で、まるで人の血を吸い切ったような禍々しい剣だ
この女性将校が率いる部隊が今回のお出迎えの軍かな。
兵士はざっと見て1000人程で、僕らの護衛には少し過剰な気もするなぁ。
その護衛隊が近づくのを見て、リタさん、サルトリオ侯爵を先頭に、外交使節団は整列をした。
そしてその護衛隊が僕達の元へ到着し、女性将校が下馬し、リタさんに挨拶をした。
「ようよう!お前さん達が皇国の御一行様ってか!?よく来たな!うちが案内するから安心しろよな!」
軽っ!!
女性将校はめちゃくちゃ気さくにリタさんに挨拶した。
いやいや一将校が他国とはいえ皇族相手に気軽すぎやしませんかね…
「シュ、シュバインシュタイガー将軍!失礼ですぞ!も、申し訳ございません!悪気は全くございませんので…!」
隣にいた副官と見られる壮年の男性が必死に頭を下げている。
おおう……あの人からは苦労人の匂いがする……
「いいのよ。むしろ気軽に接してくれて嬉しいわ。私はリアビティ皇国 皇王の妹で皇位継承権第1位のリータ・ブラン・リアビティよ。よろしくね、可愛い女性将校さん」
「お!話がわかる奴だな!うちは堅苦しいのが苦手でさぁ~こういうのは向かないってバルターのおっさんに言ったのに、押し付けられちゃったぜ。はっはっは!」
さらっとこの護衛の仕事を押し付けられたという失言をかます女性将校さん
この人とんでもない大物だな……何者なんだ…
「うふふふ、ごめんなさいね。こんな子供のお使いのような任務に就かしちゃって。かの有名なカチヤ・シュバインシュタイガー将軍には退屈な任務でしょうけど、お付き合いくださる?」
大人の対応で受け入れるリタさん
隣の副官の人はお腹を両手で抑えていて、今にも胃痛で死にそうだ…可哀そうに
「任せなって!シュバルツスタットまで2日ばかしかかっちゃうけどよろしくな!皇妹さん!」
「うふふ、よろしくね」
う~む、凄く失礼な振る舞いをしているはずなんだが、なぜか腹が立たない。
むしろとても好意的にすら映るのは、あの人の人柄の良さが出ているからなのか…
とても快活で明るく、気持ちのいい女性だ。
「……あの人はカチヤ・シュバインシュタイガー将軍…ああ見えて十傑だよ。序列はなんと第5位だ」
リックが僕とビーチェに耳打ちするように教えてくれる。
だ、第5位!?
第8位のエゴン・レヴァンドフスキでさえ化け物じみた強さだったのに、この女性はさらにその上を行くのか……
「…あの人がカチヤ・シュバインシュタイガー…」
ビーチェが食い入るようにカチヤ将軍を見つめる。
「知ってるの?」
「もちろんじゃよ。女性の武術師なら知らぬものはおらぬ。『紅虎』カチヤ・シュバインシュタイガー…公にされている女性武術師では間違いなくこの大陸最強の人じゃ」
「…あの人がこの大陸最強の女性武術師…」
確かに、背負っている大剣は非常に重そうだが、カチヤ将軍の体の軸が全くぶれていない。
歩くその様は、まるで大樹が根を張っているかのように体幹が安定している。
下半身にはとんでもない功夫が詰まっていそうだ。
また一人、傑物を目にした。
本当にこの遠征は、強者との出会いが多くて、刺激的すぎる…
そう思っていると、遠くにいたカチヤ将軍と目が合ってしまった。
突然目が合って気まずかったのでとりあえず会釈をすると……
ダダダダダダダ
凄い勢いでカチヤ将軍がこっちに走ってくる……
「おいおいおいおい!お前さん!とっても強そうじゃないか!しかもうちより年下!?ちょっとそこの広場でやろうぜ!」
唐突に僕の眼前まで迫るカチヤ将軍
近い近い近い!
この人もファビオ中将みたいな戦闘狂か…!
それにこんなに女性が近づくとまたビーチェの機嫌が悪くなってしまう…
そう思って、ビーチェの方を向くと、慈愛の笑みを浮かべたビーチェがいた。
「シュバインシュタイガー将軍よ、我が夫が困っていんす。少し離れてくりゃれ?」
優しくカチヤ将軍を諭すビーチェ
…おう……余裕を持って対応している…
ビーチェも成長しているんだ…
「おっとっと!お前さんの旦那だったか!そりゃあ失敬!うち強そうなモンを見つけるとすぐやり合いたくなっちゃうんだよねぇ!お前さん、名前は?」
「皇国海軍 准将 シ、シリュウ・ドラゴスピアです。こちらは妻のベアトリーチェ・ドラゴスピア少尉です…」
「うちはカチヤ・シュバインシュタイガーだ!カチヤでいいぞ!帝国軍でなんか偉そうな役やってる!夫婦で軍属なのかあ!羨ましいぞ!このこの!」
そう言いながら肘を突いてくるカチヤ将軍
非常に人懐っこい人だな…
「ご丁寧にどうも…にしてもいいんですか?そろそろ出発の時間じゃあ?あそこの副官らしき人が今にも死にそうな顔でこちらを睨んでいますが…」
「うん?ああ、いいのいいの。アイツは敵だから無視していいの」
敵?
いかにも副官っぽい人なのにカチヤ将軍は敵と断定している。
これも内乱の影響なのか…?
「しかしカチヤ将軍…妾達もいち早く帝都に参りたく存じます。シリュウとの仕合は帝都にて存分に行いましょうぞ。妾の夫はこのような道端で披露する安い武は持ち合わせていませんので…」
帝都への行軍に誘導するビーチェ
流石だけども、後半部分は必要だった?
カチヤ将軍の僕の武への期待感が増すじゃない?
「お?そんなに凄いのか…!凄そうな槍も持ってるしな!よし…帝都でいっぱい打ち合おう!…そうと決まれば、帝都へ全速前進だ!…お~い!全速力で行軍開始~!遅れた奴はぶっとばすぞ~!」
「ひぃい!またでたカチヤ将軍の無茶振りだぁ…」
「……てか護衛任務だろ!俺達だけ飛ばしても意味ないですって!」
「…あぁ…バルター将軍がいないからカチヤ将軍を止める人誰もいない…助けて…」
兵士から思い思いの悲痛な叫びが聞こえてくる…
カチヤ将軍も人を振り回すタイプの女性か…
とりあえずこの行軍が無事に済みますように…
リック「カチヤ・シュバインシュタイガー…齢27…王国での戦線や皇国での戦線で14歳の時より活躍…並外れた大剣を振り回す豪快な戦闘スタイルで、多数の敵を葬るまさに『紅の虎』…名門シュバインシュタイガー家の長女で家柄も良く見目麗しいため求婚者が絶えないが未だ独身…曰く『うちより強い奴じゃないと旦那にしてやらん!』とのことで未だに伴侶に恵まれない……いやあんたより強い人って理想高すぎるよね?」




