第12話 3人の皇子
「……帝国の内乱の中心…謀略渦巻く伏魔殿よ…」
ヒルデガルドが淡々という。
僕らがこれから向かう帝国の首都シュバルツシュタットは第一皇子と第二皇子が戦にて次期皇帝の座を争っている爆心地なのだ。
ヒルデガルドの一言に静まり返る会議室
しかしその空気を切り裂くようにリタさんは小さく息を吐いてから切り出す。
「帝国が火中なんてわかっていたことよ。今更怖気ついても仕方ないわ。その皇子達の勢力争いの詳細を聞かせてちょうだい」
リタさんがヒルデガルドに話の続きを促す。
「……まず第一皇子の勢力は安定しているわ……首都シュバルツシュタットを初めとする4つの州を掌握して……後見には帝国屈指の豪族『ラインハルト家』が付いている……内政も鉄血宰相と言われ帝国の内政を何十年も支えるオットー・ビスマルクが忠誠を誓っている…十傑も4人が第一皇子についているわ……いずれも私以上の手練れよ……」
「それだけ聞くと死角がないように思えるが…」
アウレリオ准将が呟くように言う。
確かに8つの領地のうち半数の4つを治めていて、長年帝国を支える宰相も味方で十傑が4人もいる。
それだけ聞くと大勢力に思えるが…
アウレリオ准将の呟きに小さく首を振って応えるヒルデガルド
「…第二皇子は……ここ数年で急激に勢力を伸ばしているの…第二皇子は性格は冷酷だけども…実力者は背景問わず登用する超実力主義者なの…だから帝国中から立身出世を目指して若者が第二皇子の元へたどっているわ……私も第二皇子の手の者だったからよく知ってる…」
「超…実力主義…?」
僕が首を傾げる。
実力で成り上がれるなら良い社会じゃないかと子どものようならことを思う。
しかしそう単純な話ではないんだろう。
「…第二皇子の勢力は実力主義が根付いているから無能には人権がないわ…それに女は女であることだけを理由に重職から遠ざけられる…男尊女卑が著しい社会よ……私も十傑ではあるものの意思決定を行う会議の参加権はなかったわ…まぁ興味もないけど……」
それはそれは凄まじい。
ヒルデガルドほどの武術師が閑職に追いやられるなんて
皇国なら将校、下手すれば将軍にもなれるんじゃないだろうか
「しかしそんな文化が功を奏して、帝国から有望な若者が第二皇子のもとに集まり、第一皇子とやりあうだけの勢力となっていると…いやはやたまったもんじゃないね〜」
リックがおどけるように言う。
「…実際笑い事じゃないわよ…私とエゴンを抜いても第二皇子に付いている十傑はあと4人いるの…」
「な!?君たち2人を抜いても4人!?ということは6人の十傑を囲っているのか!?」
アウレリオ准将が驚いたように言う。
「そうよ…それに私とエゴン程度なら代わりはきくわ。あとの4人は化け物みたいな強さだけど…」
おいおいおいおい
エゴンとヒルデガルドで代わりがきく?
とんでもない戦力を保持しているじゃないか…
第二皇子…
「ちなみに後の4人はどういう人なの?」
僕がそうヒルデガルドに聞く。
「……帝国一の弓使い……槍と氷魔術の両術師…珍しい両刃剣の達人…」
どいつもこいつも聞くだけで強そうだ。
「そして…何より…際立っているのが…十傑序列第1位……『黒獅子』のロロ・ホウセン…!」
「「「「!!」」」」
その名を聞いて、会議室が静けさと緊張に包まれる。
僕でも知っている名だ。
帝国一の武術師であり、大陸最強との声も高い。
得物の無双方天戟で屠った敵は幾万
あまりの強さに故郷の東方大陸を追放されたとも言われる武の化身
ロロ・ホウセン
それが第二皇子の鬼札か
「確かに…ロロ・ホウセンが第二皇子についているなら国力で勝る第一皇子と対等にやりあっているのは頷けるなぁ」
リックが笑みを浮かべながらそう評価するが、困惑の色は隠し切れていない。
「まずいわね…私のプランでは第一皇子か第三皇子と手を組んで第二皇子の勢力を駆逐して、皇帝になった方と平和条約を締結することだったのに…第二皇子が皇帝になったら王国を巻き込んででも打倒しなくちゃならないわ」
「そうなんですか?第二皇子とも平和条約は組めないのですか?」
僕がリタさんに問うが、サルトリオ侯爵が険しい表情で答える。
「…第二皇子は覇権主義者なのだよ。皇帝になると同時に皇国と王国に攻め入り手中に収めると公言しているのだ。第一皇子は保守派で攻めるとも友好にするとも公言はしていない。第三皇子はあまり表に出て来ないからわからぬがね」
「…第三皇子も一応は覇権主義者よ…でもそれは他国が侵攻国家ならね。こちらから平和条約を提示すればまず受けるわ。あの人本質は平和主義者だから」
サルトリオ侯爵の発言を少し否定する形で補足するリタさん
それにしても第三皇子のことを知人のように語るが、知っている人なのかな?
「……第三皇子は他の2人の皇子に歯牙にも掛けられていないわ…領地も北方のアハトだけ…臣下には目立った武術師はいない…強いて言うなら、軍師ユルゲン・クロスと宗教家マティウス・ルター、そして爆弾娘ゾラ・ベッケンバウアーぐらいかしら…?」
今なんて…?
べ、ベッケンバウアー!?
「ちょ、ちょっと待って…べ、ベッケンバウアーって!?」
僕が驚きつつ、ヒルデガルドに問う。
「……何を驚いているの?第三皇子…レギウス・シュバルツ・ベッケンバウアーの1人娘…ゾラ・ベッケンバウアーは帝国一の魔術師よ…」
「第三皇子がべ、ベッケンバウアー!?」
色々驚いているが、第三皇子の名字と僕がかつて名乗っていた名字が同じだなんて…
よ、よくある名字なんだな…きっと…
僕が驚いているのをリタさんとビーチェ以外が訝しんでいた。
それをビーチェがフォローしてくれる。
「シリュウの古い友人にベッケンバウアーの姓を持つ者がいたのです。それで驚いたのでしょう。まぁ彼は生粋の皇国人なので偶然なのでしょうが…」
た、助かるぅ…
ここで僕のかつての姓が、ベッケンバウアーだなんてバレたらややこしい話になるだろう。
ビーチェが場を収めてくれたが、今度はリタさんの様子が変だ。
下を向き、涙を流している。
「ゾ、ゾラ……逞しく育ったのね…」
何かを呟いているが、その呟きは誰にも聞こえていないようだ。
リタさんが唐突に涙を流したため、場が少し変な空気になってしまった。
「リ、リタも多忙で疲れているんだろう。帝国に到着するまでまだ日はある。今日は帝国の内情を共有できたということで良しとしようじゃないか。今日は解散にしよう」
アウレリオ准将が気を利かせて場を流す?
それぞれが退室していくが、僕とビーチェ、リタさんとアウレリオ准将だけ残った。
ビーチェがなぜか退室しようとしないからだ。
「どうしたの?ビーチェ」
「すまぬな、シリュウ。先に寝ておいてくりゃれ。妾はリータ殿下と少し話がしたいのじゃ」
「え!?」
「ベアトリーチェ、今日はもう遅い。明日にしてくれないか?」
アウレリオ准将が宥めるように言うが、リタさんが制する。
「いいの。ちょうどよかったわ。私もこれ以上1人で抱え込むのはしんどいもの。リオ、シリュウちゃん外してくださる?」
「わ、わたしもか!?」
「そうよ。乙女の会話に割り込む気?無粋よ。だからあんたはモテないの」
「いや、それは別にいいんだが…」
納得はしてないが、リタさんの表情から部屋に残ることは難しいと判断したアウレリオ准将
「仕方ない。では話が終わるまで外にいるから終わったら声をかけてくれ」
「わかったわ。じゃあお願い」
「おやすみビーチェ」
「ああ、おやすみじゃ」
そう言って退室する僕とアウレリオ准将
中でどんな話があるんだろうね。




