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第4話 ビーチェさんの帝国講座


シリュウ小隊の小隊長たちに自由行動を許可した後、僕とビーチェは王都ルクスルを観光していた。


時刻は昼過ぎで、王都の街は最も喧噪に包まれていた時間帯だった。


道を行き交う人々の声や、露天商の呼び声が重なり合い、活気が街中に渦巻いている。


僕たちは、屋台で買った香ばしい焼き鳥のような軽食を片手に、大通りに面した広場に設置された椅子と丸いテーブルに腰掛けた。


陽射しは穏やかで、心地よい風が通り過ぎていく。


「ルセイユでもすごかったけど、王都はさらに魔術が溢れていて圧倒されちゃうね」


僕は焼き鳥の串を口に運びながら、目の前の広場を見渡した。ほんの幼い子供が、転んで擦りむいた膝を水の魔術で手早く洗い流している光景が目に飛び込んできた。


「確かに、あんな小さな子供まで魔術を使いこなしてるなんて、他の都市では考えられないよ」


僕は、表情にわずかな驚きと尊敬の色を浮かべながら、ビーチェに目を向けた。


ビーチェの肩までかかる金髪が、風に揺れて輝く。


「そうじゃのう」


ビーチェは軽くため息をつき、遠くを見つめるように視線を送った。


「皇国では幼い頃から魔術の鍛錬を行うのは、心身の発達に悪影響があると考えられておるから、基本的には16歳になるまで解禁されぬのじゃ」


「へぇ、そうなんだ。そんなに遅いんだね」


僕は不思議そうに眉をひそめ、もう一口串を頬張った。


ビーチェは軽く頷き、手元のパンのような軽食にかぶりついた。


「昔、皇国では幼い子供が魔術を暴発させて亡くなってしまう事件があったと聞く。それが教訓となっておるのじゃ」


確かに、魔術は非常に便利な力だが、それは時に自分や他人を傷つける刃にもなり得る。


僕は短い沈黙の中で、そのことを噛み締めていた。


「ナイフは便利だけど、子供が扱っちゃいけないのと同じだね」


僕が言うと、ビーチェはクスッと微笑みながら頷いた。


「そういうことじゃ。しかし、王国では幼い頃から魔術を制御する教育が施されるのじゃ。そのためか、街の人々が使う魔術の精度は実に見事じゃよ」


ビーチェの言葉に僕は頷きながら、周囲の人々に目をやった。


通りの向こう側で、店主が風の魔術で商品を浮かべたり、火の魔術で料理を手早く調理している光景が目に入った。


「確かに。そこは流石は魔術大国ってことかな」


僕は、再びビーチェに目を向けた。ビーチェは涼しげな笑みを浮かべ、頷く。


「そうじゃな。王国の建国者である『賢神』様は、伝説の魔術師で、なんと7つの属性を操ったと言われておる」


「な、なな!?パオっちでも3属性なのに?」


僕は驚いて身を乗り出した。ビーチェは楽しそうに小さく肩をすくめた。


「そうじゃ。マルディーニ少将も素晴らしい魔術師じゃが、彼でさえ3属性じゃ。7属性を操るとは尋常ではなかろう」


「だよね…。あ、でも、魔術の属性って確か8つあったよね。火、爆、水、氷、風、雷、土、鋼の」


僕は指を一本一本折りながら、数え上げた。ビーチェは軽く笑みを浮かべて続ける。


「そうじゃ。『賢神』様は、逸話では鋼以外の7属性を操ったと言われておる」


「へぇ~そんな偉大な魔術師でも鋼属性だけは扱えなかったのか」


僕は首をかしげながら、少し意外に感じていた。


「そうらしいのう。鋼属性の魔術師は、どうやら鋼以外の属性を扱えんと言われておるからのう」


ビーチェは少し首を傾げながら、考え込むように言葉を選んでいる様子だった。僕はさらに驚きの表情を浮かべた。


「少なくとも、鋼と他の属性を操る魔術師は確認されておらぬ。これも一般的には解明されておらぬが…」


ビーチェは少し口ごもり、興味深そうに僕を見つめた。僕は彼女の表情の変化に気づいて、首をかしげた。


「おらぬが…?」

僕は問いかけるように先を促した。


「皇国では魔術の研究は、タキシラを筆頭に各地の大学で公に行われておるが、王国では貴族家が主導しており、魔術の恩恵を独占しておるから、研究の内容が外部にはほとんど伝わらんのじゃ。つまり、本当はその謎を解明している貴族家もあるかもしれんということじゃよ」


ビーチェは目を細めながら、手に持っていた軽食をテーブルに置いた。


「自分たちで魔術の研究成果を独占してどうするんだろう?もっとみんなで共有したら、きっともっと発展するはずなのに…」


僕は軽く首をひねり、納得がいかない様子でつぶやいた。ビーチェは静かに笑いながら、その意見に同意するように頷いた。


「もちろん、理想を言えばそうじゃろう。しかし、彼らは既得権益を守るために魔術の知識を独占しておるのじゃ。今の自分たちの地位が脅かされぬようにな」


ビーチェの声はどこか冷たく、しかしその裏には長年の領主教育から来る知識の重さが感じられた。


僕はしばらく黙り込み、目の前の軽食をじっと見つめた。


風が少し強くなり、街の喧騒が一瞬だけ遠ざかったように感じた。


「もったいないね。王国が挙国一致で動けば、一気に大陸の覇権を取れるかもしれないのに」


僕はぼんやりとつぶやくように言った。ビーチェはその言葉を聞いて、小さく笑い声を上げた。


「ふふっ、それは帝国にも同じことが言えるじゃろう」


彼女の言葉に、僕は驚いて目を瞬いた。


「帝国にも?」


「そうじゃよ。王国は貴族家で勢力が分断されておるが、帝国もまた、8つの領地で勢力が分かれておる」


ビーチェは淡々と話しながら、再びテーブルに置かれた軽食を手に取った。


「8つの領地?」


僕は少し眉をひそめながら、その言葉の意味を探るように尋ねた。


「そうじゃ。帝国ではそれを『州』と呼んでおる。簡単に言えば、各州は小さな国のようなものじゃよ」


「く、国!?帝国の中に8つの小さな国があるの?」


思わず声を上げてしまった僕に、ビーチェは笑みを浮かべて頷いた。


「そうじゃ。アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア、ヒュンフ、ゼックス、ズィーベン、アハトの8つの州じゃ。州ごとに法律や税制が異なり、それぞれの州には独自の軍もある。立派な小国のようなものじゃ」


「そ、それは…すごいな…」


僕は驚きに口を半開きにしながら彼女を見つめた。


帝国がそんなに複雑な統治をしているとは思いもよらなかった。


ビーチェはその様子に軽く笑みを浮かべながら、話を続けた


「その州を治める『知事』は、各州の勢力争いに巻き込まれておるのじゃ。どの勢力に付くか、日々争いが絶えぬ」


「知事…でも、その知事を決めるのって皇帝じゃないの?」


僕は不思議そうにビーチェに問いかけた。すると、ビーチェは目を細めながら、少し小声で笑った。


「かっかっか!シリュウ、少しは帝国の事情がわかってきたようじゃな。その通りじゃ。知事の任命権は皇帝が握っておる。しかし、これが問題じゃ」


「どういうこと?」


僕は首をかしげながらさらに問いかけた。


ビーチェは一息ついてから、僕に向かって静かに語りかけた。


「シュバルツ帝国では競争主義社会が根付いておる。皇帝が次の皇帝を選ぶ際には、皇位継承権を持つ者を州知事に任命することが多い。つまり、各州での競争を煽り、その中で最も優秀な者を次期皇帝にするための制度じゃ」


「じゃあ、帝国はわざと勢力争いを引き起こして、優秀な人材を選び出しているってこと?」


僕の声には少し驚きが含まれていた。ビーチェは真剣な表情で頷いた。


「その通りじゃ。そして帝国は今まさに、その後継者争いの真っ最中なのじゃ」


「だから陸軍が帝国を攻めるべきだって主張してたんだ。帝国が内輪もめで忙しい時に攻め込むべきって…」


僕は納得しながらつぶやいた。ビーチェは静かに頷き、目を細めた。


「そうじゃ。そして、この後継者争いの状況は、帝国以外の者にはほとんどわからぬのじゃ。戦争のような大きな動きではなく、領地の発展度が争いの鍵となっておるからのう」


「領地の発展具合か…。それなら、外部の人間が知るのは難しいよね」


僕は深く考え込むようにテーブルを見つめた。


風が再び吹き抜け、街の喧騒が一瞬だけ静まり返ったような気がした。


「じゃからこそ、妾たちがこれから帝国へ乗り込むことに大きな意味があるのじゃろう。帝国の内情を直接見て、皇国に持ち帰るのじゃよ」


ビーチェの声には決意が込められていて、その真剣な表情に僕も自然と気を引き締めた。


これからの任務の重さを理解していたが、僕は少しでもビーチェをリラックスさせたくて、軽い冗談を交える。


「大変な任務だね。でも、帝国への遠征が終われば、もうすぐビーチェとの結婚式だ。それを励みに頑張ろうかな」


僕はにっこりと笑って言った。ビーチェは一瞬驚いたように目を見開き、次に軽く頬を赤らめた。


「わ、妾との結婚式がそんなに楽しみかや?」


ビーチェの声は少し照れ隠しが混じっていて、その仕草が可愛らしい。


「もちろん!大好きなビーチェとの結婚式なんだよ?楽しみじゃないわけがないよ」


僕は素直な気持ちでそう答えた。


ビーチェの表情はさらに和らぎ、ビーチェの唇には小さな微笑みが浮かんでいた。


「そ、そう言ってもらえると妾も嬉しいのじゃ」


その言葉に照れるビーチェの姿がたまらなく愛おしく、僕は自然と手を伸ばし、ビーチェを街の喧噪の中で引き寄せた。


周囲の視線などまるで気にならず、僕たちは互いを見つめ合い、唇をそっと重ねた。


「大好きだよ、ビーチェ。僕が絶対守るから」


僕は囁くように言い、ビーチェをさらに強く抱きしめた。


ビーチェのぬくもりが心に深く染みわたり、世界のすべてがこの瞬間に凝縮されたような気がした。


「わ、妾も……ずっと…一緒に…」


ビーチェの声は震えていたけれど、確かな感情が込められていた。


僕たちはそのまま静かに抱き合い、お互いの心音と鼓動が同じリズムで響き合っているのを感じていた。


まるで、この瞬間が永遠に続くかのように、僕たちは互いの存在を噛みしめていた。


風が頬をかすめ、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。


だが、その全てが、僕とビーチェの世界には届かない。


ビーチェの柔らかな髪の香りが僕の鼻をくすぐり、僕はさらに深く、ビーチェを抱きしめる。


「これからもずっと、一緒にいようね」


僕の言葉に、ビーチェは小さく頷き、僕の胸に顔を埋めた。


「うむ、ずっとじゃ…シリュウ」


静かな決意と愛が交差するその瞬間、僕らは二人だけの小さな世界に包まれていた。



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