【閑話】その『鬼謀』が見据える先には
烈歴98年 5月21日 皇都セイト 皇国海軍本部 海軍本部長室
時はシリュウ達がボナパルト王城にて帝国の十傑と王国の一級魔術師の襲撃を受ける10日前に遡る。
この海軍では多くの海軍将校と外務省の文官達が集まり、王国と帝国への外交使節団の計画について調整を行っている。
海軍側でその指揮を執るのは、海軍中将かつ海軍の参謀『狐火』フランシス・トティ
フランシスは元は商家出身でありながら、火の魔術の才をゾエ・ブロッタに見いだされ、海軍の門を叩いた異色の経歴を持つ軍人である。
しかしフランシスは火の魔術もさることながら、最も秀でているのはその明晰な頭脳であった。
緻密な計算能力と慎重な性格は、軍の中でもとりわけ自然災害の影響を受けやすい海軍でより輝いた。
フランシスは持ち前の智謀を活かし様々な軍事作戦や海軍組織の改革を成功させ、40にも満たない年齢ながら、海軍中将、そして内勤の海軍の長である海軍本部長にまで登り詰めたのであった。
しかし今フランシスが海軍本部長室の応接机を挟んで座っている人物は、そのフランシスでさえ格上と認めざるを得ないほどの知を持つ者であった。
「………珍しいね……君が……海軍本部に来るなんて……」
「いやいや、たまにはいいだろう~?俺もたまには潮風にあたりたいんだよ~」
明るい茶髪で、軽い雰囲気を醸し出す皇国陸軍中将『鬼謀』のサンディ・ネスターロ。
10万人を超える陸軍の組織運営を一手に担う皇国が誇る大参謀だ。
そんな多忙の身であるサンディがわざわざ海軍本部を訪ねるなどただ事ではないとフランシスは疑っていた。
「……君がわざわざ来るなんて……それだけじゃない……君は適当な振りをしてその行動すべてに…意味がある……」
「そんな勘ぐるなって~。今回の遠征に関して少し助言をしておきたいと思った訳さ」
「助言?」
「あぁ、今回の遠征な、帰りは何が起こるかわからんぞ?」
「……!?」
サンディが急に声色を変えて、フランシスを諭すように言う。
普段はおちゃらけているサンディの真剣な眼差しを見て、フランシスはその言葉の重みを感じざるを得なかった。
「あんま脅すようなことは言いたくないんだが、その想定はしておくんだ」
「……なぜだ…?何か根拠でも?」
「……他言無用だ。あまり現場の人間を不安がらせたくはない。万が一のためにお前さんが備えておくんだ」
「………あぁ…約束しよう……」
フランシスはサンディの言葉を他言しないことを約束する。
それも聞いたサンディが口を開く。
「帝国で戦の匂いがする」
「……な…!?」
サンディの発言に驚くフランシス
サンディは帝国との前線を預かる陸軍の参謀である。
この国の誰よりも帝国の事情に精通している人物なのだ。
そのサンディから「戦が起こる」と言われれば、フランシスは心穏やかではない。
「……それは『外』ではないな…『内』か…?」
フランシスがサンディに問いかける。
「多分な。だが時期まではわからん。杞憂に終わればそれで何よりだ」
「……今から…外交使節団を中止にするわけには…?」
「無理だ。時期が直前すぎるのと、俺如きの人間の推測で止まるほど小さな事業じゃない」
サンディは俺如きと自虐するように言うが、サンディ以上にこの国で帝国についての推測の精度が高い者はいないだろうとフランシスは思った。
「……僕にできることは……せいぜい積み荷を増やしておくことくらいか……」
「それだけでも十分だと思うぜ?海にさえ出てしまえば大丈夫だという選択肢を作れる」
「……何も起こらなければいいが……」
「そうだな。だが万が一に備えると言うのが俺達参謀の仕事だろう~?」
サンディが軽く笑いながら言うが、フランシスは全くその通りだと共感した。
するとサンディが懐から一通の手紙を出した。
「これを護衛団の幹部に託しておいてくれ」
「手紙?護衛団の幹部に?」
「そうだ。まず手紙の存在は帝国に入る直前に、護衛団の幹部に明かすようにしてくれ。そしてこう伝言してくれ。『迷った時に開けろ』と」
サンディの不可思議な指示に首を傾げるフランシス
だがその要求を呑んだ。
あのサンディ・ネスターロの言うことだ。
必ず意味があるとフランシスは確信していた。
「……とても不可解な伝言だが、君が言うんだ…きちんと託しておく…」
「助かるぜ~。でも何も起こらなかったら俺恥ずいなぁ!」
頭を掻いて大仰な反応を見せるサンディ
「そう願うばかりだ」
サンディの仕草を見て、少し微笑みながら言うフランシス
そしてサンディの顔つきがまた真剣なものになる。
「だな。だが何か起きた時は現場の人間を信じるしかないな。参謀をやってて一番辛いところだ。どうしても最後は現場の奴らに丸投げになっちまう」
愚痴のような弱気を吐くサンディ
サンディ自身は優れた武術師でもなく、魔術師でもない。
普段からサンディは、戦場においては自らを木偶の坊と卑下していた。
「……そうだな……でも今回は……僕は辛くないな……」
サンディの愚痴に共感しつつも、否定するフランシス
「ほぅ?あの慎重すぎてネガティブ大魔王のフランシスさんがぁ?意外なこって…」
フランシスの穏やかな表情を見て、意外そうな顔で問うサンディ
そしてフランシスはその理由を嬉々として語った。
「……なぜなら今回の任務は最強の武術師と魔術師を付けているからね……彼らなら必ず乗り越えてくれるさ…」
第4章開始です。
今までで最も波乱の章になるでしょう。
お付き合いよろしくお願いいたします!




