第1話 燃える故郷、宿る決意
走る。走る。走る。
僕は暗闇の森の中を、全速力で駆けている。
荒い息遣いが胸の奥で響く。
冷たく湿った土の感触が裸足の足裏にじわりと広がり、倒木や石にぶつかるたびに痛みが走るが、僕はその痛みを無視して足を動かし続けた。
時刻は夜中。空には雲が広がり、月の明かりもほとんど見えない。
それでも、足元は不思議と暗くはなかった。
まるで森全体が異様に赤い光に染まっているように思えた。
そう、僕の背中には、煌々と夜を照らす残酷な巨大な炎があるからだ。
故郷の町が燃えている。吹き荒れる炎の音が、風に乗って耳に届く。
そのたびに、胸の中に鋭い痛みが走るような気がする。
焦げ臭い匂いが鼻をつき、目頭が熱くなる。
あの炎の中に、僕が知っているすべてのものがある。
家族、友達、そして僕の平和な日常までもが。
今日はいつもと変わらない1日だった。
朝起きて、まだひんやりとした空気の中で父と一緒に畑の水やりを手伝った。
水が土に吸い込まれる音を聞きながら、父の背中が大きく見えたことを思い出す。
昼には丘で友達と遊んだ。
風が髪を撫で、笑い声が広がっていた。家に戻ると、家庭教師に烈国史を学んだ。
夕方には、家族そろって食卓を囲み、暖かな灯りのもとで父と母と話しながら食事をしていた。
それが今はどうだ。
畑は帝国の兵士たちの足に踏み荒らされ、丘の上には見慣れない帝国の旗が翻っている。
家は燃え、町中が炎の海と化している。あの静かな夕食の時間が、まるで遠い昔の夢だったかのように思える。
僕は走りながら、父の言葉を思い出していた。
「隣町のキンサイへ逃げなさい。そして役場に勤めているフーリンを頼るんだ。フーリンはパパのお友達でね、きっと助けてくれる。フーリンには祖父に手紙を出すよう頼むんだ。きっと祖父が迎えに来てくれるから。」
父の声はいつもと同じ穏やかさを保っていたけれど、目には何か決意のようなものが浮かんでいた。
その目を見た瞬間、僕は言葉を失ってしまった。
父も母も、自警団の一員として町に残り、住人を逃がす役割を果たすために、僕だけを先に逃がした。
「逃げなさい。生き延びて、必ず祖父に会うんだ。」
母の顔は見られなかった。
母は警鐘が鳴るとすぐに外へ飛び出してしまい、言葉を交わす間もなく別れてしまった。
あまりの出来事に9歳の僕は混乱していたが、父の言葉にただ頷き、言われた通りに行動するしかなかった。
隣町のキンサイへはいつもなら街道を西に向かうのが常だ。
普段なら、草木の香りを感じながらゆっくり歩く道。
しかし今、街道を使うと帝国の兵士と鉢合わせするかもしれない。
街道はもう安全ではない。
だから、僕は森を突っ切るしかない。
街道なら、子供の足でも2時間で着く距離だが、森を進むとなると4時間はかかるだろう。
それでも、今は森を駆けるしかない。
生きるために。
どうしてこんなことになったんだ。
どうすればよかったんだ。
そんな疑問が頭の中でぐるぐると回るが、答えはどこにもない。
耳に聞こえるのは自分の荒い息遣いと、遠くで燃え広がる町の音だけだ。
それでも、僕は決めた。
この戦乱を終わらせるんだ。
この世界を変えるんだ。
そのために、僕は生きなければならない。
どんなに苦しくても、どんなに怖くても。
走り続ける。
森の闇を突き抜け、光が見えるその日まで。