9 走れ
視点:ルーク・アルダン(長男)。
「殺した、人を殺してしまった」
少しの間、自分がしたことを認めたくなくて、地面に座ったまま呆然とした。
歯を食いしばって顔を上げる。
動かないと、そう思った。
冷静になると見たくなかったものが見えてしまうものだ。
「あちゃーホーンウルフの前脚一本斬っちゃったよ。サキからは、修理して使うからあまり壊すなって言われていたのに、近くに置けばくっつくかな」
『黒小鬼』に乗ると、動かなくなった『鋼鉄の一角狼』の周りに、剥がれた装甲や落ちた前脚を集める。
「死体も片付けないとな」『黒小鬼』の指で、『鋼鉄の一角狼』の操縦室に続く扉をこじ開ける。扉の奥、操縦室には何もなかった……死体も無ければ、血も肉片も……髪の毛ひとつない、片付いている。
「ライダーって死ぬとマシンドールに喰われるのか……嫌だな、俺は新品のマシンドールにしか乗れないな」
それでも、まだ外に出る気分にはなれなかった。いまの自分は酷い顔をしているだろう、こんな顔、兄弟には見られたくない。
『黒小鬼』の目を通して、『鋼鉄の一角狼』が再生する様子を眺める。装甲の剥がれた部分から枝が伸び、地面に落ちた装甲を拾うと剥げた部分に押し当てる。
同化しているのか、もぞもぞ動いている。
「おおー」思わず声が漏れた。
足がくっつくのは神秘的だった。本体側だけではなく、千切れた足からも枝が伸びお互いに絡み合う。
動く植物って、結構キモイのな。
「あっ、なんか落ち着いたな、俺。顔も元に戻ったかな、うん、帰ろう」
ナゼか急に吹っ切れた。
足の繋がった『鋼鉄の一角狼』の腹の下から手を入れて持ち上げる。
持てた……装備重量限界と持つことが出来る重さは違うみたいだ。
ダンジョンの外に出ると雨が降っていた。
雲行きが怪しかったからな、空を見ながら思う。
声が聞こえた気がした。ふと周囲を見渡す。一瞬月が顔を出したお陰で『鋼鉄の一角狼』が遠くにいるのが見えた。出るのが早かったら見つかっていたかもしれない。
ただ気になることも、ホーンウルフはダンジョンから離れていくように動いている。ホープスを探しに来たんじゃないのか、その時はラッキーだなとしか思わなかった。
『黒小鬼』を隠す、安全地帯へと向かう。
「帰ったぞ、雨やべーな、狼に勝ってきたぜ」
そこに、三男レアンの姿はなく、長女のサキだけが残っていた。
元気がないように見える。近付いて顔を覗き込むとサキの目が少し腫れていた。泣いていた?俺がホーンウルフを壊したせいか、いやいやいや、確かにサキの話ではダンジョンの中であればクロショウキが絶対的に有利、楽勝、負ける要素なんてゼロと言われたが、初めての戦闘だし無傷で相手を無力化するなんて無理だろう。
「サキ、ホーンウルフを壊したのは謝る。だけど、俺だって初めての戦闘だったんだ」
「違うの……一緒に来て、みんなもいるから」
サキに手を引かれ一緒に地下倉庫に戻った。
「なんだよ、作戦が成功したのにお通夜みたいじゃないか」
誰も何も言わない……作戦は成功したのに全員が暗い顔をしていた。
全員……ようやく気が付いた。一人足りない、ここには五人しかいないのだ。
「おい、リュカは、リュカはどうした。なんであいつがここにいない」
全員が口をつむぐ。
「何があった」
「リュカ兄ちゃんが……リュカ兄ちゃんが捕まっちゃったの」
そう言ってララは、堪え切れず大声で泣き出した。
俺がもっと早く戻っていれば、人を殺したからといって立ち止まらなければ。
一度の勝利に満足しなければ、後悔が次々と押し寄せてくる。
✿リュカ・アルダン(次男、主人公)視点に戻ります。
敵を追ってルークがダンジョンに入ってから、少しして雨が降り出した。
雲行きが怪しいから夜になったら雨が降るかもな、くらいは思っていたが、まさかここまで大降りになるとは、「ザーザー」音を立てながら、雨は降り出した。
虫たちの合唱会もこの雨じゃお開きなんだろう、あれだけうるさかった虫の音も、今はピタリと止んでいる。
斜めがけした小振りなショルダーバッグから、雨除けの布を取り出して被る。
雨除けの布は、布の表面に『雨油蛙』から採れる油を塗って作る雨を弾く布だ。
「リュカ兄、雨大丈夫」
次女のキキから音魔法による定時連絡が入る。
「うん、大丈夫。雨除けの布も持って来たしね」
「そっか、風邪をひいて寝込まないでね、リュカ兄は体が弱いんだから」
キキってこんなに優しかったか、と罰当たりな感想が浮かぶ。
ルークが入ったダンジョンは道筋が複雑だ。
時間がかかりそうだし、のんびり待つか。三本の棒を交差させて結び、その上に板を釘で打ち付けただけの椅子に座りながら身を丸める。
「リュカ兄、リュカ兄」
「リュカ兄」
いつの間にかウトウトしてしまっていたようだ。
「ごめんキキ、少しウトウトしちゃって」
あくびをしながら、腕を上にあげ背を伸ばす。相変わらず雨は「ザーザー」と音を立てて降っていた。
「違うの、ダンジョンに向かったホーンウルフが戻らないから、別のホーンウルフに様子を見に行かせるって……どうしよう」
キキが音魔法で敵の動きを傍受したのだろう、ルークはまだダンジョンの中だ。いくら博士から託された力があったとしても、初戦で二対一はキツイ。
「大丈夫、僕がなんとかするよ」
「でも、相手はマシンドールだよ」
「大丈夫、お兄ちゃんを信じなさい」
雨除けの布を頭に被り、落ちないように首元で結ぶ。倉庫に向かって走り出した。
百メートルくらい走っただろうか、雨のせいで聞き取りにくいが、雨音に混じり微かに足音が聞こえる。
来た。
敷地内なら暗くても明かりはいらないのだが、敢えてショルダーバッグから取り出した光草の実を潰す。
光草の実は、バーディガン王国で古くからランタン代わりとして使われている植物だ。
数分間弱い明りを放ち続ける光草の実は、潰した直後数秒間だけ強い光を放つ。
〝気付いてくれ〟光草の実を持った手を高く掲げた。
光草の明かりが、十メートル先にいるホーンウルフの姿を浮かび上がらせる。
「でかい狼とか、ホラーだろ」足がすくみそうになる〝走れ、走るんだ〟ルークが潜るダンジョンから離れるように走り出す。
自分の身長近くある草を、必死にかき分けながら走る。
追って来た。
すぐ後ろにいるのだろう、地面の揺れを足の裏で感じる。
追い抜こうと思えば、すぐに追い抜けるはずだ。それでもホーンウルフは追い抜かずに距離を保っている。
後ろを走っていたホーンウルフが僕の左側に現れた。
〝シルビルード軍の兵士がいる倉庫に向かうように追い立てているのか、逃げ切るのは無理だ。それなら〟必死に走る。
少し先に目的の建物が見えた。
前方の草むらから兵士が飛び出した。待ち伏せだ。
一人目は躱したが、二人目の兵士に捕まってしまう。
「離せ、離せよ、離せ――――」
大声で叫び、手足をバタバタと振る。
「ガキ、大人しくしろ、殺すぞ」
ひんやりとした鉄の感触。剣先が首に触れる。「殺さないでください」声を絞り出すのがやっとだった。
罰が当たったのかな……僕は捕まった。
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