8 コロシアム
ルークが乗る魔導巨兵『黒小鬼』は、『鋼鉄の一角狼』を追って、森の中に消えた。
僕は、キキからの連絡が入り次第動けるように、二機が消えた入り口近くの茂みに身を潜める。
レアンが、この入り口を選んだのには理由がある。一番複雑なルートに繋がっているのがこの入り口だからだ。
ルークが後を追わなくても、二、三日は迷って出てこれないんじゃないだろうか。
ダンジョンに慣れた僕らですら、この入り口に入ることは躊躇いがある。
視点:ルーク・アルダン(長男)。
魔導巨兵との同調は、変な感じだ。どう言えばいいのか、自分の身体が急にでかくなる感じ?
シルビルード軍の奴らに見つかるわけにはいかないので、出来るだけ足音を殺して歩く。
魔導巨兵に乗った経験の少ない人形遣いほど、力加減には苦労するらしい。軽く握ったつもりで人間を握ったらぐちゃぐちゃになってしまった。力加減を間違えればそんなスプラッターな光景が現実になる。
ダンジョンの外に出て、キキからの合図を待った。
「ルーク兄準備できたよ、『黒小鬼』の音が周囲に漏れないようにしたわ、ただ大きさが大きさだから、入り口に入るまでは見つからないように用心してね」
「了解。まーこれだけ雲が出てれば見つからないだろう、さっさとクソ狼をやっつけてくるぜ」
「調子に乗っちゃって……そだ、サキ姉からも言われたと思うけど、大丈夫?」
「ああ、相手を殺さなければ、俺たちが殺されてしまう。正直怖くねーって言ったら嘘になるが、殺るときは躊躇しない」
「無理しないでね、ルーク兄」
「おう、任せておけ!長男なめんな」
キキの合図を待って俺は、狼が先に入ったダンジョンへと潜る。
ダンジョンは異界である。ダンジョンに入った瞬間、キキの音魔法も解けているはずだ。
相手が近くにいるなら、気付かれたかもしれない。
魔導巨兵を使った初めての戦闘だ。緊張しないといったら嘘になる。
凄く緊張している。それでも、ここで俺が成功しないと、俺たち兄弟の生存率は大きく下がる。
やらなきゃいけない。
隙間なく木が埋める壁が囲む一本道を、慎重に進む。
既にそれぞれの手には短剣が握られている。短剣といっても刃渡りは二メートル近くある、機体とのバランス的に『黒小鬼』が持てば短剣の名が相応しい。
個人的にはもう少し長い得物が欲しかったのだが、ルプスニウム合金が足りなかったのと、スフィーロ種は装備重量限界が低く、重い武器が持てないという理由でサキから却下されてしまった。
暫く歩くと広場に出た。
円形の広場に、等間隔に並ぶ六つの入り口。
前に来た時は、四つだったような……。
このルートの一番の難関がこれだ。
それぞれの道に目印を付ければいいじゃねーか、と思うかもしれないが、どういう仕組みなのか、この広場には目印を付けることが出来ない。
それなら、ひとつひとつ順番に入ればいいのでは、と考えるだろう?不正解だ。
この広場は、訪れるたびに入り口の数も、その先の道筋も変わる。
ジジイ曰くここは『迷い道』と呼ばれるダンジョンの呪いが発生している場所なのだそうだ。罠みたいなものか。
先に進めば俺でも迷ってしまうからな、広場で相手の到着を待つことにした。
この円形の広場には『迷い道』の他にも、もうひとつダンジョンの呪いがかけられている。
『闘技場』――戦う意思のあるものを引き寄せる呪いだ。
俺は心の中で願った、クソ狼さっさときやがれ、と……息を吐き、心を落ち着かせる。
足音が聞こえた……人の喋り声も……魔導巨兵と同調中に声を出すと、操縦室に声をとどめるように意識しないと、音は魔導巨兵の外に漏れてしまう。
ダンジョンのような閉鎖空間に一人でいると、独り言も増えてしまうんだろう……たぶん。
「またこの広場か、帰り道も分からないし、子供はどこに行ったんだ」
死角から『鋼鉄の一角狼』に近付き、横っ腹目掛けて蹴りを入れる、チッ気付かれたか、入りが浅い。
「お探しの子供ならここにいるぜ、おっさん」
「黒いマシンドールだと、見たことのない型だ。人型だが小さい、スフィーロ種の試作機か」
地形的に不利と感じたのだろう、ホーンウルフは近くにあった入り口に逃げようとする。広場にあった入り口が、ホーンウルフの目の前で一斉に消える。
「入り口はどこに行ったんだ。塞がったのか……」
「逃げんなよ。そりゃー塞がるだろう、ここはコロッセオだぜ」
「コロッセオ?」
「知らないのか、ダンジョンの呪いだよ。コロッセオは一騎打ちを好む、どちらかが死ぬまでここからは出られねーぜ。俺はアルダン家の長男ルーク・アルダンだ。こいつはクロショウキ、妹、姉か?まーいいや、サキが作ったマシンドールだ」
「子供がマシンドールを作っただと」
「ああ、サキは天才だからな。こっちは名乗ったんだ。大人だろ名前くらい名乗ったらどうだ」
「生意気な子供だ。私はホープス・クルルカラン、シルビルードの狼使いだ」
『黒小鬼』とホーンウルフがぶつかる。
直線的な動きの多いホープスの攻撃を、ルークは『黒小鬼』の俊敏性を活かして躱す。
ただ躱すだけでなく、短剣を使いホーンウルフの身体を斬りつける。
「この場所では、こちらが不利か」
「ガキ相手に泣き言かよ、みっともねーぞ、ホープス!」
「大人を呼び捨てとは、躾がなっていないな少年」
「こちとら孤児だ。躾なんてクソくらえだっつーの」
ホーンウルフは何度も突進するが、『黒小鬼』にことごとく躱される。
ホーンウルフの武器は、仲間との連携と速度を乗せた突進だ。
閉所での一対一では、人型マシンドール相手では敗色濃厚。だからこそ初手で逃走を試みたのだろう。
ホーンウルフの攻撃は当たらない。
『黒小鬼』の攻撃で、ホーンウルフ体から鎧の一部が剥がれ落ちる。
ホーンウルフの身体から伸びた枝が、剥がれた鎧を探すように、宙を彷徨った。
「マシンドールってホントに植物なんだな」
「せめて接近戦装備を持っておけば」
「だから言い訳はカッコ悪いって」
ホーンウルフには、装備として、額に装着する角型の槍の他に、前足に装着する可変式の短剣がある。
バンデル小隊は、移動重視で荷物を最小限にしていたため可変式の短剣を持ってきていなかった。
「ホープス勝負あったな」
前脚を一本失い、動きの鈍くなったホーンウルフを『黒小鬼』が押さえ伏せる。ホーンウルフは『黒小鬼』よりも小さくパワーも弱い。
「お前に人が殺せるのか、人殺しは中途半端な覚悟で出来るもんじゃないんだよ。毎晩寝ようと目を閉じた瞬間、殺した相手の顔が浮かぶんだ」
「あっそ」
ぐしゃり鈍い音がした。同調した感覚のせいで操縦室を短剣で貫く感覚が手に残る、生々しい。
俺は同調を切ると、すぐさま操縦室を出て吐いた。吐いてすぐに地面を叩きながら吠える。「あ―――――くそ」
道ひとつなかった『闘技場』に、勝者を見送るようにひとつだけ入り口が開く。
三男レアンは、手鏡を握っていた。
首を見る。首をぐるりと一周していた黒い痣が、喉元だけぽっかりと消えていた。
手鏡を放り投げ、『黒小鬼』に乗り込もうとする。
走り出そうとしたレアンの腕を長女のサキが強く握る。
「サキ、離せよ」
「離さないわ、あなたがクロショウキに乗って何が出来るの」
「離せよ、離せ、リュカが危ないんだ。お前だって兄弟だろう、リュカが死んでもいいのかよ」
「いいわけないじゃない。私はあなたの姉なの、長女なの、だから止めるわ」
レアンの腕を握るサキの瞳からは、ボロボロと涙がこぼれていた。釣られるようにレアンの目からも涙が落ちる。
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