7 出撃
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2023.09.22 サブタイトルの変更及び、一部本文の追加や変更、削除しています。
500文字前後話を追加しました。
一角獣の角を思わせる槍が頭に付いた、体高七、八メートルはある、鎧を纏った三機の巨大な狼が、草を踏み倒しながら前に進む。
子供の背丈ほどある草の茂みを、掻き分けながら進むのは、大人でも骨が折れる。重い鎧を着込んでいればなおさらだろう。
六人の重装歩兵は、『鋼鉄の一角狼』が踏み倒した草の上をなるべく歩くようにした。
バンデル小隊は、第六魔導巨兵工房に到着してすぐに動く。
初日は建物の探索が中心で、その目的は『呪いの首輪』に囚われた子供たちを探すことだ。
カーネギー・アルダンを名乗るドワーフ族の男が、引き取った六人の孤児を助手として育てているという情報は、シルビルードにも伝わっていた。
名乗ると表現したのは、カーネギー・アルダンの身元が確認出来ていないからだ。
スフィーロ種での試作機作りを成功させるほどの職人であれば、さぞ高名なドワーフなのだろうと、ドワーフ族の国がある南方大陸の職人ギルドに、王の名で質問状を送ったところ、該当する職人の情報が得られなかった。存在していなかった。
偽名を使っているのか、はたまた能力を隠し続けていたのか、何より無名の職人をバーディガン王国が招聘した理由が分からない。
子供たちについては、さほど期待してはいない。子供に魔導巨兵開発の手伝いが出来るはずもなく、雑用として働かせていたのだろう、というのが上の考えだ。
雑用でも、何らかの情報を持っている可能性はある。
バンデルは、人手が足りないこの状況であれば、子供から話を聞いて調査した方が効率が良いと考えた。
ダンジョンを抜けた際、高い位置にあった太陽も、すべての建物を調べ終える頃には傾き、夕日で朱に染まる草の海で、虫たちの大合唱がはじまろうとしていた。
「この建物で最後か、結局子供たちはいなかったな」
「ホッとした顔だな、あー責めているんじゃないぞ。お前、子供を殺したくなかったんだろう、俺もだ。見つからないほうが気分的には楽だよな」
隣同士になった兵士が、他の兵士に聞こえない様に小声で話す。
入り口に『3』と書かれた倉庫で、子供たちが生活していた痕跡を見つけたが、肝心の子供たちは見つからなかった。
「隊長、どうしますか」
「子供が隠れていそうな場所には、一通り目を通した。今日はここまでにしよう。中にいないということは、子供たちは草むらに潜んでいるのかもな、雨でも降れば出てくるかもしれないが、空を見た限り期待薄だ。夜に子供が建物に忍び込むことも考えられる。交代で見張りを立てる。順番を決めるから全員を集めてくれ」
翌日からは、外を三機の『鋼鉄の一角狼』が交代で見回りをして、残りの兵士が倉庫として使われていた建物の調査に当たることとなった。
――二日、三日、何の成果も出ないまま四日目を迎える。
今日も、成果が無いまま、日は傾き虫が鳴きはじめた。この日の調査を切り上げようと、バンデルが兵士に声をかけようとする。
「隊長、子供です!子供がいました!」
息抜きで建物の外に出ていた兵士が駆け込んでくる。何の気なしに森を見たところ、偶然子供の姿を見つけたという。子供もこちらに気付いたようで、兵士を見つけると、すぐに背中を見せて森の中に消えたそうだ。
「まさかガキどもがダンジョンに隠れていたとはな、見つからないわけだ」
「追いかけますか」
「いや、子供が入っていったのは、俺たちが出てきたダンジョンから大きく離れている。恐らく未探索ルートだ。魔物がいるだろうし、じきに日も暮れる。探索は明日にしよう」
「待ってください隊長。
もし、子供たちが工房を囲むこの森にも詳しいのなら、俺たちの存在に気付き別のダンジョン逃げ込むかもしれません。ホーンウルフなら追い付けます。追跡の許可をください」
バンデルは、少し思い悩む表情をしたが、それも僅かな時間だった。
「許可しよう。だが深追いはするな、子供を見つけられなかった時は速やかに帰還しろ」
「ハッ」
『鋼鉄の一角狼』の背中にある操縦室からは、一本の縄梯子が垂れ下がっている。
バンデル小隊の人形遣いの一人ホープス・クルルカランは、縄梯子に手をかけると素早く登った。
獣型魔導巨兵の操縦席は、前傾姿勢で乗馬するように乗り込む。
頭、手、足に蔓が次々と絡み付き、人形遣いと魔導巨兵は一体になる。
鋼鉄の狼は、立ち上がるとすぐに走り出した。そのままどんどん速度を上げていく。
獣型魔導巨兵の特徴のひとつがスピードだ。
獣型魔導巨兵は、広い地形でもっとも力を発揮する。
逆に狭い地形であれば、人型の魔導巨兵の方が有利だろう。
ホープスの『鋼鉄の一角狼』は、躊躇することなく森の中へと飛び込んだ。
✿
僕たちは、シルビルード軍がダンジョンに突入してくる前に、早々に拠点を移した。
完成した三機の魔導巨兵を、ダンジョンにある安全地帯に移動させ。僕たちは、スフィーロ種の養殖地にある地下倉庫に身を隠した。
資料や素材や食料、必要なものはすべて持ってきた。
周辺の草をすべて刈り取らない限り、地下倉庫の入り口を見つけるのは難しいだろう。
「リュカ兄、ホーンウルフが一機でダンジョンに飛び込んだわ」
「レアンの陽動は成功したか、なら僕もすぐにルークたちのところに向かうよ」
「気を付けてね。あたしとララは留守番しておくわ」
「うん、二人も気を付けて、もしもの場合は、ここは捨ててもいいから逃げるんだよ。あっ……あと、キキは魔法を忘れずにね」
「分かっているわ、マシンドールの音を聞こえなくすればいいんでしょ」
「うん、よろしく」
出ていこうとする僕の腕を、ララが掴んだ。
「ララたちより、リュカ兄ちゃんが心配なの、身体弱いんだから無理しちゃだめなの」
十歳のララにも心配される僕って……この戦いで生き残れたら、もう少し体を鍛えよう。「大丈夫、逃げるのだけは得意なんだ」僕はそう言いながらララの頭を撫でた。
地面にある扉から這い出し、プレーリードッグになった気分で草の中から顔だけを出す。
夕方雲の動きを見て、これは曇るだろうなーとは思っていたけど、予感は的中したようだ。
月は厚い雲に覆われて、いつも以上に外は暗い。
どんなに暗くても第六魔導巨兵工房の敷地内であれば、歩き回ることに支障はない。これも博士から受けた特訓の賜物だ。
茂みを掻き分けながらダンジョンへと急ぐ、動くたびに鳴る草の音は、メスに良いところを見せようと頑張る、虫たちの大合唱が消してくれた。
森の中へ飛び込む。
よし、無事目的の安全地帯に着いた。ダンジョンには潜った回数を忘れるほど潜っている。これも、博士のスパルタのお陰だ。
ダンジョンの中は、常に曇天下のような明るさがある。この時間ならダンジョンの方が動きやすい。
今は時間が惜しい、走ろう。
「ハーハーハーハー」息を切らしてようやく辿り着いた広場には、黒い魔導巨兵が三機、片膝立ちで並んでおり、その前には、ルーク、サキ姉、レアンの三人がいた。
走って息を切らす僕を、三人は、笑いながら出迎えた。
息を整える。
「ルーク、月も予定通り雲で隠れているし、ホーンウルフもダンジョンで孤立した。マシンドールの音もキキにお願いしてある。作戦をはじめよう」
「ついに俺の出番だな、よっしゃー!狼退治に行きますか」
腹部にある操縦室から垂れる、等間隔に結び目が付いたロープに足をかけ、ルークが曲芸師顔負けのスピードで登っていく。人形遣いに選ばれた人間は、身体能力が飛躍的に上がる。
背の曲がった樹形を包む鎧。体に対して腕は長く、指は六本ある。
腰にはルプスニウム合金で作った二振りの短剣が吊るされている。
見た目は全身鎧を着たゴブリン。樹高十二メートル前後、素体が植物のため魔導巨兵の大きさには大なり小なりの差が生まれる。
巨人樹属の中でも特殊な樹形を持つ、スフィーロ種を素体にした、黒一色の魔導巨兵『黒小鬼』。
『マルクト』をはじめとした一般的な魔導巨兵が樹高二十メートル前後なのを考えると、人型としては小型だが、その分小回りも利く。
何より、サキ姉が新しく設計した魔術回路は、『マルクト』と比べても反応速度が、一割弱上がっている。
ルークと『黒小鬼』が同調する。
兜の隙間にある四つの瞳に赤い光が灯る。
「ルーク・アルダン、クロショウキ出る」
『黒小鬼』が動き出す。
「おいらたちも確認しないとな」
レアンが、首にある黒い痣に手を触れながら、魔力を流し合言葉を発する「猟犬が課題を確認する」これを教えてくれたのも博士だ。
目を瞑るレアンの痣が微かに光り、頭の中に情報が浮かぶ。
グループ:レアン・アルダン、リュカ・アルダン、キキ・アルダン、ララ・アルダン(サポート:ルーク・アルダン、サキ・アルダン)計六名。
課題:魔導巨兵の撃破。
「大丈夫、全員登録されてるよ。課題も問題なしと、ルーク負けんなよ!」
レアンのエールを合図に『黒小鬼』が、ダンジョンの外に向かって走り出した。