4 兄弟
カーネギー・アルダンが引き取った子供は、全員が孤児である。といっても戦争孤児ではなく、貧しい家に生まれて親に売られた子供たちだ。
バーディガン王国は、痩せた土地が多く作物の育ちも悪い。
僕らのような孤児が珍しいわけではない。
六人兄弟の内、二人は既に首輪が外れている。
十六歳になれば、自然と痣が無くなり『呪いの首輪』も解けるのだが、十五歳まで自らの力で首輪を喰い千切った者の首には、喉元だけ痣が消えた、切れた首輪の痕が残る。
「ルークは、もう首輪がないんだ。逃げた方がいいんじゃないの」
「バカ、家族を置いて逃げたりしねーよ」
ルーク・アルダン、長男16歳。博士が引き取った子供の中では姉同様一番の古株であり、僕が第六魔導巨兵工房に来た時には、既に首輪が外れていた。
勝ち気な性格で口は悪いが、頼れる兄貴的存在は嫌いじゃない。
肌は西方大陸特有の赤銅色で、サイドを刈り上げているせいでモヒカンぽい髪型になっている。
微妙に似合っていない気もするけど、本人は気に入っているようなので、僕が言うことじゃないだろう。
ルークの課題は、博士と姉、三人が共同で成し遂げた。
課題内容は、次期量産型魔導巨兵の試作機の製作。
課題は対象者以外が手を貸すのもありで、達成できたのは、博士の力があったからだ。
どう考えても、子供だけでは無理な課題である。
「僕がルークの立場だったら、とっくにここから逃げ出しているよ」
「リュカが逃げるだって、ありえねーだろ」
兄の僕への評価は高い。
リュカ・アルダン、次男14歳。六人兄弟で唯一肌の色が白い。西方大陸では珍しい肌色だ。
博士曰く色素が薄いとかなんとか、髪色も白、切るのが面倒で放置した結果、女のように長く伸びている。人より身体が弱いのは、色素が薄いからなんだろうか?
「ルークの評価は嬉しいよ。そうだ、サキ姉見なかった」
「サキのやつは、またジジイの遺産のとこだろう」
「ああ、あそこか、ちょっと行ってくる」
バーディガン王国の土地は痩せている。
巨人樹は育たない。
そう言われてきた土地に、博士は、瘦せた土地でも育つ特殊な巨人樹の苗を、別の大陸から持ち込んだ。
腰の曲がったゴブリンを思わせる気味の悪い樹形をするスフィーロ種。
バーディガン王国の貴族たちは、一度は許可したスフィーロ種での魔導巨兵開発を、完成した試作機を見た途端、手の平を返すように、次期量産機の開発計画を凍結した。
貴族ってものは、本当に我が儘で自分勝手だ。
成樹まで育った巨人樹も、心臓をえぐった状態で第六魔導巨兵工房の倉庫に放置されている。
管理する大人たちがいなくなったからだろう、第六魔導巨兵工房の土地は荒れ放題、放し飼いされていたギガントトータスの為に植えられていたイネ科の牧草も、食べる主がいなくなり伸び放題だ。
外に出て、自分の背丈はある牧草を掻き分けながら、サキ姉がいる『3』と書かれた倉庫に向かう。
立て付けが悪く、開きにくくなったドアを、半ば体当たりしながら押し開ける。
「ドンっ」倉庫に響く音に驚き、二人の少女が僕を見た。
「サキ姉、ララもいたのか、ヤッホー。どう?進んでる」
「うーん、完成まであと一歩なのよね。この子なかなか目を開けてくれなくて、本当に困った子」
「リュカ兄ちゃんも一緒にサキ姉ちゃんを怒ってよ、もうすぐおやつの時間だなって見に来たら、お昼ご飯に一口も手を付けてないんだよ、倒れちゃうよ」
「それは一緒に怒らないとな」
「だってしょうがないじゃない。もう時間がないの、この子を早く完成させないと私たちは課題をクリアできないわ」
「しょうがないじゃありません。ご飯は大事なの」
十歳の妹に説教される長女。
僕は思わず吹き出していた。
サキ・アルダン、長女16歳。化粧っ気のない赤銅色の肌をした少女だ。黒髪は無造作に伸ばされ、本人曰く戦時におしゃれもないだろう、と達観した言葉を吐く。
首輪を喰い千切ったもう一人。
カーネギー・アルダンの弟子を名乗り、博士が研究していた、スフィーロ種を素体にした魔導巨兵製作を引き継ぐ。
彼女は、首輪を喰い千切ったことで魔導巨兵設計者としての知識を得た。彼女は以前こう言った「首輪が切れた時、私は神様に願ったの、師匠の知識をくださいって」……兄は何を願ったのだろう。
もう一人の小さい女の子が、ララ・アルダン、三女10歳末っ子。赤銅色の肌、そばかすが目立つ顔は可愛らしい。
次女がやったのだろう、今日の彼女の髪型はツインテールだ。
「ジルビルードの進軍はどこまで進んでいるのかしら」
「それについては、キキ姉ちゃんが専門だよ」
「そうだったわ、キキたちは森に行っているんだったわね」
「森か……ちょっと様子を見に行ってくるよ」
「気を付けてね、夜にでもみんなで話し合いましょう」
姉と妹に手を振ると、僕は倉庫を後にした。
第六魔導巨兵工房は、周囲を森に囲まれている。
この森も普通の森ではない、この森自体がダンジョンなのだ。
ダンジョンは日々魔物と呼ばれる生き物を生み続ける。森自体が外敵の侵入を拒む天然の要塞になるわけだ。
博士はなんでも知っていた。彼は、この森を魔物に襲われずに抜ける方法も知っていた。
博士とは四年間一緒にいたが、僕は博士の本質をこれっぽっちも見抜けなかった。
ダンジョンと魔法を理解する、人族の土地に住み着く変わり者のドワーフ。
ぼーっと、考え事をしながら進む。
第六魔導巨兵工房の土地は広い、かれこれ三十分は歩き続けているんじゃないだろうか?額を伝って落ちた汗が唇に当たる。
そこからまた、しばらく歩く。
妹と弟は、森の手前にある、大きな岩に腰かけていた。
「あ――、ワグナウアはもう落ちちゃったみたい」
「声を拾えたんだ」
「当然!あたしは天才魔法使いなのよ」
「流石はキキ、エライエライ」
「はあー、あたしの方が年上なんだけど、レアン生意気」
「ハイハイ、キキは偉いですね」
「ムカー、弟の分際で生意気なのよ」
「キキとレアンは仲が良いね」
「あら、リュカ兄、どうしたの?」
「リュカ汗凄いよ、大丈夫?身体が弱いんだから無理するなよ」
「妹と弟が心配で様子を見に来たんだよ」
キキ・アルダン、次女13歳。彼女はルプカ族という少数民族の出で、遠くの音を、範囲を指定して無作為に拾ったり、遠くにいる人に声を届けたりできる、音魔法が得意な自称天才魔法使いだ。
彼女は、魔法使いらしい恰好を好んでおり、黒いマントと黒いとんがり帽子をいつも愛用している。自分は毎日帽子をかぶって髪型など気にしないのに、彼女は兄弟の髪をいじるのが好きだ。
かく言う僕も、何度か三つ編みにされたことがある。
レアン・アルダン、三男11歳。生意気な僕の弟、レアンは僕を兄というより友達と思っている、レアンにとって兄弟は全員家族というより友達だ。
赤銅色の肌、目つきが悪く、なにかと誤解されやすい性格をしている。
動物好きの優しい一面があるのだが、本人だけは兄弟にそれがバレてないと信じている。
「キキ、敵の動きはどう」
「ここを目指している部隊もあるわ。でも、まだ距離があるかな……うーん、この森もすぐには抜けられないし、ここに到着するのは二十日後くらい?」
「二十日か、それまでに課題を達成するための方法を探さないとね」
僕ら兄弟は、全員が生き残るための方法を模索していた。
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