3 カーネギー・アルダン
第六魔導巨兵工房は、バーディガン王国の次期量産型魔導巨兵を開発するために、ドワーフ族、カーネギー・アルダン博士の指示で建てられた工房である。
魔導巨兵工房とは、魔導巨兵及びその武器の製造工場。巨人樹や装甲の素材になる魔物の養殖場。魔導巨兵の運動試験場を合わせた総合工房の名称だ。
第六魔導巨兵工房は既に停止しており、残っているのは、放置された幾つかの素材と資料。工房の主、魔導巨兵設計者候補、カーネギー・アルダンが引き取った六人の子供たち。
六人は、国王の魔法『呪いの首輪』によって、この土地から離れることが出来ない。その首には、首輪に似た黒い痣が浮かんでいた。
ただ……そのうち二人の首輪は既に外れていた。
「ちくしょう、ジジイのやつ俺らだけ置いてくなんて、子供だけで正規軍相手に生き残れなんて糞ゲー過ぎんだろ」
「ルーク、口が悪いよ」
「別にいいだろう、俺ら孤児なんだぜ。行儀なんてクソくらえだ」
本来、エルフ族やドワーフ族といった長命な種族が、人族の国に定住することは少ない。
魔導巨兵の製作には、魔法をはじめとした多くの知識が必要であり、魔導巨兵設計者と呼ばれる製作者の多くが、長命種と呼ばれる種族だ。
カーネギー・アルダンが、バーディガン王国で魔導巨兵開発に携わる際に出した条件が、専用工房の建設と「助手は自分で探す、口出しは許さん」だった。
王も、最初はその条件をのんだが、助手として選んだ者が全員年端も行かぬ子供だと知り激怒する。
それでも……「これが認められぬのなら、儂は出ていくぞ」と言ったカーネギーの言葉で、王はすぐに口を噤んだ。
それからカーネギーは、当て付けのように助手として子供を迎えるたびに王に会い行き、連れて来た子に『呪いの首輪』の魔法をかけさせた。
「カーネギーよ、余は直接会わずとも魔法をかけることが出来ると言ったはずだ。それなのに、そなたはナゼ毎回子供を連れてくる」
「儂の気分の問題じゃよ、六人目……連れてくるのは今回が最後だ」
適当に範囲を指定して使う魔法と、直接対象者を見ながら使う魔法では、効果が異なる。
カーネギーは、王にそれを伝えない。教えない。
王は、カーネギーに言われて魔法を使うまで、『呪いの首輪』の存在が頭から抜け落ちていた。記憶の片隅にかろうじて引っ掛かっていた魔法。十五歳までの子供を土地に縛るだけの魔法……王は、その活用法を見出せずにいた。
カーネギーは、王以上に『呪いの首輪』の魔法に詳しかった。
この国の王位継承者しか使えない血統魔法を、どうして余所者のカーネギーが知っているのか、僕は尋ねたことがある。
「元となった魔法は、旧星暦時代の魔法じゃからな」この言葉を聞いた僕は、目の前にいる樽型体形で真っ白な髭を貯えたドワーフが、薄気味悪い存在に思えた。
「いつか、その正体を暴いてやる」そう、誓ったのに……男は、突然僕の前からいなくなった。
僕は、変わり者のドワーフが引き取った六人の孤児の一人。
バーディガン王国は、貧しい国で、家に残す子供はせいぜい二人か三人、それ以降産まれた子供は売りに出される。
親たちは商品に余計な愛情を持たないよう、名前すら付けない。
ただ、商品として扱われるため、虐待されることがないのが救いだ。
物心ついた頃、自分が他の子供より体が弱いことを自覚した。
それに周りの子供たちと比べて、肌の色も不気味なほど白かった。
近所からは呪われた子供とか言われちゃうし、当然、買い手もつかない。
このまま買い手がつかなければ、僕は捨てられるだろう。
あの頃は、捨てられて魔物の餌になる自分を想像して泣いたものだ。
名前も無い、最低な子供時代。
「生きたくない」心が最悪の悲鳴を上げそうになった時、僕はドワーフを名乗る不思議な生き物に出会う。
はじめて見る異種族ドワーフ族。
ドワーフ族の男は、見たこともないような立派な服を着た貴族と一緒に、この村にやって来た。
買い手が貴族ともなれば、親たちもいつも以上に張り切る。
馬子にも衣裳とでも言うんだろうか、無理矢理着飾らせた子供たちが、形ばかりの親に手を引かれながら広場に集まる。
形ばかりの母は、どうせ今回も買い手が付かないのだろうと諦めていた。早々に手を離し、いつもと変わらない、ところどころ破れた服を着た僕の背中を「早く売れればいいのに……」と押した。
母から離れ、広場の隅に大人しく座る。
一人になれるこの時間が好きだった。
視線を感じる……恐る恐る顔を上げると、ドワーフの男と目が合った。
気のせいだろうか?いや、その目はまっすぐ僕に向けられている。ドワーフの男が近づいてくる。
僕には、そのドワーフが一瞬別の生き物に見えた。
「よう坊主、名前を教えてくれないか」
声が出なかった。僕は首を左右にぶんぶんと振る。
「ふむ、名前がないのか?」
「はい、ありません」
今度は、喉からすんなり言葉が出る。
「そうか、なら儂と一緒に来ないか」
他の子の親が横から口を挟む「その子は、村で一番体が弱いんです。連れていくならうちの子はどうでしょう、病気をしない丈夫な子ですよ」別の子の親が自分の子の方が健康だと言葉を重ねる。
「儂は、この子と話がしたいんじゃ。少し黙ってくれんか」
ドワーフの男が怒鳴る。
一緒にいた貴族が慌てて、腰に吊るした剣の柄に手を置きながら、口を挟む親たちの前に立った。
広場はシンと静まり返る。
貴族よりもドワーフの男の方が、地位が高いのかもしれない。
子供ながらに僕は、そう思った。
「もう一度聞こう、儂と一緒に来ないか」
「お願いします。連れて行ってください」
「賢い子だ。その瞳面白いな……いつか坊主から見て儂がどう見えているのか聞いてみたいものだ」
ドワーフの男と話す母は、ただただ嬉しそうで、その目は一切僕を見ていなかった。僕は子供ではなく単なる商品だったのだろう、そう考えた瞬間、涙がこぼれそうになる。ああ、僕はあんな母親でも好きだったんだなー。
でも泣かない、これは僕が掴み取った勝利だ。
こうして僕は、カーネギー・アルダンの養子となった。
リュカ・アルダン。はじめて貰った僕の名前。
その後、僕ははじめてこの国の王様に会った。
キレイな格好をした、ふくよかでふんぞり返る偉そうな大人。
そして、はじめて兄弟と会った。初めてづくしだ。
僕の新しい家は、森の中にある。
第六魔導巨兵工房。そこには、他にも沢山の大人たちがいた。
カーネギーは……博士は、子供たちと大人たちが、極力話をしないようにと居住区画を分けて住まわせた。
新型魔導巨兵の開発にも、大人たちではなく、僕ら六人の子供が助手として選ばれる。
何者でもない、世間知らずの六人の子供。
大人の仕事は、博士が持ち込んだ、痩せた土地でも育つスフィーロ種という巨人樹と、巨大な陸亀ギガントトータスの世話、あとは荷物持ちとか、掃除、後片付け、雑用全般。
どんなに雑に扱われようとも、大人たちは文句ひとつ言わない。言えない。
彼らは、博士を恐れていたのだ。
博士は言った。
僕たち六人は可能性を秘めた特別な子供たちなのだと、自分に何が出来るのか分からない。でも僕は、村から救い出してくれた博士の言葉を信じようと思う。
首についた痣『呪いの首輪』を自分の力で喰い千切ったとき、僕たちは大きな力を得る。
六人兄弟のうち、兄と姉は既に課題を達成していた。
兄が得た力が何なのかは分からない。でも、姉は確かに大きな力を持っている。
信じよう。悪魔よりも胡散臭い、僕たちの義父を。
読んでいただいてありがとうございます。
面白い、続きを読みたいと思った方は、ぜひブックマークと評価をよろしくお願いします。